《この記事の執筆者》
2011年国立大学医学部卒。初期臨床研修を経て総合診療医として勤務しながら、さまざまな疾患の患者さんに向き合う治療に従事。医療行政に従事していた期間もあり、精神福祉、母子保健、感染症、がん対策、生活習慣病対策などに携わる。結核研究所や国立医療科学院での研修も積む。2020年からは医療法人ウェルパートナーで主任医師を勤める。
アスリートなど日々体を酷使する場合は、パフォーマンス低下や怪我の予防などの面で毎日疲労回復が非常に大切になります。
またアスリートでなくても、運動や仕事の後の疲れ、寝ても取れない疲労感などは誰しもが経験があるでしょう。
そういった疲労回復の面で、抗酸化作用を持つ水素吸入療法が役立つのではと、近年注目を集めています。
本記事では水素吸入療法が疲労回復に効果をもたらすのかについて、最新研究データをもとに考察していきます。
《▼YouTube動画版での解説▼》
疲労回復の鍵は活性酸素
体を動かしたり、頭を使ったりした後は疲労が溜まりやすいものです。誰でも運動や仕事のあとに疲れを感じた経験はあるでしょう。
これまで、疲労の根本的な原因にはさまざまなものが挙げられてきましたが、はっきりした原因は明確に解明されていませんでした。しかし、近年の研究により疲労の根本的な原因は活性酸素であることが明らかになっています1)。
活性酸素とは、私たちが呼吸で取り込んだ酸素が通常よりも活性化した状態になったもののこと。取り込んだ酸素の数%は活性酸素になるとされています。活性酸素が多くなると細胞にダメージが生じて老化や病気の原因になることが分かっています2)。
活性酸素と疲労の関係
運動や仕事でエネルギーを消費すると私たちの体内では活性酸素が作られやすくなります。
生きていくために必要なエネルギーは細胞内のミトコンドリアで作られていますが、活性酸素はこのミトコンドリアを攻撃します。結果としてミトコンドリアの機能が低下して必要なエネルギーが作られなくなるのです。
また、細胞にダメージを与えることで細胞の機能も低下していき、疲労を感じたり、身体的なパフォーマンスが低下したりすると考えられています1)。
疲労を回復させる方法はさまざまありますが、まずは疲労の根本的な原因となっている活性酸素を抑えることが大切と言えるでしょう。
水素吸入は疲労回復に効果はある?
疲労と活性酸素には深い関係があることが近年の研究から明らかになっています。活性酸素は疲労だけではなく、健康や美容にも悪影響を及ぼしやすいため活性酸素を除去する方法に注目が集まっているのです。
2007年には水素に活性酸素を取り除くがあることが解明されました3)。この新たな発見をきっかに、水素吸入が病気の治療や美容に取り入れられるようになっています。
疲労も根本的な原因は活性酸素であるため、水素吸入で予防、改善できるのではないかと考えられるに至りました。2020年と2023年には水素吸入が疲労回復に効果的であることを示唆する研究結果が公表されています。
水素吸入と疲労回復の関係を検証した研究結果を詳しく見てみましょう。
水素吸入で運動後の疲労を軽減
2020年には、運動後に水素吸入を行った場合と行わなかった場合の身体的なダメージの違いやパフォーマンスの変化を調べる研究結果が発表されています4)。
この研究は健康な8人の男性が対象となり、活性酸素を発生させやすい運動(30分の走行とスクワットジャンプ10回×5セット)を実施。60分後に水素吸入を行った場合と通常のガスの吸入を行った場合の血液検査と尿検査の結果を比較検討しました。
結果、水素吸入を行うと活性酸素によるダメージを受けたときに生成される物質が減ったことが明らかになりました。また、水素吸入を行うとその後のジャンプ動作のパフォーマンスの低下が抑えられたことも明らかになっています。
これらの結果から、運動後の水素吸入は活性酸素による細胞へのダメージを抑制して身体的な疲労を軽減する可能性があると示唆されました。もちろん、限られた対象のみでの検討であるため、水素吸入が確実に疲労回復に役立つと断言することはできません。しかし、水素吸入には運動後の疲労を抑える働きを持つ可能性があるため、今後のさらなる解明に期待します。
水素吸入で「慢性疲労症候群」を改善
6か月以上にわたり、強いだるさや疲労を感じて日常生活に支障を来すようになる状態を「慢性疲労症候群」と呼びます。日本では24万人ほどの人が慢性疲労症候群であるとされ、新型コロナウイルス感染症の後遺症として発症する場合があります5)。十分に休んでも疲れがとれない方は慢性疲労症候群かもしれません。
慢性疲労症候群ははっきりした原因が分かっておらず、治療方法も確立していません。
2023年には水素吸入が慢性疲労症候群の症状を改善する可能性を示唆する研究結果が発表されています6)。
研究は、これまでさまざまな治療をしても効果がなかった慢性疲労症候群患者4人を対象に行われ、毎日3~5時間の水素ガスを吸入して症状の変化を比較検討しました。結果として、4人とも8~20週間で慢性疲労症候群による症状が改善したことが明らかとなりました。
この研究も限られた対象のみでの検討であり、さらに症状改善の有無は患者個人の主観となるため、水素吸入が確実に慢性疲労症候群の治療に役立つと断言することはできません。
一方で、慢性疲労症候群は確立した治療法がないため、水素吸入との関係がさらに解明されて治療に応用できることが期待されています。
【私はこう考える】水素吸入と疲労
活性酸素は細胞にダメージを与えて機能を低下させるため、健康や美容の大敵とされています。近年の研究により、疲労の根本的な原因もオーバーワークによって発生する活性酸素であることが明らかになりました。
抗酸化作用がある飲食物や化粧品など活性酸素を取り除く方法はこれまでにもたくさん開発されていきました。水素ガスの吸入もその一つで、体内に水素ガスを取り込むと活性酸素が軽減されることが証明されています。
今回は、水素吸入と疲労回復の関係を検討した研究結果を2つご紹介しました。いずれも水素吸入が疲労回復を促すと証明するものではありませんが、水素吸入が疲労回復効果を持つ可能性が示唆されたと言えるでしょう。水素吸入は健康や美容によい効果がたくさんあります。疲れを感じやすい方は、健康と美容の維持のためにも水素吸入を試してみてはどうでしょうか。
ただし、強い疲労が続くときは身体的、精神的な病気が原因の場合もあります。症状がつらいときは医療機関への受診が必要です。水素吸入はあくまで疲労回復の補助的な手段と考えてください。
疲労回復には食習慣も非常に大切です。 疲労回復に効果があると言われている食べ物はこちらでチェックしてみてください。
ビタミンB1を多く含む食材【食材種類別ランキングTOP10】【栄養士執筆】
参考メディア:Lani
参考文献
- 大阪市立大学大学院医学研究科疲労医学講座『疲労のメカニズム解明:疲労の原因は活性酸素だった』
- 厚生労働省e-ヘルスネット『活性酸素と酸化ストレス』
- Ohsawa, I., Ishikawa, M., Takahashi, K. et al. Hydrogen acts as a therapeutic antioxidant by selectively reducing cytotoxic oxygen radicals. Nat Med 13, 688–694 (2007). https://doi.org/10.1038/nm1577
- Shibayama Y, Dobashi S, Arisawa T, Fukuoka T, Koyama K. Impact of hydrogen-rich gas mixture inhalation through nasal cannula during post-exercise recovery period on subsequent oxidative stress, muscle damage, and exercise performances in men. Med Gas Res. 2020 Oct-Dec;10(4):155-162. doi: 10.4103/2045-9912.304222. PMID: 33380581; PMCID: PMC8092152.
- 厚生労働省『「慢性疲労症候群」(Chronic Fatigue Syndrome ; CFS)について』
- Hirano, Shin-ichi*; Ichikawa, Yusuke; Sato, Bunpei; Takefuji, Yoshiyasu; Satoh, Fumitake. Successful treatment of myalgic encephalomyelitis/chronic fatigue syndrome using hydrogen gas: four case reports. Medical Gas Research 14(2):p 84-86, June 2024. | DOI: 10.4103/2045-9912.385441