豚を用いた実験で、大動脈バルーン閉塞術(REBOA)後の酸化ストレス障害に対する2%水素吸入治療の効果を検証したが、生存率、血液検査値、腸管損傷において有意な改善は認められなかった。
3分で読める詳細解説
結論
水素吸入はREBOA後の酸化ストレス障害に対して十分な治療効果を示さない。
研究の背景と目的
出血性ショックは外傷による死亡の主要原因であり、REBOA(大動脈内バルーン閉塞術)という治療法が注目されている。REBOAは大動脈内にバルーンカテーテルを挿入して出血をコントロールし、重要臓器への血流を維持する低侵襲治療法である。しかし、REBOAは虚血再灌流障害による酸化ストレスを引き起こし、多臓器不全や死亡につながる可能性がある。一方、水素吸入療法は酸化ストレス軽減に効果があるとされ、心停止後症候群や心筋梗塞などでその有効性が報告されている。本研究は、REBOA後の虚血再灌流障害に対する水素吸入療法の効果を動物モデルで検証することを目的とした。
研究方法
- 対象: 健康な雌ブタ10頭(体重30-40kg、3-4ヶ月齢)。
- 介入方法:
- 水素濃度:2%
- 吸入方法:
- まず、人為的に全体の約40%にあたる量の血液を抜き、重い出血性ショック状態を作り出した
- その後、REBOAで大動脈の血流を60分間完全に遮断した
- 水素群のブタには、このREBOAによる血流遮断と同時に、2%濃度の水素吸入を60分間実施した
- 実施時間:REBOA開始と同時に開始し、実験終了まで継続
- 流量:論文内に記述なし
- 対照群の設定: 水素群5頭 vs 対照群5頭(通常換気のみ)
- 評価方法:
- 40%出血性ショック誘発後、Zone 1 REBOA 60分間施行
- 生存時間、血中乳酸値、8-OHdG(酸化ストレスマーカー)測定
- 腸管組織の病理学的変化を5段階でグレード評価
研究結果
- 主要な結果:
- 生存率: 対照群で1頭が90分後に死亡したが、水素群は全頭が生存した。しかし、統計的な有意差はなかった(p=0.317)。
- 血中乳酸値: 水素群は対照群よりも乳酸値の上昇が低い傾向にあったが、有意差はなかった(ピーク値:水素群 7.6±2.3 mmol/L vs. 対照群 10.5±4.2 mmol/L)
- 酸化ストレスマーカー(8-OHdG): 水素群の方が数値が低い傾向にあったが、有意差はなかった(範囲:水素群 0.11-0.19 ng/mL vs. 対照群 0.12-0.32 ng/mL)
- 腸の組織損傷:水素群の方が損傷が軽度な傾向にあったが、こちらも有意差はなかった(対照群2.8±1.0 vs 水素群2.0±1.0、T=240分時点)、有意差なし
- 研究の限界として、豚はヒトよりも虚血耐性が高い可能性があること、個体差や限られたサンプルサイズの影響、実際の外傷とは異なる実験条件などが挙げられている。水素吸入がREBOA後虚血再灌流障害に対して効率的に作用しない可能性が示唆された。
Appendix(用語解説)
- REBOA(大動脈内バルーン閉塞術): 大動脈内にバルーンカテーテルを挿入し、バルーンを膨らませて出血部位より中枢側の大動脈を一時的に閉塞する治療法
- 虚血再灌流障害: 血流が遮断された後に血流が再開する際に生じる組織障害
- 酸化ストレス: 活性酸素による細胞や組織の損傷
- 8-OHdG(8-ヒドロキシ-2′-デオキシグアノシン): DNA酸化損傷のマーカーとして用いられる物質
- Zone 1: 大動脈弓下部から腹腔動脈分岐部までの胸部大動脈領域
- 出血性ショック: 大量出血により血液循環が維持できなくなった状態
論文情報
タイトル
Hydrogen gas inhalation therapy may not work sufficiently to mitigate oxidative stress induced with REBOA(水素吸入療法はREBOAによる酸化ストレスの軽減に十分効果的でない可能性)
引用元
Matsumura, Y., Hayashi, Y., Aoki, M., & Izawa, Y. (2024). Hydrogen gas inhalation therapy may not work sufficiently to mitigate oxidative stress induced with REBOA. Scientific reports, 14(1), 32128. https://doi.org/10.1038/s41598-024-83934-y
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