《この記事の執筆者》
私立医学部卒業後、大学病院で初期研修を修了。その後内科医として障害者施設に勤務。
一般的な風邪に比べて、重症化リスクもあるインフルエンザ。
日本では、例年12月~3月が流行シーズンと位置付けられており、毎年約1千万人(約10人に1人)もの感染者を出していると言われています。1)
そんなインフルエンザの予防や症状改善が期待できるとして、『水素吸入療法』が最近注目を集めています。
本記事では、水素吸入療法がどのようにインフルエンザの予防や症状改善に役立つ可能性があるのかについて、科学的根拠をもとに考察していきます。
インフルエンザとは?
インフルエンザウイルスによる感染症で、1~3 日の潜伏期ののち、咳嗽、咽頭痛などの感冒(かぜ)症状に、発熱、頭痛、関節痛・筋肉痛といった全身症状を伴って発症します。高齢者や幼児、妊婦、基礎疾患を有する患者などは重症化のリスクがあり、呼吸不全や脳症などの臨床像を呈することもあります。特に高齢者では二次性細菌性肺炎の合併も問題となります。
インフルエンザの主な検査方法
迅速診断キットによる診断が広く普及しており、流行期には症状のみでの臨床診断も認められていますが、現在では新型コロナウイルス感染症(COVID-19)との鑑別を要します。
一般的に行われているのが、インフルエンザ抗原を検出する迅速診断法です。この検査では鼻の奥の鼻粘膜の拭い液を使用し、約10分から15分で診断ができます。 この迅速検査が陽性になるためには、体内のウイルス量が十分に増えている必要があります。
2020‒21年、2021‒22年シーズンは国内でのインフルエンザ流行はみられませんでした。しかし、2022‒23年シーズンは全国的な流行がみられています。2)
インフルエンザの主な治療法
インフルエンザ発症後48時間以内に抗インフルエンザ薬を投与します。抗インフルエンザ薬には内服薬のオセルタミビルとバロキサビルマルボキシル、吸入薬のザナミビルとラニナミビルと点滴製剤のぺラミビルがあります。2022年のWHOのガイドラインではオセルタミビルの内服薬が推奨されています。
治療の対象者は主に重症者や高齢者,基礎疾患を持つ患者,妊婦,低年齢の乳幼児等の重症化リスクのある患者に推奨されていますが、発症後48時間以内であればリスクのない軽症患者の治療も推奨されています。効果としては発熱期間の短縮や症状の軽減が期待できます。3)
水素吸入はインフルエンザの予防・改善に効果はある?
インフルエンザへの感染後は、一般的に抗インフルエンザ薬による治療と対症療法が行われますが、近年は水素ガスを吸入して体内に水素を取り入れる水素吸入療法によってインフルエンザの予防・症状改善ができないかと注目を集めています。
以下でこれまでにどういった研究結果が報告されているのかについて見ていきます。
インフルエンザの予防の可能性
水素吸入15分後、インフルエンザウイルスに対する唾液中の免疫物質IgA(アイジーエー)抗体が優位に増加することを示した研究結果があります。4) IgA抗体は、涙、唾液、鼻汁、胃腸液、母乳に含まれ、粘膜免疫において最も重要な役割を果たす抗体です。この研究から水素にはインフルエンザウイルスを防御する唾液中IgA抗体の増強作用があることが判明しました。
ただ、現状ではIgA抗体の増強することによりインフルエンザウイルスへの感染を予防することを示す臨床研究は発表されていません。したがって、水素吸入によってIgA抗体が増加することは予防の観点でポジティブに考えられますが、実際にインフルエンザの予防に役立つかはさらなる研究が必要です。
インフルエンザの重症化リスク低下の可能性
インフルエンザの重症化にはサイトカインが関与しているとする報告があります。インフルエンザウイルスが感染するとサイトカインの誘導を介して重症化に結びつくトリプシンとMMP-9の発現誘導を引き起こします。つまりサイトカインにより重症化につながると考えられます。
水素には炎症性サイトカインの発現を抑制する効果があると言われています。水素がインフルエンザの症状自体を改善する可能性があるかはまだ不明ですが重症化に関与するサイトカインを減らしてくれるため、期待ゼロではないと言えます。
ただ、水素吸入が実際に重症化をおさえてくれるかどうかについてはまだ臨床試験によって報告されていないため、それらの関係について解明する更なる研究が必要であると考えられます。5) 6)
【私はこう考える】水素吸入療法とインフルエンザ:まとめ
水素吸入療法は活性酸素や炎症性サイトカインの除去によりさまざまな病気の予防や治療に応用できるとして注目を集めています。
インフルエンザの予防に関してはIgA抗体の増強が認められること、症状の緩和に関しては重症化に関与するサイトカインを減少させる可能性があることなどから予防や重症化をおさえる可能性が期待できると考えられるかと思います。
しかし、現在のデータは比較対象が少ないなど必ずしも医学的に確立したものではありません。したがって、あくまでも「治療につながる可能性」を示唆しているにすぎない点には注意しておきたいところです。
インフルエンザの予防にはワクチン接種を行い、また罹患した際は、第一に標準的な治療や対症療法を行い、医師とよく相談して補助的に水素吸入療法を検討してみるのも良いかもしれません。
参考文献
- インフルエンザ(季節性)対策 – 首相官邸
- 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 95巻 5号 pp. 166-169(2023年04月)
- インフルエンザの診断と治療 最新の WHO ガイドラインから(https://www.jstage.jst.go.jp/article/kansenshogakuzasshi/97/2/97_r22001/_pdf)
- 水素ガスを含む蒸気混合ガス吸入後のインフルエンザウイルス由来のHA抗原に対する唾液中IgA抗体価の増強. J. of Kyushu Univ. of Health and Welfare.20:69,2019. https://phoenix.repo.nii.ac.jp/records/1431
- 小児耳鼻科2016;37(3):305-311https://www.jstage.jst.go.jp/article/shonijibi/37/3/37_305/_pdf
- https://molmed.biomedcentral.com/articles/10.1186/s10020-022-00455-y
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