《この記事の執筆者》
地方国立大学医学部卒業後、横浜市内の中核病院で初期臨床研修を終え、都内の大学病院、小児専門病院等の勤務を経て、現在は関東の基幹病院で麻酔科として勤務。
「自律神経を整える」と耳にしたことがある方も多いと思いますが、自律神経のバランスが乱れることによる影響はご存じでしょうか?
自律神経が乱れると原因不明の倦怠感や頭痛、肩こりや腹痛などに悩まされてしまいます。
そのため自律神経を整えておくことは、こういった原因不明の体調不良に悩まされないためにも非常に重要となります。
本記事では、水素吸入療法が私たちの自律神経を整えることに役立つのかについて科学的根拠をもとに解説していきます。
そもそも自律神経って一体何のこと?
自律神経とは、我々のストレスに関わる神経のことです。
自律神経には、交感神経と副交感神経があり、常にバランスをとっています。
交感神経と副交感神経の働き
交感神経は私達の身体や心を戦闘状態にする働きがあります。
一方、副交感神経の働きは身体や心をリラックスさせることです。1)
交感神経が優位な状態(臨戦態勢)とはどんな状態?
交感神経が優位な状態では以下のようなことが起こります。
- 鼓動が早くなる
- 血圧が上昇する
- 手に汗をかく
- のどが乾く
- 眠くなくなる
- 食欲がなくなる
試合に臨むときや、大事な会議で発表するようなシーンをイメージするとわかりやすいですね。1)
他にも暑いときに汗をかいたり、運動時に心拍数を上げて血液をより多く循環させることも交感神経の作用です。2)
副交感神経が優位な状態(リラックス)とはどんな状態?
副交感神経が優位な状態では以下のようなことが起こります。
- 鼓動は落ち着いてゆっくり
- 血圧は適度に下がる
- 眠くなる
- おなかが空く
お風呂上がりや就寝中といったシーンのイメージですね。1)
他にも食後に胃腸の動きを活発にする働きなどもあります。2)
自律神経が乱れるとどうなる?
いわゆる自律神経失調症になります。
自律神経失調症は、検査では明らかな異常がないにも関わらず、自律神経のバランスが崩れていることにより心身に不調をきたす状態です。3)
具体的には以下のような症状をきたします。
- 全身倦怠感
- めまい
- 頭痛
- 動悸
実際にはこの他にも非常に多彩な症状をきたし、肩こりや腹痛、下痢や便秘になることもあります。 2) 3)
自律神経を整えるための標準的な治療は何?
現行の標準治療の柱は2つあります。
症状を抑える対症療法とストレスなどに対する精神療法などの心理的アプローチです。
本来の治療の目標は、過度に活性化した交感神経を抑え、副交感神経とのバランスをとることです。
しかし、自律神経にアプローチする効果的な方法はこれまでに明らかになっていません。
そのため、交感神経が活性化する原因となるストレスを減らすことが基本となります。
対症療法:痛みに鎮痛薬を用いたり、腹部症状に整腸剤を使用するなどします。
心理的アプローチ:精神療法といって物事の捉え方を変える方法の他、必要に応じて抗うつ薬や抗不安薬などを使用することもあります。
水素吸入が自律神経を整える?
水素吸入は、自律神経を整える効果があると報告されています。
では、具体的にはどのようなメカニズムで自律神経を整えるのでしょう。また、どの程度の水素吸入で効果が示されたのでしょうか。
水素吸入が自律神経を整えるメカニズムは?
水素の抗酸化作用で脳の酸化ストレスを軽減することで、自律神経を整えられるとされます。
脳の酸化ストレスや炎症は、全身の交感神経を過度に活性化させてしまいます。
水素を吸入すると、血液を介して脳に運ばれます。脳には血液脳関門というバリアが存在し、血中から脳への物質の移動は厳密にコントロールされています。
しかし、水素は分子量が小さくこれを通過することができるため、速やかに脳に届き、その抗酸化作用を発揮します。4)
毎日一時間の水素吸入が自律神経を整える
毎日1時間の水素吸入によって交感神経の過度な活性が抑制され、自律神経を整えられる可能性が報告されています。5)
これはラットを対象とした実験ではありますが、毎日一時間の水素吸入(濃度わずか1.3 %)で自律神経に良い影響が与えられる可能性が示されたのは、期待が持てます。
この論文は、日本の慶應義塾大学医学部内科学(循環器)教室、同大学医学部救急医学教室、日本獣医生命科学大学獣医保健看護学科の共同研究です。
動物が腎不全になると交感神経が活性化し高血圧となります。これはヒトも同様です。
この状態のラットに水素含有ガスの吸入を行ったところ、水素を含有しないガスを吸入した対照群と比べ、高血圧、及び自律神経機能障害が改善しました。
水素吸入によって、交感神経活動の指標が対照群に比べて抑制され、副交感神経活動の指標が対照群ほど抑制されませんでした。
本研究では、高血圧も改善しており、自律神経が整ったことによると考えられることが報告されています。5)
【私はこう考える】水素吸入と自律神経
水素吸入が自律神経を整えるのに役立つことは、医学的に妥当性があります。
脳の酸化ストレスが交感神経を活性化することは、医学的には一般的なことです。
しかし、これまでに効果的なアプローチはありませんでした。
一方で、水素吸入が脳の酸化ストレスに対して有効であることは、近年、水素吸入が先進医療に認定された際の研究でも話題になりましたね。
水素は吸入すると速やかに脳に移行して抗酸化作用を発揮します。
抗酸化作用によって交感神経の過度な活性化を抑えることで、自律神経失調症の治療に寄与すると考えられます。
比較的濃度の低い水素吸入を行なったにも関わらず、上記の論文ではこのメカニズムが確認され、さらに高血圧が改善したと報告されています。
これを踏まえると、水素吸入は予防にも効果的だと考えられます。
仮に水素吸入を日常的に行なっていた場合、酸化ストレスによる交感神経の活性化は常に抑えられるため、自律神経失調症や交感神経活性化による高血圧発症を防げる可能性があります。
余談ですが、交感神経が活性化している状態では心拍数も上昇します。
慢性的には、高血圧と相まって心臓に負担がかかり、心不全になってしまいます。
ヒトを対象としたさらなる研究に期待が高まります。