《この記事の執筆者》
2011年国立大学医学部卒。初期臨床研修を経て総合診療医として勤務しながら、さまざまな疾患の患者さんに向き合う治療に従事。医療行政に従事していた期間もあり、精神福祉、母子保健、感染症、がん対策、生活習慣病対策などに携わる。結核研究所や国立医療科学院での研修も積む。2020年からは医療法人ウェルパートナーで主任医師を勤める。
心臓と肺の働きを支える心肺機能は、私たちの生活に欠かせないものです。
しかし、加齢や運動不足、喫煙などの生活習慣、または病気によって心肺機能が低下すると、持久力が落ち、日常生活に支障をきたすことがあります。
そこで注目されているのが、水素吸入による心肺機能の改善効果です。本記事では、水素吸入の効果について最新の研究結果を詳しく紹介し、その可能性に迫ります。
心肺機能ってどんなもの?低下すると…?
心肺機能とは、心臓と肺の機能のことを指します。
私たちは呼吸によって肺で酸素を取り込み、血液と共に全身に運ばれます。血液のポンプの役割を果たす臓器は心臓です。心肺機能は、心臓のポンプ機能や肺の呼吸能力などを合わせた体の機能を意味します。
まずは心肺機能の特徴について詳しく見てみましょう。
心肺機能が低下すると起こること
私たちが活動するには酸素が必要であるため、生きていくためには一定以上の心肺機能の維持が必要となります。
心肺機能が低下すると体に十分な酸素が行き渡らなくなるため、持久力が低下します。重症な場合には、軽い歩行などの動作でも息切れや疲労感などの症状が現れるようになるため注意が必要です。
その結果、活動性が低下して社会生活に支障を来すようになります。心肺機能の低下は引きこもりや寝たきりの原因になることも少なくないのです。
心肺機能が低下する原因とは?
心肺機能の低下は以下のように好ましくない生活習慣のほか、病気が原因となる場合もあります。
- 加齢
- 運動不足
- 喫煙
- 姿勢の悪さ
- 呼吸器疾患(喘息、COPDなど)
- 心疾患(狭心症、心筋梗塞、弁膜症など)
- 高血圧 など
心肺機能を高めるには?
心肺機能を高めるには、原因となる生活習慣を改善し、病気の治療を継続していくことが大切です。
特に適度な運動は心肺機能の維持に重要であることが分かっています。具体的には、ウォーキング、水泳、ジョギング、サイクリングなどの有酸素運動をできるだけ長い時間続けて行うことが推奨されています。
有酸素運動を一定時間以上続けることで、肺や心臓の働きが高まり、毛細血管が発達して血流量が多くなると考えられているのです。また、有酸素運動は生活習慣病を予防し、心肺機能低下を引き起こす病気の予防にもつながります。
水素吸入が心肺機能低下の予防や改善に役立つ?
心肺機能は私たちが生きていく上で非常に重要な機能です。年齢と共に心肺機能が低下すると活動性の低下を引き起こし、運動不足がさらに心肺機能低下を生む悪循環に陥ることもあります。
心肺機能の向上は生活習慣の改善や運動とされています。しかし、思いがけず病気になった場合に適切な対策ができずに心肺機能がどんどん低下するケースも少なくありません。そのため、現在でも新たな心肺機能低下の予防や改善方法を探る研究は続けられています。
水素吸入もその一つであり、これまでにも水素吸入と心肺機能の関係を示す研究結果が報告されていきました。どのような内容なのか詳しく見てみましょう。
水素吸入が肺のダメージを抑える
2021年に、日本の研究チームは水素吸入が急性呼吸窮迫症候群による肺へのダメージを抑えて肺の機能低下を予防することを示唆する研究結果を報告しました1)。
この研究はマウスを用いた動物実験で行われています。肺にダメージを引き起こしたマウスを空気のみを吸わせた群と水素ガスを吸入させた群に分けて、肺の組織や炎症の変化を比較検討しました。
その結果、水素ガスを吸入したマウスは空気のみを吸入したマウスに比べて有意に肺組織内の炎症物質が少なく、組織へのダメージが少ないことが明らかになっています。
水素吸入は心肺機能の低下の予防に役立つ?
今回の研究結果から、水素吸入は重度な肺疾患による機能低下を予防する効果を持つことが示唆されました。動物実験の段階であるため、確実な効果があると断言はできません。
しかし、この研究から肺の機能を永続的に低下させる病気になった後も水素吸入が心肺機能の維持に役立つ可能性があると言えるでしょう。
今後のさらなる究明に期待したいと思います。
水素吸入が心停止後蘇生した患者の予後を改善する
2023年に、日本の研究チームは水素吸入が心停止後蘇生したの患者の予後を改善する可能性があることを示唆する研究結果を報告しました2)。
この研究は、日本の15の病院で心停止によって搬送された患者を対象に、水素ガスを投与した群と酸素のみを投与した群に分けて、生存率の違いなどを比較検討しています。
その結果、水素ガスを投与した群では酸素のみを投与した群に比べて有意に神経学的な症状が改善したことが明らかになりました。また、水素ガスを投与した群の90日生存率は85%だったのに対し、酸素のみを投与した群では61%と有意な差が認められています。
水素吸入が心肺機能の改善に役立つ?
今回の研究から、水素吸入は強いダメージが生じた心臓の機能を改善する可能性が示唆されました。まだ確実な効果があると断言できる段階ではありませんが、水素吸入が心肺機能の向上に役立つ可能性は高いと考えられるでしょう。
心臓はさまざまな要因によってダメージを受けやすい臓器です。この結果から、加齢などによる一般的な心肺機能低下に対して水素療法が効果を発揮する可能性もあると考えられます。
今後のさらなる研究の進展と治療への応用に期待しましょう。
【私はこう考える】水素吸入と心肺機能
心肺機能の維持は私たちが年齢を重ねても健康的に生きていくために必要な課題です。しかし、心肺機能は年齢を重ねると徐々に低下していきます。また、生活習慣や病気などが原因で低下する場合もあり、知らず知らずのうちに心肺機能が低下して活動性が低くなっているケースも少なくありません。
今回ご紹介した2つの研究結果から、水素吸入は心肺機能の低下予防や改善に役立つことが示唆されました。2つの研究は病気によって心肺機能が低下したマウスやヒトを対象に行われています。しかし、水素ガスが心臓の炎症やダメージを予防することで加齢などによる心肺機能低下の予防や改善に役立つ可能性は高いと言えるでしょう。
今後もさらに研究が進み、水素吸入が心肺機能の維持に応用されることが望まれます。
参考文献
- Aokage, T., Seya, M., Hirayama, T., Nojima, T., Iketani, M., Ishikawa, M., Terasaki, Y., Taniguchi, A., Miyahara, N., Nakao, A., Ohsawa, I., & Naito, H. (2021). The effects of inhaling hydrogen gas on macrophage polarization, fibrosis, and lung function in mice with bleomycin-induced lung injury. BMC pulmonary medicine, 21(1), 339. https://doi.org/10.1186/s12890-021-01712-2
- Tamura, T., Suzuki, M., Homma, K., Sano, M., & HYBRID II Study Group (2023). Efficacy of inhaled hydrogen on neurological outcome following brain ischaemia during post-cardiac arrest care (HYBRID II): a multi-centre, randomised, double-blind, placebo-controlled trial. EClinicalMedicine, 58, 101907. https://doi.org/10.1016/j.eclinm.2023.101907