《この記事の執筆者》
2011年国立大学医学部卒。初期臨床研修を経て総合診療医として勤務しながら、さまざまな疾患の患者さんに向き合う治療に従事。医療行政に従事していた期間もあり、精神福祉、母子保健、感染症、がん対策、生活習慣病対策などに携わる。結核研究所や国立医療科学院での研修も積む。2020年からは医療法人ウェルパートナーで主任医師を勤める。
「リンゴ病」とも呼ばれる伝染性紅斑(でんせんせいこうはん)。実は妊娠初期の流産や免疫低下時の重症化を招くリスクがあることをご存知ですか?
感染力が高く、現在のところ有効な治療薬がないこの病気に対し、「水素吸入」が新たな予防・治療法として注目されています。
本記事では、伝染性紅斑の原因や症状、治療法に加え、水素吸入がもたらす可能性について最新の研究結果をもとに解説します。
伝染性紅斑について
伝染性紅斑は、ヒトパルボウイルスB19というウイルスが引き起こす感染症の一種です。
発症しても多くは軽症で自然に回復していきます。
しかし、免疫機能が低下している人は重症化する場合もあり、妊娠初期に感染すると流産のリスクが高くなることが知られています。
まずは、伝染性紅斑の原因、症状、治療方法について詳しく見てみましょう。
伝染性紅斑の原因
伝染性紅斑は、ヒトパルボウイルスB19に感染することで発症します。
ヒトパルボウイルスB19は次のような経路で感染が広がります。
感染経路①:飛沫感染
ウイルスが含まれた感染者の飛沫を吸い込むことで感染します。
感染経路②:接触感染
ウイルスが付着した物に触れ、手に付いたウイルスを口や鼻から取り込むことで感染します。
ヒトパルボウイルスB19は感染力が非常に高いのが特徴です。さらに、感染した場合は症状が現れる前から体外へ排出されるため、気づかないうちに周囲に感染を広げてしまうケースも少なくありません。
特に保育施設や学校など小児の集団生活の場で流行しやすいとされています。
伝染性紅斑の症状
伝染性紅斑の症状の現れ方は小児と大人で異なり、それぞれ次のような症状が現れます。
小児の場合
軽度な発熱、倦怠感、頭痛といった風邪のような症状から始まり、発症して1~2日後に両頬に赤い発疹を生じるのが特徴です。
頬がリンゴのように赤くなることから「リンゴ病」と呼ばれることもあります。
両頬の発疹は手足や体幹に広がることもありますが、一般的には強い症状は現れず数日で自然に回復していく感染症です。
大人の場合
発熱や倦怠感のほか、関節痛や筋肉痛、むくみを生じやすいのが特徴です。小児の特徴的な症状である発疹は目立たないことも多く、頬のほてりのみを自覚するケースが多いとされています。
一方で、伝染性紅斑は妊娠初期の女性が感染すると、胎盤を通して赤ちゃんにウイルスが感染する場合があります。赤ちゃんに感染すると約10%程度で強いむくみや貧血が生じ、流産の原因になるため妊活中や妊娠中は注意が必要な感染症の一つです。
また、免疫機能が低下しているときに感染すると重度な貧血や血栓症(血液の小さな塊ができて血管を詰まらせる病気)といった合併症を起こしやすいことも報告されています。
伝染性紅斑の治療方法
ヒトパルボウイルスB19に対する抗ウイルス薬は現在のところ開発されていません。そのため、治療は解熱剤などを用いた対症療法が主体となります。
伝染性紅斑の多くは自然に回復しますが、免疫機能低下などによって重症化した場合には免疫の力をサポートするための薬物療法や輸血が必要です。
水素吸入が伝染性紅斑の発症予防や治療に役立つ可能性
伝染性紅斑は軽度な症状のみで自然に回復するケースが多い一方で、妊娠初期に感染すると流産の原因になることが知られています。また、免疫機能が低下しているときに感染すると重症化するケースもあり、特に春から秋にかけての流行期にはしっかりと対策すべき感染症の一つと言えます。
今のところ、水素吸入と伝染性紅斑の直接的な関係を示した研究結果は報告されていないのが現状です。しかし、水素水や活性酸素との関連を示した研究結果は報告されています。
具体的な内容を見てみましょう。
伝染性紅斑の発症には活性酸素が必要?
2024年、台湾の研究チームはパルボウイルスB19に感染すると活性酸素が過剰に生成される仕組みが生じる可能性を示唆する研究結果を報告しました1)。
この論文は、パルボウイルスB19 に感染させたヒトの細胞がどのように変化するか検証しています。その結果、ウイルスに感染した細胞は活性酸素を過剰に産生する仕組みが作られることが分かりました。過剰な活性酸素は免疫を担う細胞にダメージを与えるだけでなく、正常な細胞にもダメージを与えてさまざまな症状を引き起こすと研究者たちは提唱しています。
また、血栓症など重篤な合併症の発生にも活性酸素の過剰な産生が関わっていると述べられました。
水素吸入が伝染性紅斑の発症を抑制する可能性
今回の研究は、パルボウイルスB19に感染した後の細胞の変化を分析し、活性酸素が伝染性紅斑の発症や重篤な合併症の発生に大きく関わっている可能性を示唆しました。
まだ確実なメカニズムが解明された段階ではありませんが、活性酸素を取り除けばパルボウイルスB19に感染しても発症を抑制できる可能性が考えられます。
水素吸入には活性酸素を効率よく除去する働きがあるため、今回の研究結果が正しければ水素吸入が伝染性紅斑の発症を予防できる可能性は高いでしょう。
水素水の点滴が伝染性紅斑の症状を改善する?
2012年、日本の研究チームは水素水(水素ガスが溶けた水)が伝染性紅斑をはじめとする急性紅斑性皮膚疾患の症状を改善する可能性を示唆する研究結果を報告しました2)。
この研究では、4名の急性紅斑性皮膚疾患患者に対して水素水を点滴し、症状の変化を検証しました。その結果、4名全員の紅斑などの症状が著しく改善したことを明らかにしています。
水素吸入が伝染性紅斑の治療に役立つ可能性
今回の研究結果から、水素水には急性紅斑性皮膚疾患の症状を改善する力を持つ可能性が示唆されました。研究者たちは、今後さらなるメカニズムの解明が必要になるものの水素分子が持つ抗酸化作用と抗炎症作用に着目しています。
水素吸入も水素水と同じく抗酸化作用を持ちます。そのため、水素吸入にも同様の効果を期待できる可能性は高いでしょう。実際の効果を立証するにはもっと大規模な人数を対象とした研究が必要ですが、今後のさらなる進展に期待します。
【私はこう考える】水素吸入と伝染性紅斑
伝染性紅斑は軽度な症状のみで自然に回復するケースが多いですが、妊娠初期や免疫機能が低下しているときに感染すると大きな健康被害のリスクがある感染症の一つです。
今回紹介した2つの論文から、水素吸入は伝染性紅斑の発症予防や治療に役立つ可能性が示されたと考えます。
まず台湾の研究チームの報告は、細胞を用いたin vitroな研究ではあるもののパルボウイルスB19に感染した際に活性酸素が過剰に生成される仕組みが作られて発症に関与することを明らかにしました。パルボウイルスB19は感染力が高く、現在のところ抗ウイルス薬は開発されていません。
そのため、確立した予防法はないのが現状です。今回の結果で活性酸素の除去が発症を抑制する可能性が示されたことは、新たな予防方法を見出す第一歩となりえるでしょう。さらなる研究が進み、水素吸入が予防に応用される日が来ることを期待します。
また、日本の研究チームの報告は伝染性紅斑をはじめとする急性紅斑性皮膚疾患の患者を対象に水素水の効果を検証しました。実際の患者を対象とした研究結果は非常に貴重な情報であり、今回の研究では著しい改善効果が認められています。
確実な効果があると言える段階ではないですが、水素吸入の治療効果にも期待が持てる結果になったと言えるでしょう。
参考文献
- Tzang, B. S., Chin, H. Y., Tzang, C. C., Chuang, P. H., Chen, D. Y., & Hsu, T. C. (2024). Parvovirus B19 Infection Is Associated with the Formation of Neutrophil Extracellular Traps and Thrombosis: A Possible Linkage of the VP1 Unique Region. International journal of molecular sciences, 25(18), 9917. https://doi.org/10.3390/ijms25189917
- Ono, H., Nishijima, Y., Adachi, N., Sakamoto, M., Kudo, Y., Nakazawa, J., Kaneko, K., & Nakao, A. (2012). Hydrogen(H2) treatment for acute erythymatous skin diseases. A report of 4 patients with safety data and a non-controlled feasibility study with H2 concentration measurement on two volunteers. Medical gas research, 2(1), 14. https://doi.org/10.1186/2045-9912-2-14