《この記事の執筆者》
地方国立大学医学部卒業後、横浜市内の中核病院で初期臨床研修を終え、都内の大学病院、小児専門病院等の勤務を経て、現在は関東の基幹病院で麻酔科として勤務。
「ミトコンドリア」と聞いても、あまりピンとこない方も多いかもしれませんが、実は私たちの健康に欠かせない重要な役割を担っています。
本記事では、エネルギー生成や感染防御など、ミトコンドリアが私たちの体で果たす驚くべき役割を解説します。また、近年注目を集めている「水素吸入」がミトコンドリアに与える保護効果についても詳しく紹介します。ミトコンドリアの健康が、私たちの生活にどれほど深く関わっているのか、その秘密に迫ります。
ミトコンドリアとは?
ミトコンドリアとは、細胞内に存在する小さな器官のことです。1細胞につき100個から2000個のミトコンドリアが含まれています。
近年、様々な疾患において活性酸素やアポトーシスが、発症の一因となっていることが明らかになり、それらと関係の深いミトコンドリアに注目が集まっています。
ミトコンドリアの役割
ミトコンドリアの主な役割は以下のとおりです。1、2)
- エネルギー(ATP)生成
- 活性酸素産生
- アポトーシスの制御
- 感染防御
それぞれ解説していきます。
役割①:エネルギー(ATP)生成
ATP(アデノシン三リン酸)とは、筋肉の収縮などで使われるエネルギーで利用される物質です。
私達の体に蓄えられているATPは多くありませんが、ミトコンドリアで絶えずエネルギーを生成することで、細胞が生きることができ、運動や脳の活動が可能になります。3)
役割②:活性酸素の産生
活性酸素は、呼吸によって取り込まれた酸素の一部が、通常よりも活性化された状態になることをいいます。4)
細胞間のシグナル伝達や遺伝子発現に関与するほか、免疫機能においては、異物を攻撃する武器として機能し、アポトーシスにも関与するなど重要な役割を果たす物質です。
しかし、一方で、酸化ストレスとして有害な作用も有していることが知られ、様々な病態に関係しています。具体的には、老化、がん、生活習慣病などとの関連が注目されています。
ミトコンドリアでは、ATP生成の副産物として活性酸素が発生します。
役割③:アポトーシスの制御
アポトーシスは、個体をよりよい状態に保つために、古くなった細胞や傷害された細胞を積極的に自死するプログラムです。
ミトコンドリアは、無意味なアポトーシスが起きないように抑制しています。しかし、ミトコンドリアが酸化ストレスにより傷害されると、この機構が正常に機能しなくなってしまいます。
④感染防御
ミトコンドリアには、ウイルスの感染を検知するシステムが存在しています。
ウイルス感染が起こると、細胞に感染したRNAウイルスのゲノム(RNA)は、細胞内で検知されてミトコンドリアに運ばれます。
栄養不足や、ミトコンドリアの機能が低下している場合は、ウイルスに対する免疫応答を敢えて弱め、長期的に免疫応答ができるように調整する機能があります。5)
ミトコンドリアの傷害が人体に及ぼす影響
ミトコンドリアは、私達の体を構成する小さな細胞内に多数存在する器官ですが、重要な働きを持つため、ミトコンドリアが傷害されると大きな影響があります。
まずは活動に必要なエネルギー産生が十分に出来なくなるため、エネルギーを多く必要とする臓器(脳を含む神経系、筋肉、心臓)の症状が現れます。
無意味なアポトーシスを抑制して、細胞死を調整することもミトコンドリアの重要な役割です。ミトコンドリアが機能しなければ、過剰なアポトーシスが起きて、正常な細胞も死んでしまうことになります。
水素吸入が持つミトコンドリアに対する効果
水素は、ミトコンドリアに保護的に働くことが知られています。
具体的には、水素はミトコンドリアのエネルギー産生効率を高めるほか、酸化ストレスからミトコンドリアを守る働きをもち、アポトーシスを抑制する効果があると報告されています。6)
ミトコンドリア保護効果に関する報告
水素吸入をすることでミトコンドリア機能が保護されることが報告されました。
いくつか代表的なものを挙げると、
- 心筋梗塞モデルラットを対象とした研究で、水素吸入、及びマグネシウム植え込みによる水素投与によって、アポトーシス関連タンパクが減少し、アポトーシス抑制タンパクが上昇した。7)
- 皮膚全層欠損モデルマウスを対象とした研究で、66%水素吸入により、ミトコンドリア機能が維持された。8)
- 1991年から2023年までの期間を対象とした文献検索によるレビュー研究では、水素分子がミトコンドリア機能を改善し、ATP産生を増加させ、ミトコンドリア由来の活性酸素種(mtROS)産生を抑制した。9)
といったものがあげられます。
水素によってミトコンドリアが保護されると起こること
私達が生きるうえで欠かせないミトコンドリアが水素によって保護されることで、様々な健康メリットが有ることが期待されています。その一例を以下でご紹介していきます。
脊髄損傷の病態改善
脊髄損傷の病態では、中枢神経系に対する一時的な機械的損傷のほか、過剰な活性酸素産生による二次的損傷が問題と考えられています。
機械的損傷を与えた脊髄ニューロンに水素投与を行うことによって、コントロール群では損傷されたミトコンドリア構造が保たれました。また、アポトーシスが抑制され、脊髄神経ニューロンは水素濃度依存的に大幅に保護されました。10)
パーキンソン病の改善
パーキンソン病では、ミトコンドリアの機能障害と関連する酸化ストレスが黒質の神経細胞消失の原因と考えられています。11) パーキンソン病のラットモデルで事前に水素水を投与すると、黒質線条体の変性の形成・進行が防止されました。12)
こうした背景を受けて実施された、ランダム化二重盲検臨床試験では、パーキンソン病患者に水素水を48週にわたり摂取させ、臨床指標であるUnified Parkinson’s Disease Rating Scale(UPDRS)により判定すると、有意に改善効果を示した。13)
この他にもミトコンドリアは多くの疾患に関与しており、それぞれで水素投与による細胞のアポトーシス抑制やATP産生の増加などが報告されています。
水素吸入とミトコンドリア:まとめ
ミトコンドリアは私達が生きるうえで必要なエネルギーの生成を担う重要な小器官です。
水素吸入によってこのミトコンドリアの保護や機能が改善することで、様々な健康メリットがもたらされることが期待されています。
今後も様々な疾患で水素による臨床症状や検査値の改善が明らかになることが期待しましょう。
参考文献
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- https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000089975.pdf
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