《この記事の執筆者》
国立大学医学部卒。大学病院で25診療科を経験したのち、大阪や愛知、静岡、徳島など各地域の拠点病院で科の垣根を越えて診療に従事。基礎医学研究をしていた期間もあり、研究発表では最優秀賞を受賞。その後東京都の公立病院で内科全般、精神科、麻酔科、産婦人科、救急医療などに携わる。
放射線治療を受けている患者さんが直面する放射線皮膚炎は、治療の進行を妨げる厄介な副作用です。
その放射線皮膚炎に対して、水素吸入が予防や症状改善に有効である可能性が注目されています。
本記事では、水素吸入の抗酸化作用がどのように放射線皮膚炎の役立つのかについて、これまでの研究結果を紹介し、今後の治療法としての可能性を探ります。
放射線皮膚炎について
放射線皮膚炎は、放射線が照射された皮膚に炎症が生じる疾患です。
主にがん治療で放射線を用いる際の副作用として説明されます。
皮膚炎を発症すると治療を中断しなければいけない要因にもなるため、治療をやり遂げる意味でも皮膚炎の適切な管理が求められています。
放射線皮膚炎の発症時期・症状
放射線皮膚炎は、放射線の照射された量が増えれば増えるほど症状が進行します1)。
たとえば、がんの放射線治療では、一般的に1回2Gy(グレイ)の量を週に5回、6週間かけて照射します。
この線量が合計で20Gyを超える(約2週間)と、炎症が生じて皮膚が赤くなりやすいです。
その後も照射を続けると皮膚の乾燥が進み、痒みが生じたり乾いた角質がボロボロとはがれたりします。
ひどくなると皮膚の下で血管や神経に炎症が広がり、出血や痛みが現れることも多いです。
また、照射を受けてから半年後以降に症状が現れることもあり、最悪の場合がん化することもあります。
放射線皮膚炎の予防・治療
放射線皮膚炎の予防では入浴などでのスキンケアが重要です2)。
昔は皮膚炎があると濡らさない、入浴しないなどいわれましたが、現在の解釈は変わってきています。
放射線皮膚炎を含めたどの皮膚疾患もきれいに洗うことが大切なのです2)。
ポイントは次の2つです。
- ごしごしとこすらず、泡でなでるように洗う。
- 熱いお湯や長湯を避ける。
放射線皮膚炎の治療ではステロイド外用薬を用いて、炎症を十分におさえます。
予防で説明したスキンケアとステロイドを併用するとより効果を期待できます。
水素吸入は放射線皮膚炎の予防・改善に効果はある?
放射線は活性酸素を生み出して治療をしますが、それが原因となって皮膚炎を起こします。
この活性酸素による副作用を取り除くために世界中で研究が行なわれており、水素吸入が有効な可能性が知られはじめました。
水素吸入は抗酸化作用や抗炎症作用が認められており、多くの疾患で有効な可能性が報告されています。
ここでは放射線皮膚炎での水素吸入の効果を調べた研究を2つご紹介します。
水素吸入は放射線皮膚炎の重症化予防に役立つ
1つ目の研究では、水素吸入が放射線皮膚炎の重症度と治癒時間を改善するかをラットを用いて検証しました3)。
ラットを4群(対照群、放射線照射のみ、照射前水素吸入、照射後水素吸入)に分け、放射線照射前か照射後に2時間ずつ水素吸入を行なっています。
その結果、照射のみ群と照射後水素吸入群に比べて、照射前水素吸入群では放射線皮膚炎の程度が有意に小さくなりました。
また、放射線皮膚炎の治癒時間についても照射前水素吸入群が有意に短くなったと報告されています。
これらの結果から、放射線の照射前に水素吸入を行なうことで、放射線皮膚炎の重症化を予防できる可能性が示唆されたといえます。
水素は放射線皮膚炎の症状改善に役立つ
2つ目の研究では、水素水が放射線皮膚炎の治癒に有効であるかをラットを用いて検証しました4)。
ラットを対照群(蒸留水の噴霧)、水素群1(水素水1.0ppmの噴霧)、水素群2(水素水2.0ppmの噴霧)の3群に分け、44Gyの放射線を単回照射後、1回1mlを1日3回噴霧して40日間観察しています。
その結果、3群の皮膚炎は徐々に治癒していきましたが、2つの水素群は対照群に比べて2〜4週目の治癒速度が有意に速く、治癒率も有意に高くなりました。
また、炎症物質の濃度も2つの水素群が対照群に比べて有意に低くなりました。
これらの結果から、水素が放射線皮膚炎の症状の改善に有効であることが示唆されたといえます。
水素吸入は水素水よりも吸収率が高いことが知られており、水素吸入で研究が行なわれるとより有意な結果が得られるかもしれません。
【私はこう考える】水素吸入と放射線皮膚炎
放射線皮膚炎に対する水素吸入の有効性について解説しました。
水素吸入が放射線皮膚炎の治癒時間を短くできるなど効果が認められたのは大きな成果だといえます。
懸念点があるとすれば、研究報告の数がまだ少ない、ということです。
水素吸入を総合的に解説したレビュー論文でも、放射線の副作用である皮膚炎に有効であると紹介された報告は今回ご紹介した1つ目の研究のみでした。
ヒトでの臨床応用に向けて研究を進めるためには、まずは動物実験を増やす必要があり、その点では放射線皮膚炎での水素吸入の研究は発展途上だといえるでしょう。
しかしながら、放射線の照射前と照射後に水素が皮膚炎に有効であると示されたのは、水素投与が有効なタイミングが複数存在する可能性があるといえます。
これは治療の選択肢が広がる可能性を示唆した価値のある知見です。
今後、水素吸入が放射線皮膚炎の治療に有効な可能性を示した報告がますます増えていくことを期待しています。
参考文献
- 放射線性皮膚炎に対するケア|静岡県立静岡がんセンター 遠藤貴子
- 放射線治療の支持療法
- Watanabe, S., Fujita, M., Ishihara, M., Tachibana, S., Yamamoto, Y., Kaji, T., Kawauchi, T., & Kanatani, Y. (2014). Protective effect of inhalation of hydrogen gas on radiation-induced dermatitis and skin injury in rats. Journal of radiation research, 55(6), 1107–1113. https://doi.org/10.1093/jrr/rru067
- Zhou, P., Lin, B., Wang, P., Pan, T., Wang, S., Chen, W., Cheng, S., & Liu, S. (2019). The healing effect of hydrogen-rich water on acute radiation-induced skin injury in rats. Journal of radiation research, 60(1), 17–22. https://doi.org/10.1093/jrr/rry074