1日1時間の水素吸入が高血圧ラットの血圧と自律神経を改善

結論
腎臓を大幅に切除して高血圧にしたラットに1.3%水素ガスを1日1時間吸入させたところ、4週間で血圧上昇が抑えられた。高血圧が定着した3週間後に開始しても効果は認められ、収縮期血圧は対照群より約25 mmHg低かった。テレメトリー(体内埋込み型の連続測定装置)では、水素が過剰な交感神経活動を抑え、副交感神経を回復させることで自律神経のバランスを改善していた。
研究の背景と目的
高血圧は世界で11億人以上が罹患する疾患であり、慢性腎臓病(腎臓の機能が徐々に低下する病気)の患者では8割以上に合併する。近年、水素を溶かした透析液を用いた血液透析が末期腎不全患者の血圧管理を改善するとの臨床データが報告されていた※。
本研究では、この臨床知見を受けて腎性高血圧の動物モデル(5/6腎摘出ラット)で水素ガス吸入の降圧効果を実験的に検証した。
※ Nakayama et al. (2010, 2018)。水素を溶解した透析液による血液透析で、慢性維持透析患者の血圧管理が改善したとする臨床報告
研究方法
8週齢のオスLewisラットの腎臓を大部分切除(5/6腎摘出術)し、腎性高血圧モデルを作成。3つの実験プロトコルで水素の降圧効果を検証した。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 動物 | オスLewisラット(8週齢、250〜300 g) |
| 高血圧モデル | 5/6腎摘出術 (左腎の約2/3を梗塞+右腎を全摘出) |
| 水素ガス | 1.3% H₂+21% O₂+77.7% N₂ |
| 対照ガス | 21% O₂+79% N₂ |
| 吸入時間 | 1日1時間、4週間 |
| 実験1 | 手術直後から吸入→4週後に動脈血圧を直接測定 |
| 実験2 | 手術3週間後から吸入→毎週テールカフ法で測定 (各群15匹) |
| 実験3 | テレメトリー送信機を体内に埋込み→手術日から吸入 →4週間連続測定(水素群5匹、対照群6匹) |
主な評価項目は以下のとおり。
- 収縮期・平均・拡張期血圧(心臓の収縮時・平均・弛緩時の血管内圧力)
- 心拍数
- 血圧変動の波形分析(血圧の細かな揺れのパターンから、交感神経・副交感神経の活動度を読み取る手法)
研究の主な結果
本研究の結果から、以下の4点を取り上げる。
- ① 手術直後からの水素吸入で血圧が低下した
- ② 高血圧が定着した後から始めても有効だった
- ③ 昼夜を問わず血圧が低下した
- ④ 自律神経のバランスが改善した
① 手術直後からの水素吸入で血圧が低下した
5/6腎摘出の直後から水素吸入を開始し、4週間後に大腿動脈にカテーテルを挿入して血圧を直接測定した(実験1)。偽手術群(Sham:腎臓に処置をせず同じ手術操作だけを行った群)を含む3群で比較した。
| 指標 | Sham群 | 対照群 | 水素群 | 有意差 (対照 vs 水素) |
|---|---|---|---|---|
| 収縮期血圧 | 約120 mmHg | 約160 mmHg | 約125 mmHg | p < 0.05 |
| 拡張期血圧 | 約88 mmHg | 約115 mmHg | 約90 mmHg | p < 0.01 |
| 平均血圧 | 約98 mmHg | 約130 mmHg | 約100 mmHg | p < 0.05 |
水素群の血圧はいずれの指標でも対照群より有意に低く、腎臓を切除していないSham群とほぼ同じ水準にまで抑えられていた。つまり、水素吸入は腎摘出による血圧上昇をほぼ完全に打ち消したことになる。
一方、腎機能の指標(尿量・クレアチニンクリアランス・BUN・左腎重量)には両群で差がなく、水素は腎臓への直接作用ではなく別の経路で降圧効果を発揮していると考えられる。
② 高血圧が定着した後から始めても有効だった
実験1の効果は、水素が手術直後の炎症を抑えた結果に過ぎない可能性もある。そこで、手術の3週間後 — 炎症が治まり高血圧が定着した時点から水素吸入を開始し、4週間にわたって血圧を追跡した(実験2)。
| 指標 | 水素群 (4週目) | 対照群 (4週目) | 統計的有意差 |
|---|---|---|---|
| 収縮期血圧 | 約145 mmHg | 約170 mmHg | p < 0.01 |
| 平均血圧 | 約115 mmHg | 約130 mmHg | p < 0.05 |
| 拡張期血圧 | 低下傾向 | — | 有意差なし |
| 心拍数 | 低下傾向 | — | 有意差なし |
高血圧がすでに定着した慢性期からの開始でも、水素吸入は収縮期血圧・平均血圧を有意に低下させた。水素の降圧作用は一過性の抗炎症効果ではなく、慢性的な血圧調節の仕組みに及んでいることが確認された。
③ 昼夜を問わず血圧が低下した
テレメトリー送信機を体内に埋め込み、血圧と心拍数を4週間連続で記録した(実験3)。日中の安静時(明期)と夜間の活動時(暗期)を分けて比較した。
| 指標 | 水素群 (4週目) | 対照群 (4週目) | 有意差 |
|---|---|---|---|
| 平均血圧 (日中) | 約105 mmHg | 約125 mmHg | p < 0.05 |
| 平均血圧 (夜間) | 約125 mmHg | 約160 mmHg | p < 0.05 |
| 心拍数 (夜間) | 約300 拍/分 | 約370 拍/分 | p < 0.05 |
水素の降圧効果は日中の安静時だけでなく、夜間の活動時にも明確に現れた。とくに夜間は平均血圧で約35 mmHg、心拍数で約70拍/分の差がつき、1日1時間の吸入で24時間にわたり血圧が安定していたことがわかる。
④ 自律神経のバランスが改善した
血圧は心拍ごとに微妙に変動しており、その変動パターンから自律神経の状態を読み取ることができる。ゆっくりした変動(LFパワー)は交感神経(体を緊張・興奮させる神経)の活動度を、速い変動(HFパワー)は副交感神経(体をリラックスさせる神経)の活動度を反映する。
| 指標 | 対照群 | 水素群 | 有意差 |
|---|---|---|---|
| LFパワー 日中 (0日目→4週の変化) | 大幅に上昇 | ほぼ変化なし | p < 0.05 |
| HFパワー 日中 (0日目→4週の変化) | 大幅に低下 | ほぼ変化なし | p < 0.05 |
| LFパワー (夜間・4週目) | 約45 | 約20 | p < 0.05 |
| HFパワー (夜間・4週目) | 約45 | 約68 | p < 0.05 |
夜間のデータでは、水素群の交感神経活動(LF)は対照群のおよそ半分に抑えられ、副交感神経活動(HF)は約1.5倍に保たれていた。つまり、腎摘出によって「常に体が緊張し、リラックスできない」状態に陥った対照群に対し、水素群ではリラックスする力が維持されていた。
この自律神経の改善は降圧効果と同時に起こっており、水素が血圧を下げる仕組みの一つと考えられる。
安全性
全実験を通じて、水素吸入による重篤な有害事象は報告されていない。腎機能の指標(尿量・クレアチニンクリアランス・BUN等)にも両群で差はなかった。
考察と今後の課題
水素の降圧メカニズムとして、脳への直接作用が推察される。先行研究では、水素を吸入すると脳に向かう血液(頸動脈血)中の水素濃度が体内でもっとも高くなることが報告されている。
このことから、脳幹にある血圧調節の中枢(RVLM)に水素が直接届き、交感神経の過剰な活動を抑えている可能性がある。本研究でも、水素は腎臓の機能には影響を与えずに血圧を下げており、腎臓ではなく脳を介した経路が主であることを裏付けている。
ただし、テレメトリー送信機の埋込みがラットにストレスを与えた可能性や、音やにおいなどの環境要因を完全には排除できていない点は限界である。また、本研究で用いた1.3%は日本の法規制上、酸素含有ガスに添加可能な水素濃度の上限であり、より高い濃度や長時間の吸入でさらに効果が高まるかは未検証である。
すいかつねっと編集部の感想
著者らは、水素吸入の高血圧に対する降圧効果を実験的に示した初めての報告だとしています。手術直後だけでなく高血圧が定着した後から始めても効果が認められた点は、高血圧の治療への応用を考えるうえで重要な知見です。
とくに注目したいのは、水素が自律神経のバランスを改善した発見です。ヒトでも水素吸入が脳と自律神経に連動的な変化をもたらすことが確認されています。本研究(2020年)の後、高血圧の中高年者に対する低用量水素吸入の効果や高血圧患者における水素吸入の有効性と安全性など、ヒトでの臨床データも報告され始めています。
今後の更なる解明に期待したいところです。
用語解説
| 用語 | 解説 |
|---|---|
| 5/6腎摘出(5/6 Nx) | 左腎の約2/3を梗塞させ右腎を全摘出する手術。腎性高血圧の標準的な動物モデルとして広く使われる |
| テレメトリー | 体内に小型の送信機を埋め込み、血圧や心拍数を無線で連続測定するシステム |
| 収縮期血圧 | 心臓が収縮して血液を送り出すときの血圧。一般に「上の血圧」と呼ばれる |
| 平均血圧(MAP) | 1心拍の間の血圧の平均値。臓器への血液供給の程度を反映する |
| 自律神経 | 心拍数や血圧を無意識に調節する神経。交感神経(活動モード)と副交感神経(休息モード)からなる |
| LFパワー/HFパワー | 血圧変動を周波数分析した指標。LF(低周波)は主に交感神経、HF(高周波)は主に副交感神経の活動を反映する |
| RVLM(吻側腹外側延髄) | 脳幹にある血圧調節の中枢。活性化すると交感神経が興奮し血圧が上昇する |
| テールカフ法 | ラットの尾にカフを巻いて血圧を測定する非侵襲的な方法。ヒトの腕での血圧測定に相当する |
論文情報
論文タイトル
Daily inhalation of hydrogen gas has a blood pressure-lowering effect in a rat model of hypertension(水素ガスの毎日の吸入は高血圧ラットモデルにおいて降圧効果を示す)
引用元

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