《この記事の執筆者》
2011年国立大学医学部卒。初期臨床研修を経て総合診療医として勤務しながら、さまざまな疾患の患者さんに向き合う治療に従事。医療行政に従事していた期間もあり、精神福祉、母子保健、感染症、がん対策、生活習慣病対策などに携わる。結核研究所や国立医療科学院での研修も積む。2020年からは医療法人ウェルパートナーで主任医師を勤める。
抗がん剤治療はがんに対して効果的ですが、副作用として妊孕性(妊娠する力)が低下するリスクがあることはあまり知られていません。
特に若いがん患者にとって、将来の妊娠の可能性を守ることは大きな課題です。
そこで注目されているのが水素吸入です。抗酸化作用を持つ水素が、抗がん剤治療による卵巣や精巣へのダメージを軽減する可能性が示唆されています。
本記事では、抗がん剤治療と妊孕性低下の関係から、水素吸入がどのような可能性を秘めているのかについて最新の研究結果をもとに、詳しく解説します。若年でがんになり抗がん剤治療を始められようとしている方の役に立つ内容となっていますので、ぜひ最後までご覧ください。
抗がん剤治療による妊孕性の低下について
がん治療の重要な3本柱である抗がん剤は高い効果を発揮します。しかし、副作用が現れることも多く、治療後の生活に影響を及ぼすケースも少なくありません。
「妊孕性(にんようせい)の低下」もその一つです。妊孕性の低下とは、男女ともに妊娠を成立させるための力のことを意味します。抗がん剤治療は妊孕性を維持する上で重要な生殖機能の低下を引き起こすことが知られています。
まずは、抗がん剤治療による妊孕性の低下について詳しく見てみましょう。
抗がん剤治療による妊孕性の低下の原因
抗がん剤はがんの細胞を攻撃する働きを持ち、がんの細胞を死滅させる効果が期待できます。一方で抗がん剤はがんの細胞だけではなく、正常な細胞にもダメージを与えることがあります。特に細胞分裂が盛んな細胞を攻撃しやすい性質のため、卵巣や精巣の細胞を攻撃することも少なくないのです。
その結果、卵子や精子の減少、質の低下などが引き起こされることがあります。
特に、全般的によく用いられるシクロスフォスファミドやアルキル化剤などの抗がん剤で妊孕性低下が生じやすいとされています。
抗がん剤治療による妊孕性低下の対策
抗がん剤による卵巣、精巣へのダメージは避けられないケースも少なくないでしょう。
生殖器への影響が少ない抗がん剤を選択するといった対策はありますが、妊孕性を確実に低下させない方法はありません。
そのため、将来的に妊娠を希望する場合には、以下のような対策を行う場合があります。
- 卵子や精子、卵巣組織の凍結保存
- 胚(受精卵)の凍結保存
- ホルモン療法
水素吸入は抗がん剤治療による妊孕性低下の予防、改善に役立つ?
抗がん剤や放射線治療による妊孕性低下の予防、改善は若い世代のがん患者にとって大きな課題の一つです。一方で、確実に妊孕性の低下を予防、改善する方法はまだ確立されていないため、現在でもさまざまな研究が進められています。
抗酸化作用が強い水素分子も注目されており、抗がん剤や放射線治療による妊孕性低下の関係を示唆する研究結果が報告されています。具体的にどのような内容なのか詳しく見てみましょう。
抗がん剤によって発生する活性酸素が卵巣の機能低下を引き起こす?
2022年に、アメリカの研究チームが抗がん剤による妊孕性の低下は治療中に発生する活性酸素が関与しているとの見解を報告しています1)。
この報告によれば、抗がん剤は細胞を攻撃する際に多くの活性酸素を産生し、酸化ストレスが卵子の元となる細胞にダメージを与えると卵巣機能低下を引き起こすと指摘されています。
水素吸入は抗がん剤による妊孕性低下を予防できる?
今回の報告は、抗がん剤による妊孕性の低下は活性酸素が大きく関わっている可能性を示唆しました。
水素吸入は活性酸素を効率よく除去することができるため、抗がん剤による妊孕性の低下を予防できる可能性を秘めているかもしれません。
今後、ヒトを対象として大規模な研究が行われ、抗がん剤による妊孕性低下と水素吸入の関係が解明されることを期待しましょう。
水素水は抗がん剤による卵巣へのダメージを改善する?
2015年には、中国の研究チームが水素水に抗がん剤(シスプラチン)による卵巣機能の低下を改善させる効果を持つ可能性を示す研究結果を報告しました2)。
この研究はラットを用いた動物実験です。抗がん剤によって卵巣機能低下を引き起こしたラットに水素水(水素ガスが溶けた水)を2週間に渡って投与しました。その結果、水素水を投与しない場合と比較して有意に卵巣機能改善が認められたことが明らかになっています。
水素吸入が抗がん剤による妊孕性低下を改善する可能性
今回の研究結果から、水素水は抗がん剤による卵巣へのダメージを回復して妊孕性を向上させる可能性を持つことが示唆されました。
水素水飲用よりも効率的に水素分子を体内に取り込むことができる水素吸入にも同様の効果が期待できるかもしれません。まだ動物実験の段階であるため確実な効果があるとは言えませんが、今後さらに研究が進み抗がん剤による水素吸入が広く活用されることを期待します。
【私はこう考える】水素吸入と抗がん剤による妊孕性低下
今回ご紹介した2つの研究結果は、活性酸素を効率的に除去できる水素吸入が抗がん剤による妊孕性低下の予防・改善に役立つ可能性を示唆しました。
特に中国の研究チームによる報告は卵巣への抗がん剤のダメージを回復することを示唆しています。これは妊娠・出産を望みながら抗がん剤治療を受ける女性の大きな希望となる結果と言えるでしょう。
一方で、この研究は動物実験の段階です。今後ヒトへの効果を検証するにはヒトを対照とした大規模な研究が必要となります。
また、抗がん剤による卵巣へのダメージのメカニズムなどをさらに検証し、水素吸入のメカニズムがどのように入り込むのか検討する必要もあるでしょう。
アメリカの研究チームによって抗がん剤投与によって発生する活性酸素も卵巣へのダメージの一因であるとの見解が報告されています。その他にもどのようなメカニズムで卵巣へのダメージが生じるのか検討し、水素吸入の長期的な使用による卵巣への影響なども検討していく必要があるでしょう。
今後さらに研究が進展していくことを期待しましょう。
参考文献
- Trujillo, M., Odle, A. K., Aykin-Burns, N., & Allen, A. R. (2023). Chemotherapy induced oxidative stress in the ovary: drug-dependent mechanisms and potential interventions†. Biology of reproduction, 108(4), 522–537. https://doi.org/10.1093/biolre/ioac222
- Meng, X., Chen, H., Wang, G., Yu, Y., & Xie, K. (2015). Hydrogen-rich saline attenuates chemotherapy-induced ovarian injury via regulation of oxidative stress. Experimental and therapeutic medicine, 10(6), 2277–2282. https://doi.org/10.3892/etm.2015.2787