《この記事の執筆者》
2011年国立大学医学部卒。初期臨床研修を経て総合診療医として勤務しながら、さまざまな疾患の患者さんに向き合う治療に従事。医療行政に従事していた期間もあり、精神福祉、母子保健、感染症、がん対策、生活習慣病対策などに携わる。結核研究所や国立医療科学院での研修も積む。2020年からは医療法人ウェルパートナーで主任医師を勤める。
ノロウイルス感染症は、毎年多くの人が嘔吐や下痢などの症状に悩まされる身近な感染症です。
感染力が非常に強く、特に冬季には注意が必要ですが、現時点で確立された治療法や予防法はありません。
そこで注目されるのが「水素吸入」の可能性です。水素が持つ抗酸化作用や小腸粘膜のダメージを改善する効果により、ノロウイルス感染症の予防や治療に役立つ可能性が示唆されています。
本記事では、ノロウイルス感染症の原因や症状などの基本情報から、水素吸入がどのような可能性を秘めているのか研究結果をもとに解説します。
現時点で、水素吸入がノロウイルス感染症の予防や治療に直接的な効果をもたらすエビデンスは不足。抗酸化作用が小腸粘膜保護に寄与する可能性があり、理論的期待はあるが、さらなる研究が必要。
(すいかつねっとのエビデンス評価基準はこちら)
ノロウイルス感染症について
ノロウイルス感染症は、嘔吐や下痢などの強い消化器症状を引き起こす感染症です。
年代を問わず感染する可能性があり、小児、高齢者、持病がある人などは重症化するケースも少なくありません。ウイルスの感染力は非常に強く、秋から冬にかけての流行時期には注意すべき感染症の一つとされています。
まずは、ノロウイルス感染症の原因、症状、治療方法について詳しく見てみましょう。
ノロウイルス感染症の原因
ノロウイルス感染症は、ノロウイルスに感染することによって引き起こされる病気です。
ノロウイルスが口から体内に入ると、小腸の粘膜に感染して様々な消化器症状を引き起こすと考えられています。
ノロウイルスは次のような経路で私たちに感染します。
感染経路①:食品を介して
ノロウイルスに汚染された食品や水を口にすることで感染します。
ノロウイルスは特に、カキなどの二枚貝に潜みやすいのが特徴です。
また、ノロウイルスが付着した手で料理した食事を介して感染するケースも少なくありません。
感染経路②:感染者から
ノロウイルスの感染者の便や吐物には多くのノロウイルスが含まれています。
そのため、ドアノブやスイッチなどに付着したウイルスを手に取り、その手で口に触れると感染する可能性があります。
ノロウイルスは感染力が非常に高いのが特徴で、一般的に使用されるアルコール消毒が効かないため感染対策が難しいとされています。
ノロウイルス感染症の症状
ノロウイルスに感染すると1~2日程度の潜伏期間を経て、次のような症状が現れます。
- 吐き気、嘔吐
- 下痢
- 腹痛
- 発熱
多くは数日で自然に改善しますが、頻回な嘔吐や下痢があり十分な水分が摂れない場合は脱水症になる場合もあるため注意が必要です。
ノロウイルス感染症の治療
ノロウイルスに対する抗ウイルス薬は現在のところ開発されていません。そのため、治療は解熱剤や整腸剤などによる薬物療法が主体となります。
また、ノロウイルス感染症は頻回な嘔吐や下痢が生じやすく、十分な水分補給を継続することも大切です。十分な水分が摂れない場合は、脱水症になる可能性があるため点滴が必要となります。
水素吸入がノロウイルス感染症の予防や治療に役立つ可能性
ノロウイルス感染症は日本国内において年間で数百万人が発症していると考えられています1)。よくある感染症の一つですが、重症化した場合には点滴治療が必要となるケースも少なくありません。
ノロウイルスに対するワクチンや抗ウイルス薬は開発されておらず、確立した予防や治療方法はないのが現状です。そのため、近年でもノロウイルス感染症に対する新たな予防や治療方法を見出すための研究が行われています。
これまでのところ、水素吸入とノロウイルス感染症の直接的な関係を示す研究結果は報告されていません。しかし、水素や抗酸化物質がノロウイルス感染症の予防や治療に役立つ可能性を示す研究結果が報告されています。
具体的な内容を見てみましょう。
水素水には小腸粘膜のダメージを改善する効果がある?
2018年、中国の研究チームは水素水(水素ガスを溶かした水)が小腸粘膜のダメージを改善する可能性をを報告しました2)。
この研究はマウスを用いた動物実験によって行われました。放射線照射によって小腸の粘膜にダメージを与えたマウスに水素水を飲用させたところ、通常の水を飲用させたマウスより有意に小腸粘膜のダメージが改善したことを報告しています。
水素吸入がノロウイルス感染症の予防をサポートする可能性
ノロウイルスは体内に入り込むと小腸粘膜に感染してダメージを与えることで様々な症状を引き起こします。小腸粘膜には病原体の侵入を防ぐバリア機能が備わっていますが、粘膜に何らかのダメージが生じてバリア機能が低下していると病原体に感染しやすくなると考えられています。
今回の研究では、水素水には小腸粘膜のダメージを改善する効果があると示されており、継続した摂取は小腸のバリア機能の維持に役立つと言えます。研究者たちは水素水の抗酸化作用による効果であるとも述べており、同じく抗酸化作用を発揮する水素吸入にも同様の効果は期待できるでしょう。
抗酸化物質がノロウイルス感染症の治療に役立つ?
2022年にアメリカの研究チームは、抗酸化作用を持つ緑茶ポリフェノール由来の化合物である「EC16」がノロウイルス感染症の治療に役立つとする研究結果を報告しました3)。
この研究では、ノロウイルスに感染させたマウスの細胞を用いてEC16の効果が検証されました。ノロウイルスに感染した細胞にEC16を加えると、細胞の内部に入り込んで抗酸化作用を発揮することでウイルスの増殖を抑えられたことが明らかになっています。EC16は長時間にわたって抗酸化作用を発揮する性質があることも分かり、研究者たちは新たな治療方法の一つになりうる可能性を提唱しました。
水素吸入がノロウイルス感染症の治療に役立つ可能性
今回の研究結果は、持続した抗酸化作用を持つ物質がノロウイルス感染症の治療に応用できうる可能性を示しました。
水素吸入には強い抗酸化作用があり、自宅で継続して行うことができます。そのため、水素吸入にも同様の効果が期待できる可能性はあるでしょう。
水素吸入が細胞内にも抗酸化作用を与えるかさらなる検証が必要ですが、さらに研究が進んでノロウイルス感染症の新たな治療方法として応用される日を期待します。
【私はこう考える】水素吸入のノロウイルス感染症
ノロウイルス感染症は発生頻度が高い感染症であり、毎年多くの人がつらい症状に苦しんでいます。重症化するケースは少ないとはいえ、脱水症に至ると点滴のために入院治療が必要になる場合もあります。
今回紹介した2つの研究結果は、水素吸入がノロウイルス感染症の予防や治療に役立つことを直接的に示したものではありません。しかし、いずれもノロウイルスの発症機序や水素吸入の効果を考慮すれば、予防や治療方法に役立つ可能性が期待できる結果となっています。
中国の研究チームによる報告では水素分子が小腸粘膜のダメージを改善する可能性が示されました。そのため、小腸粘膜のバリア機能を破って感染するノロウイルスの予防に役立つとも考えられます。
また、アメリカの研究チームによる報告では抗酸化物質による作用がウイルスの増殖を抑えたことが明らかになりました。ノロウイルスは現在のところ抗ウイルス薬が開発されていないため、今回の研究結果はノロウイルス感染症の治療方法を見出す上で非常に有益な結果であったと言えます。
今後は、水素吸入自体の効果の検証が進み、ノロウイルス感染症の予防や治療方法の一つとなることを期待したいと思います。
参考文献
- ノロウイルス感染症の発生動向 | 国立医薬品食品衛生研究所
- Xiao, H. W., Li, Y., Luo, D., Dong, J. L., Zhou, L. X., Zhao, S. Y., Zheng, Q. S., Wang, H. C., Cui, M., & Fan, S. J. (2018). Hydrogen-water ameliorates radiation-induced gastrointestinal toxicity via MyD88’s effects on the gut microbiota. Experimental & molecular medicine, 50(1), e433. https://doi.org/10.1038/emm.2017.246
- Zhong, J., Dickinson, D., & Hsu, S. (2021). Effects of Epigallocatechin-3-Gallate-Palmitate (EC16) on In Vitro Norovirus Infection. Microbiology & infectious diseases (Wilmington, Del.), 5(6), 10.33425/2639-9458.1139. https://doi.org/10.33425/2639-9458.1139