《この記事の執筆者》
地方国立大学医学部卒業後、横浜市内の中核病院で初期臨床研修を終え、都内の大学病院、小児専門病院等の勤務を経て、現在は関東の基幹病院で麻酔科として勤務。
炎症は体内で起こる防御反応の一つで、感染や怪我、異物の侵入に対して生じる重要なプロセスです。
つまり、炎症は私たちが生きていく上で必要不可欠ですが、過剰な炎症は健康に悪影響を及ぼすこともあるため注意が必要です。
本記事では、炎症の基本的なメカニズム、過剰な炎症が引き起こす問題、そして水素吸入が持つ抗炎症効果について詳しく解説します。
「炎症」とは?
炎症とは、生体に対する有害刺激や異物侵入といった侵襲によって生じる防御反応の一種です。また、免疫システムのひとつの段階といえます。
炎症の根底にあるのは、身体の恒常性を保つ働きです。
恒常性とは、文字通り常に同じ状態であることです。例えば、私達の体温は寒い環境でも暑い環境でも概ね一定ですが、同様に、感染や怪我などによって普段と異なる状態になった場合に、元通りにしようという性質が私達の身体には備わっています。
炎症のメカニズム
体内に異物が侵入した場合や、組織が傷つく、感染するなどした場合には、異物や傷害された組織を取り除くことで恒常性を保つことができます。
そのためには、異物の侵入や傷害された組織の存在を防御システムである免疫に知らせる必要があります。このときに生じるのが炎症です。
炎症性サイトカインという物質を放出することでSOSサインを出し、免疫を進行させます。
炎症が起きる具体例
具体的に炎症が生じる状況としては、細菌感染や打撲、熱刺激、酸やアルカリなどの化学的ストレスなどが挙げられます。
代表的な炎症性サイトカインには、TNF-α, IL-1, IL-6などがあり、これらの炎症性サイトカインに反応して集まってきた白血球が、細菌や有害物質、不要な組織などを取り除き、正常な状態に戻っていきます。
過剰な炎症が人体に及ぼす影響
炎症は、私達の身体の恒常性維持のために欠かせないものですが、痛みや疼痛、熱感、発熱などを伴います。
さらに、過剰な炎症、すなわち免疫の過剰な応答は、それ自体が細胞を傷害することもあるため、さらなる重症化を招く原因となります。
実は、生体には本来、この過剰な応答を抑えるシステムも存在します。
これが抗炎症性サイトカインです。過剰な炎症を抑制することで、組織の余計な傷害を抑える働きがあります。両者のバランスがとれていることで免疫という防御が成り立っています。
このバランスが崩れて、慢性的に炎症が続くと様々な疾患の原因となることが知られています。ぜんそくやアトピー性皮膚炎などのアレルギー性疾患、関節リウマチなどの自己免疫性疾患などが代表例として挙げられます。他にも生活習慣病、老化にも関連しているのではと注目されています。
水素吸入が持つ炎症に対する効果
水素は、抗炎症作用を有することが多くの研究で報告され、その効果は確立されつつあります。
現時点では、詳細な機序は不明ですが、以下のような機序が考えられています。
- 水素がNrf2という炎症性サイトカイン(IL-6, IL-1b)を抑制する遺伝子発現を促進している。1, 2)
- 水素が反応性の高い悪玉活性酸素を除去することで、酸化ストレスによる炎症を抑えている2)
動物実験での抗炎症作用を確認
動物実験で、多数の研究により、水素吸入をすることで炎症性サイトカインが低下することが報告されました。
いくつか代表的なものを挙げると、以下のようなものが挙げられます。
- 高齢の敗血症モデルマウスを対象とした研究で、2%水素吸入により、炎症性バイオマーカーのmRNA発現が低下した。3)
- 肝切除モデルのブタを対象とした研究で、2%水素吸入により、炎症性サイトカイン(TNF-α, IL-6)の上昇が有意に抑制された。4)
- 急性肺障害モデルマウスにを対象とした研究で、42%水素吸入により、炎症性サイトカイン(TNF-α, IL-6, IL-1β)が有意に低下した他、炎症細胞の浸潤が抑制されていた。5)
- 出血性ショックモデルラットを対象とした研究で、ショック後の1.3%水素吸入により、炎症性サイトカイン(TNF-α)が有意に低下した。6)
このように様々な研究において、動物における水素の抗炎症作用が報告され、確立に向けて進んでいます。
ヒトを対象とした研究報告
人を対象とした研究でも、体内に取り込まれた水素が抗炎症作用を発揮し、炎症性サイトカインを低下させたことを示した研究結果が報告されています。
- 非アルコール性脂肪性肝疾患患者43名を対象とした研究で、13週間にわたる66%水素吸入により、炎症マーカーが有意に低下した。7)
- 心肺停止後症候群の患者5名を対象とした研究で、18時間にわたる2%水素吸入により、炎症性サイトカイン(TNF-α, IL-6)が有意に低下した。8)
- 喘息患者、COPD患者を対象とした研究で、2.4%水素吸入により、炎症性サイトカイン(IL-8)が有意に低下した。9)
- SARS-CoV-2 オミクロン株感染患者を対象とした研究で、水素吸入により、炎症性サイトカイン(IL-6)が低下した。10)
動物実験で見られて結果が人では見られないということは医学研究ではよく起こりますが、水素の抗炎症作用については、上述したように動物でも人でも多くの研究で炎症低下を示す結果が報告されています。
水素吸入で炎症が減ると起こること
今日に至るまで多くの研究で、水素に抗炎症作用があることが報告されており、その事実は確立されつつあります。今後、研究が進むにつれ、症状や検査データの改善に寄与することが期待されます。これまでの研究でも水素の抗炎症作用に起因すると考えられる具体的な病状の改善を示した報告があります。
上述の非アルコール性脂肪性肝疾患患者43名を対象とした研究では、中等度〜重度の患者において、水素吸入群で肝脂肪量の有意な改善が見られました。7)
また、じん肺患者を対象とした研究では、66.67%水素吸入によって、炎症性サイトカインであるIL-2の低下と、炎症を鎮める働きがある抗炎症性サイトカインIL-10の上昇が見られ、さらに呼吸機能が有意に改善しました。11)
今後、臨床症状や、画像所見、検査データの改善を評価項目とした研究も増えることが予想されます。それによって、水素吸入が適する疾患と適切な水素吸入濃度などが明らかになっていくと考えられます。
水素吸入と炎症:まとめ
炎症は体の防御反応として重要な役割を果たしていますが、過剰な炎症は健康に悪影響を及ぼします。
水素吸入は、抗炎症作用を持つことが多くの研究で示されており、炎症性サイトカインの抑制や酸化ストレスの軽減を通じて、炎症を効果的に抑えることが期待されています。
動物実験や人を対象とした研究でも、水素吸入による炎症の低下が報告されており、今後の研究によってさらなる効果が確認されることが期待されます。
水素吸入が炎症管理において有望な選択肢であることが示唆されており、将来的にはより広範な医療応用されるのを楽しみに待ちましょう。
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