《この記事の執筆者》
国立大学医学部卒。大学病院で25診療科を経験したのち、大阪や愛知、静岡、徳島など各地域の拠点病院で科の垣根を越えて診療に従事。基礎医学研究をしていた期間もあり、研究発表では最優秀賞を受賞。その後東京都の公立病院で内科全般、精神科、麻酔科、産婦人科、救急医療などに携わる。
脳出血は突然の頭痛や手足の麻痺といった症状を引き起こし、命に関わることもある非常に危険な疾患です。
主な原因として高血圧や動脈硬化が挙げられますが、予防や症状改善のための治療法も多岐にわたります。その中で近年注目されているのが、水素吸入です。
水素吸入は抗酸化作用や抗炎症作用を持ち、高血圧の改善や脳出血後の神経保護効果が示唆されています。
本記事では、脳出血の原因や症状、治療法に加え、水素吸入の研究成果について詳しく解説します。脳出血に対する新たな希望を感じさせる水素吸入の可能性について、一緒に探ってみましょう。
脳出血とは
脳出血は脳内出血とも呼ばれ、脳の血管が破れて脳の内部に血液が流出する疾患です1,2)。
脳卒中の1つとして知られており、そのうちの約20%が脳出血と報告されています。
日本では年間に約3万人が脳出血で亡くなります。高血圧治療の開発が進んで発症数は減ってきているものの、決して侮れない疾患です3)。
脳出血の原因
脳出血の大きな原因は動脈硬化と高血圧です1,2,4)。
喫煙や糖尿病、高脂血症、慢性腎臓病による高血圧などで動脈硬化が進むと、脳の組織内を走っている細い血管がもろくなり、破れやすくなります。
血をサラサラにする抗凝固薬を内服している場合も、止血ができないので脳出血が起こりやすいです。
他には血管の疾患が原因となることもあり、次のようなものがあります。
- 脳動脈瘤
- 脳動静脈奇形
- もやもや病
- 海綿状血管奇形
- アミロイド血管症など
脳出血の症状
脳出血の症状は、主に血が塊を作って脳を圧迫することにより症状が出ます2,4)。
典型的にはなにかの活動中に突然の頭痛ではじまりますが、高齢者では頭痛がないことも多いです。
出血した部位によってさまざまな症状が現れ、次のようなものがあります。
- 手足が動かしにくい
- 言葉が話しにくい
- ふらついて立ちにくい
- 目が見えにくい
こういった症状は後遺症として残る場合が非常に多いです。さらに出血が広がると意識を失い、最悪の場合命の危険にもつながります。
突然なにかができなくなったという感覚があればすぐに救急車を呼ぶようにしましょう。
脳出血の治療
脳出血の治療は大きく薬物治療と手術治療に分けられます1,2,4)。
薬物治療
脳出血が起きると血圧が急上昇するため、できるだけ血圧を下げることが薬物治療の主な目的です。
脳の腫れである脳浮腫が見られた場合は腫れをやわらげるための点滴治療を行ないます。
手術治療
薬物治療だけでは十分に治療ができず、出血の広がりを止められない場合などに手術を行ないます。頭の骨を外す開頭手術と、小さな穴を開ける内視鏡手術があり、近年は侵襲の少ない内視鏡手術が主に用いられています。
水素吸入は脳出血の予防・改善に効果はある?
ここまで脳出血について解説してきました。
脳出血は一度発症すると後遺症が残る可能性が高い疾患で、その予防や症状の改善のためにさまざまな治療法が研究されています。その中には水素吸入も含まれます。
水素吸入は抗酸化作用や抗炎症作用を有し、がんや脳梗塞、COPDなど、疾患の治療に幅広く活用されており、脳出血でも有効な可能性が報告されています。
ここから2つの報告を見ていきましょう。
水素吸入は脳出血の予防に効果がある?
1つ目は2020年に慶應義塾大学が報告した論文であり、脳出血の原因となる高血圧が水素吸入で改善する可能性が示されました5)。
研究では慢性腎不全のモデルラットを、水素含有混合ガス(水素1.3%+酸素21%+窒素77.7%)または水素非含有混合ガス(酸素21%+窒素79%)を吸入する群に分けました。
ガスはケージ内に充満させて、毎日1時間吸入させています。
すると吸入をはじめてから4週間後には水素吸入群で高血圧が有意に改善しました。
さらに、ラットは夜行性なので昼間は安静にしていますが、活発化する夜間も血圧は水素吸入群で有意に改善しており、自律神経機能も改善されることが明らかになりました。
水素吸入が自律神経を介して高血圧を改善する
前述したように、高血圧は脳出血の大きな原因です。
血圧と自律神経の関係はよく知られており、酸化ストレスや炎症反応が自律神経を介して高血圧につながっているといわれています。
今回、水素吸入によって自律神経を介して高血圧が改善されたと示されたことから、脳出血をはじめとする多くの疾患が水素吸入によって予防できる可能性が示唆されたといえます。
水素吸入は脳出血後の症状改善に効果がある?
次に紹介する2018年の報告では、脳出血後の症状改善に水素吸入が有効な可能性が示唆されました6)。
研究では細菌コラゲナーゼを脳に注入した脳出血モデルラットを、水素吸入群と対象群に分けて調査を行なっています。
実際に両群で脳出血の6時間後、24時間後、48時間後に脳浮腫と神経障害を認め、そのマーカーの値も上昇しており、脳出血が生じていることが示されました。
しかしながら水素吸入群では、酸化ストレスや神経炎症、神経細胞損傷、アポトーシス関連遺伝子のレベルが有意に低下することが明らかになりました。
水素吸入は脳出血後の神経保護効果がある
現在日本で行なわれている脳出血後急性期の治療は降圧や脳浮腫をやわらげることが目的であり、脳出血後の神経学的な後遺症は主にリハビリで改善を目指しています。
今回、脳出血モデルラットに水素吸入を行なうことで、脳出血にともなうさまざまな病態の悪化を抑えることができました。
このことから、水素吸入によって脳出血後の神経症状を改善できる可能性が示唆されたといえます。
【私はこう考える】水素吸入と脳出血
脳出血に対する水素吸入の効果について解説しました。
実際に水素吸入が脳出血の予防や症状改善につながる可能性が示唆されたことは、脳出血治療研究の大きな成果だといえるでしょう。
また、高血圧の改善において水素吸入が自律神経を調節すると示されたのは、ヒトでの臨床応用へ向けた重要なエビデンスを残したといえるでしょう。
しかしながら、私が調べた限りでは現在もまだ脳出血に対するヒトでの臨床研究が少ないといえる状況です。
高血圧については臨床研究もありますが、直接脳出血に言及したものは見つかりませんでした。
たしかに、脳出血予防や症状の改善として水素吸入をしていただくとなれば、脳出血は非常に重い疾患であることから倫理上の問題をクリアして、実施するのは難しいかもしれません。
ただ今回の報告でも見てきたように、現在の脳出血治療において手が届いていない場所に希望が見出せる可能性を感じました。
今後、水素吸入が脳出血の予防や改善に有効な可能性が臨床研究でもますます報告されることを期待しています。
参考文献
- 脳卒中治療ガイドライン2021[改訂2023]
- 脳内出血|京都大学医学部附属病院脳神経外科
- 脳卒中レジストリを用いた我が国の脳卒中診療実態の把握 報告書2023年|日本脳卒中データバンク
- 脳内出血|MSDマニュアル
- Sugai, K., Tamura, T., Sano, M., Uemura, S., Fujisawa, M., Katsumata, Y., Endo, J., Yoshizawa, J., Homma, K., Suzuki, M., Kobayashi, E., Sasaki, J., & Hakamata, Y. (2020). Daily inhalation of hydrogen gas has a blood pressure-lowering effect in a rat model of hypertension. Scientific reports, 10(1), 20173. https://doi.org/10.1038/s41598-020-77349-8
- Choi, K. S., Kim, H. J., Do, S. H., Hwang, S. J., & Yi, H. J. (2018). Neuroprotective effects of hydrogen inhalation in an experimental rat intracerebral hemorrhage model. Brain research bulletin, 142, 122–128. https://doi.org/10.1016/j.brainresbull.2018.07.006