一言まとめ
ラットのモノクロタリン誘発性肺高血圧モデルに対し、4%水素吸入を行ったところ、肺高血圧の主要症状には影響しなかったが、全身血圧の低下、肺組織の線維化の抑制、炎症の軽減が見られた。
3分で読める詳細解説
結論
肺高血圧モデルラットに水素吸入を行うことで、炎症反応の軽減と降圧効果があることが示唆された。
研究の背景と目的
水素は、近年、その選択的ヒドロキシラジカルの除去効果と、抗炎症効果、抗アポトーシス効果が注目されている。酸化ストレスによる心血管系への悪影響、炎症による進行性の心血管リモデリング等に対し、水素が有効な可能性が報告されている。本研究では、モノクロタリン誘発肺高血圧モデルラットを用いて、肺組織の炎症の程度、血圧、組織学的変化への効果を検証する目的で実施された。
研究方法
生後2ヶ月の雄のラット24匹を対象とした。これを8匹ずつ以下の三群に割り付けて実験を行った。
- 対照群(60%エタノールのみ)
- モノクロタリン(60%エタノール中60mg / kg)投与群
- モノクロタリン(60%エタノール中60mg / kg)+水素吸入群。
水素吸入群は、ケージ内で大気と4%の水素の混合物を3時間 / 日で21日間水素を吸入させた。水素非吸入群は、ケージ内で大気を吸入した。主な評価指標は以下の3つ。
- 血行動態パラメータの測定:平均血圧(MAP)と右心室収縮期圧(RVSP)を測定した。
- 形態計測:右心室(RV)肥大の評価は、左心室(LV)の合計と比較して推定した。肺質量も測定した。
- 肺組織の形態学的検査:肺サンプルの線維性変化、マスト細胞トリプターゼの発現、肺線維症を評価した。
研究結果
モノクロタリン投与により、下記の変化が生じた。
Appendix(用語解説)
- モノクロタリン:マメ科の植物から抽出されるアルカロイドの一種。実験動物に投与することで肺高血圧モデルを作製できる。
- 肺高血圧症:肺動脈圧が異常に上昇した状態。肺血管の炎症や線維化などにより血管抵抗が増大することが原因となる。
- ヒドロキシラジカル:活性酸素種の一種。DNA、タンパク質、脂質などに損傷を与える。
- 抗アポトーシス効果:プログラムされた細胞死(アポトーシス)を抑制する作用。
- 心血管リモデリング:心血管系の構造的・機能的変化。高血圧や炎症などにより生じ、心不全などの原因となる。
- 右心室収縮期圧(RVSP):右心室が収縮した時の圧力。肺高血圧症では上昇する。
- 右心室(RV)肥大:右心室の壁が肥厚すること。肺高血圧症では後負荷の増大により生じる。
- マスト細胞トリプターゼ:マスト細胞から放出されるセリンプロテアーゼの一種。炎症反応や組織のリモデリングに関与する。
- TGF-β(トランスフォーミング増殖因子β):サイトカインの一種。細胞増殖、分化、アポトーシス、免疫応答などに関与する。線維化を促進する作用がある。
- 肺胞マクロファージ:肺胞内に常在するマクロファージ。肺の炎症反応や免疫応答に重要な役割を果たす。
- Ⅱ型肺胞細胞:肺胞上皮を構成する細胞の一種。サーファクタントを分泌し、ガス交換を円滑にする。
論文情報
タイトル
Hydrogen Inhalation Reduces Lung Inflammation and Blood Pressure in the Experimental Model of Pulmonary Hypertension in Rats(水素吸入によって肺高血圧モデルラットの血圧と炎症が軽減)
引用元
Kuropatkina, T., Atiakshin, D., Sychev, F., Artemieva, M., Samoilenko, T., Gerasimova, O., Shishkina, V., Gufranov, K., Medvedeva, N., LeBaron, T. W., & Medvedev, O. (2023). Hydrogen Inhalation Reduces Lung Inflammation and Blood Pressure in the Experimental Model of Pulmonary Hypertension in Rats. Biomedicines, 11(12), 3141. https://doi.org/10.3390/biomedicines11123141
専門家のコメント
本研究は、水素吸入が肺高血圧症の病態改善に有用であることを検証したものです。これまでの研究では、水素水の投与によってRVSP低下、RV量の減少を報告したものがありますが、本論文ではこの項目については有意差がありません。これは、水素の投与方法や濃度の違いによる可能性があります。いずれにしても肺高血圧症に対して一定の効果が示され、先行する研究と同様の傾向であることは、喜ばしいことです。より大きなサンプルサイズでの水素の最善の投与方法を検討できるモデルでの研究に期待が高まります。