ステージIVの大腸がん患者55名に化学療法と1日3時間の水素吸入を併用したところ、がんを攻撃する免疫細胞(T細胞)の疲弊状態が改善し、全生存期間や無増悪生存期間が延長する可能性が示された。
3分で読める詳細解説
結論
水素吸入は免疫細胞の疲弊を回復させ、進行大腸がん患者の予後を改善する可能性がある。
研究の背景と目的
がん患者の体内では、がん細胞を攻撃する免疫細胞(CD8+ T細胞)が、持続的な戦闘によって疲れ果てた状態(疲弊T細胞)になってしまう。この疲弊T細胞はPD-1というタンパク質を細胞表面に多く発現しており 、この細胞が多いほど、がん患者の予後が悪いことが知られている。
この免疫細胞の疲弊は、細胞のエネルギー工場であるミトコンドリアの機能が低下すること(特にPGC-1αという因子の不活性化)が原因の一つとされる。
一方、「水素分子」がこのPGC-1αを活性化させることが別の研究で報告されていた。そこで本研究は、水素吸入を行うことで疲弊したCD8+ T細胞(PD-1陽性)を回復させ、ステージIVの進行大腸がん患者の予後を改善できるかを調査することを目的とした。
研究方法
- 対象者: 2014年7月から2017年7月に登録された、ステージIVの進行大腸がん患者55名。平均年齢は65.7歳(28〜96歳)で、男性21名、女性34名だった。
- 介入方法: 対象者全員が、標準的な化学療法(XELOX + ベバシズマブ療法)を受けた。 それに加え、以下の方法で水素吸入を併用した。
- 頻度・時間: 毎日3時間、自宅で実施
- 期間: 3ヶ月間
- ガス: 水素(68%)と酸素(32%)の混合ガス
- 流量: 1.67 L/min(機器のガス生成量)
- 方法: カニューレまたはマスクを使用
- 対照群の設定: 本研究では、水素吸入を行わない群(化学療法のみの群)との比較は行われていない。水素吸入治療の前後での変化 、およびT細胞の状態による患者群間での比較が行われた。
- 評価方法: 治療開始前と治療3ヶ月後に採血を実施。フローサイトメトリー法という技術を用い、血液中の免疫細胞(CD8+ T細胞)のうち、「疲弊型(末端PD-1+)」と「活性型(末端PD-1-)」の割合を測定。これらの割合と、PFS(無増悪生存期間:がんが悪化するまでの期間)およびOS(全生存期間:生存していた期間)との関連を分析した。
研究結果
- 主要な結果:
- 治療前の状態:治療前の時点で「疲弊型T細胞(末端PD-1+ CD8+ T細胞)」の割合が高い患者群は、低い患者群に比べ、無増悪生存期間(中央値 18ヶ月 vs 未到達, P=0.001)および全生存期間(中央値 18ヶ月 vs 46ヶ月, P=0.008)が有意に短いことが確認された。
- 水素吸入による変化:
- 3ヶ月間の水素吸入治療により、患者の63.6%(55名中35名)で「疲弊型T細胞」の割合が減少した。
- 患者の70.9%(55名中39名)で「活性型T細胞(末端PD-1- CD8+ T細胞)」の割合が増加した。
- 変化と予後:
- 水素吸入により「疲弊型T細胞」が大きく減少した患者群(Low群)は、減少しなかった/減少が小さかった群(High群)と比較して、無増悪生存期間(中央値 未到達 vs 13ヶ月, P<0.0001)および全生存期間(中央値 46ヶ月 vs 15ヶ月, P=0.004)が有意に長かった。
- 水素吸入により「活性型T細胞」が大きく増加した患者群(High群)は、増加しなかった/増加が小さかった群(Low群)と比較して、無増悪生存期間(中央値 未到達 vs 15ヶ月, P=0.004)および全生存期間(中央値 52ヶ月 vs 16ヶ月, $P=0.024$)が有意に長かった。
- 安全性:55名の患者において、3ヶ月間の水素吸入による有害事象は報告されなかった。
- 考察:
- これらの結果から、水素吸入は、疲弊した末端PD-1+ CD8+ T細胞を、活性型の末端PD-1- CD8+ T細胞へと転換させることで、免疫状態を改善し、患者の予後を向上させる可能性が示唆された。
- 研究チームは、この「疲弊型」と「活性型」のT細胞のバランスが、がん患者の予後を予測する重要な指標(マーカー)になると結論付けている。
- 研究の限界:
- 本研究は、水素吸入がT細胞を回復させるメカニズムとしてミトコンドリアの活性化を想定しているが、実際にミトコンドリア機能が改善したかを直接測定してはいない。著者らは、今後このメカニズムを(CoQ10などの指標測定や培養細胞実験で)さらに検証する必要があるとしている。
- また、本研究は水素吸入を行わない対照群を置いていないため、観察された予後の改善が水素吸入の単独の効果によるものか、化学療法との相乗効果によるものかを厳密に区別することはできない。
Appendix(用語解説)
- CD8+ T細胞(キラーT細胞): 免疫細胞の一種。がん細胞やウイルス感染細胞を直接認識して攻撃・排除する役割を持つ。
- PD-1(Programmed cell death 1): T細胞の表面に現れるタンパク質の一種 。免疫のブレーキ役として機能する。がん細胞がこれを悪用してT細胞の攻撃を逃れることがある(免疫チェックポイント機構)。
- 疲弊T細胞(Exhausted T cells): がん細胞などから持続的に刺激を受け続けた結果、攻撃能力や増殖能力を失い、疲れ果てた状態になったT細胞 。PD-1を多く発現しているのが特徴。
- PGC-1α: 細胞内(特にミトコンドリア)のエネルギー代謝や生成を調節する重要な因子(転写共役因子)。
- ミトコンドリア: 細胞内でエネルギー(ATP)を生産する「エネルギー工場」と呼ばれる小器官 。免疫細胞が活発に働くためにもミトコンドリアの機能が重要である。
- PFS(無増悪生存期間): Progression-Free Survival の略 。治療中や治療後に、がんが進行(増悪)せず安定していた期間のこと。
- OS(全生存期間): Overall Survival の略 。治療開始日から死亡日までの期間。がん治療の効果を測る最も重要な指標の一つ。
- フローサイトメトリー: レーザー光を用いて、血液や組織に含まれる細胞を一つひとつ高速で分析する技術 。細胞の種類、数、性質(PD-1を持っているかなど)を調べることができる。
論文情報
タイトル
Hydrogen gas restores exhausted CD8+ T cells in patients with advanced colorectal cancer to improve prognosis(進行大腸がん患者において水素ガスが疲弊したCD8+T細胞を回復させ予後を改善する)
引用元
Akagi, J., & Baba, H. (2019). Hydrogen gas restores exhausted CD8+ T cells in patients with advanced colorectal cancer to improve prognosis. Oncology reports, 41(1), 301–311. https://doi.org/10.3892/or.2018.6841
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