心筋梗塞を発症させたラットに2%の水素を吸入させたところ、酸化ストレスが減少し、ミトコンドリアが保護されて細胞死が抑制された結果、心筋梗塞のサイズが縮小し心機能が改善した。
3分で読める詳細解説
結論
水素吸入は酸化ストレスとそれに続く細胞死(アポトーシス)を抑え、心筋梗塞による心臓のダメージを軽減する。
研究の背景と目的
急性心筋梗塞は、心臓の血管が詰まることで心筋が壊死する、命に関わる危険な病気である。血管を再開通させる治療後も、炎症や細胞死(アポトーシス)が起こり、予後を悪化させることが課題となっている。
水素には、体をサビつかせる「酸化ストレス」や炎症、アポトーシスを抑える効果があることが知られており、新たな治療法として期待されている。しかし、水素が心筋梗塞に対して、どのような仕組みで心臓の細胞を守るのか、その詳細なメカニズムは完全には解明されていなかった。
そこで本研究は、水素が「活性酸素(ROS)」によって引き起こされる「ミトコンドリア」を介したアポトーシス経路をどのように制御し、心筋梗塞のダメージを軽減するのかを明らかにすることを目的とした。
研究方法
- 対象: 健康な雄のSprague-Dawleyラット30匹 。以下の3つのグループ(各10匹)にランダムに分けられた。
- コントロール群: 手術などを行わない健康なラット
- 心筋梗塞(MI)群: 人為的に心筋梗塞を発症させたラット
- 心筋梗塞+水素(MI+H₂)群: 心筋梗塞を発症させ、水素吸入を行ったラット
- 介入方法:
- 水素の濃度: 2%
- 頻度: 1日2回
- 期間: 心筋梗塞発症後、24時間にわたり評価が実施された
- 実施時間: 1回あたり3時間
- 対照群の設定: 水素吸入を行わない「心筋梗塞(MI)群」を設定した
- 評価方法: 心エコー検査による心機能(左室駆出率など)の評価、特殊な染色(TTC染色)による心筋梗塞サイズの測定、電子顕微鏡によるミトコンドリアの形態観察、酸化ストレスやアポトーシスのレベル、そしてそれらに関連する様々なタンパク質の量を測定した。
研究結果
- 主要な結果
- 水素吸入群は心筋梗塞群と比較して、心筋梗塞のサイズが有意に減少した(25.1±3.25% vs 9.34±0.87%, p<0.05)
- 水素吸入により、心臓のポンプ機能を示す左室駆出率(LVEF)が約23.7%、左室短縮率(FS)が約14.04%改善した
- 心筋のダメージを示す血中マーカーであるBNPは52.02%、c-TnIは22.25%減少した
- 水素吸入群では、活性酸素(ROS)やDNA損傷の指標である8-OHdG、組織のダメージを示すMDAといった酸化ストレスマーカーが有意に減少した
- 水素吸入群では、体内の抗酸化物質として働くタンパク質(TRX2, SOD2)の発現が有意に増加した
- アポトーシス(細胞死)の実行に関わるタンパク質(Bax, cleaved-caspase-9, cleaved-caspase-3)が減少し、アポトーシスを抑制するタンパク質(Bcl-2)が増加した
- 考察:本研究の結果から、水素吸入が心筋梗塞後の心臓を保護するメカニズムが示された。心筋梗塞によって大量に発生する。活性酸素(ROS)は、細胞のエネルギー工場であるミトコンドリアを傷つける。ミトコンドリアが傷つくと、アポトーシスを開始させるスイッチであるシトクロムcが放出され、カスパーゼという酵素が連鎖的に活性化し、細胞死に至る。水素は、この最初の引き金である活性酸素(ROS)を減少させると同時に、体を酸化から守る抗酸化タンパク質を増やすことで、ミトコンドリアの損傷を防ぐ。その結果、シトクロムcの放出が抑えられ、アポトーシスの連鎖反応が止まり、心筋細胞が死ぬのを防いでいると考えられる。
- 研究の限界:この研究は、水素がアポトーシスを抑えることで心臓を保護することを示したが、水素が体内のどの分子に直接作用しているのか(特異的な標的)までは特定できていない 。また、ミトコンドリアの分裂や融合といった動的な変化への影響は評価されておらず、今後の研究課題とされている 。
Appendix(用語解説)
- 心筋梗塞 (Myocardial Infarction, MI): 心臓の筋肉(心筋)に血液を送る血管(冠動脈)が詰まり、心筋細胞が死んでしまう病気。
- アポトーシス (Apoptosis): 個体をより良い状態に保つために、あらかじめ遺伝子にプログラムされた細胞の計画的な死。「細胞の自殺」とも呼ばれる。
- 活性酸素種 (Reactive Oxygen Species, ROS): 呼吸によって取り込んだ酸素の一部が、通常よりも活性化された状態になったもの。少量であれば体に有用な働きもするが、過剰に発生すると細胞を傷つけ、老化や病気の原因となる「酸化ストレス」を引き起こす。
- ミトコンドリア (Mitochondria): ほとんどの細胞に存在する小器官で、生命活動に必要なエネルギーを作り出す役割を持つ。「細胞のエネルギー工場」と例えられる。アポトーシスの制御にも中心的な役割を担う。
- 左室駆出率 (LVEF) / 左室短縮率 (FS): 心臓の主要なポンプである左心室が、どれだけ効率よく血液を全身に送り出せているかを示す指標。心機能の評価に用いられ、この数値が高いほど心機能は良好である。
- シトクロムc (Cytochrome c, Cyt-c): 通常はミトコンドリアの内膜に存在するタンパク質。ミトコンドリアが強いストレスを受けると細胞質に放出され、アポトーシスの引き金となる。
- カスパーゼ (Caspase): アポトーシスを実際に実行するタンパク質分解酵素の一群。シトクロムcによって活性化されると、ドミノ倒しのように次々と他のカスパーゼを活性化させ、細胞を死に至らしめる。
論文情報
タイトル
Hydrogen alleviates myocardial infarction by impeding apoptosis via ROS-mediated mitochondrial endogenous pathway(水素は、活性酸素が介在するミトコンドリア経路を介したアポトーシスを妨げることで心筋梗塞を軽減する)
引用元
Pan, S., Wang, B., Yu, M., Zhang, J., Fan, B., Nie, C., Zou, R., Yang, X., Zhang, Z., Hong, X., & Yang, W. (2025). Hydrogen alleviates myocardial infarction by impeding apoptosis via ROS-mediated mitochondrial endogenous pathway. Free radical research, 59(3), 226–238. https://doi.org/10.1080/10715762.2025.2474014
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