《この記事の執筆者》
2011年国立大学医学部卒。初期臨床研修を経て総合診療医として勤務しながら、さまざまな疾患の患者さんに向き合う治療に従事。医療行政に従事していた期間もあり、精神福祉、母子保健、感染症、がん対策、生活習慣病対策などに携わる。結核研究所や国立医療科学院での研修も積む。2020年からは医療法人ウェルパートナーで主任医師を勤める。
本記事では、血流悪化の予防や改善策として水素吸入療法が有効なのかどうかについて、科学的根拠をもとに考察していきます。
活性酸素と血流悪化の関係
血液は私たちの体のいたるところに栄養や酸素を届ける大切な役割を担っています。血流が悪くなると、肩こり、むくみ、頭痛、だるさ、冷えなどさまざまな不調が生じるため、血流は健康状態を左右すると言っても過言ではありません。
血流の低下には多くの原因がありますが、近年の研究では活性酸素もその一つと考えられています。活性酸素が血流にどのような影響を与えるのか詳しく見てみましょう。
活性酸素は血管の壁にダメージを与える
血管は細い管状の構造をしており、弾力性に富んだ筋肉でできています。私たちの血管は常に同じ太さではなく、体のコンディションに合わせて収縮したり拡がったり太さを変化させることで血流を調節しているのです。
活性酸素は血管の壁の内側にある「血管内皮細胞」にダメージを与えるとされています1)。血管内皮細胞には、血管の収縮や拡張を制御する物質を放出したり、血栓(血液の小さな塊)や動脈硬化を予防したりする働きがあることが分かっています。
そのため、活性酸素によって血管内皮細胞がダメージを受けると血流の調節が上手くいかなくなり、さらには血管が詰まったり破れたりするリスクを高めることになるのです。
血流悪化でさらに活性酸素が増える
血流が低下すると十分な栄養と酸素が行き渡らなくなるため、細胞にダメージが生じるようになります2)。ダメージを受けた細胞からは活性酸素が放出されやすくなるため、血管へのダメージが増してさらに血流が低下するという悪循環に陥るケースも少なくありません。
このように、血流は活性酸素の影響で悪化し、活性酸素が増えてさらに血流に影響を及ぼすと考えられているのです。
水素吸入に血流悪化の予防・改善効果はある?
活性酸素と血流には深い関係があることが分かっており、血流を良い状態にキープするには体内の活性酸素を抑えることが重要であると考えられています。
2007年には水素が活性酸素を除去する働きを持つことが明らかとなりました3)。近年では活性酸素が影響する病気や肌トラブルなどに対して水素を用いた治療や対策が広がりつつあります。
活性酸素によって引き起こされる血流の低下も水素によって予防、改善できるか検討する研究が行われています。具体的にどのような研究が行われているか詳しく見てみましょう。
水素が動脈硬化を予防する可能性
2008年には、動脈硬化が生じたマウスを用いて水素が動脈硬化の予防に役立つか検討した研究結果が発表されました4)。
この研究では、動脈硬化を発症するように操作されたマウスに水素水(水素ガスを溶かした水)を飲ませたところ、大動脈の動脈硬化が明らかに抑制されていたことが明らかになっています。また、活性酸素による酸化ストレスのレベルも低下しており、水素が動脈硬化を予防する可能性が示唆されたのです。
上述したように動脈硬化の発生には活性酸素も深く関わっており、血流を低下させる要因の一つとなっています。研究はマウスを用いて行われたため、人の血流低下も予防すると断言することはできません。しかし、同じく水素を体内に取り込む水素吸入も一定の予防効果がある可能性が示唆されたと言えるでしょう。
水素吸入で自律神経が整い血流を安定化
2020年には、一日1時間の水素吸入によって自律神経バランスが整うとの研究結果が発表されました5)。
体のコンディションに合わせて血管を収縮させたり拡げたりといった調節を司るのは自律神経です。自律神経には交感神経と副交感神経があり、交感神経は血管を収縮、副交感神経は血管を拡げる働きがあります。自律神経のバランスが乱れて交感神経が活発に働くと、血管が収縮した状態になることで血流は低下。さらに細い血管内を血液が通ることになるため、血管内皮細胞がダメージを受けて動脈硬化が進行します。
この研究では、腎臓の一部を摘出したラットを用いて一日1時間水素ガスを吸入させた群と吸入させなかった群の血圧を比較しました。その結果、水素ガスを吸入させた群は有意に血圧の上昇を防げたことが明らかになっています。また、過度に活発となった交感神経を抑制して副交感神経の活動を促すことも明らかになりました。
これらの結果から、水素吸入は自律神経バランスを整えて血管の過度な収縮を抑制し、血流の安定化に役立つことが示唆されたのです。もちろん、この研究もラットを用いているため人にも確実に効果があるとは言えません。しかし、水素吸入と自律神経バランスの関係が明らかとなり、人に対する効果の解明も期待できるでしょう。
【私はこう考える】水素吸入と血流
現在、活性酸素を取り除く水素吸入はさまざまな病気の治療や美容の維持に活用され始めています。自宅で手軽に吸入できるのもメリットで、水素吸入が健康や美容に良いとする研究結果が多く発表されています。
血流改善もその一つです。水素吸入によって活性酸素を除去することで、動脈硬化を予防したり、自律神経バランスを整えて血流を安定化したりする可能性を示唆する研究結果が明らかになっています。
今回は動物実験による検討結果を2つご紹介しました。いずれも人への効果が確実にあると言える段階にはありません。しかし、今後も水素吸入の働きがさらに解明されて、実際の治療に応用されることを期待したいと思います。
また、水素吸入は多くの健康、美容への効果があります。冷えやだるさなど血流低下を疑う症状が続く方は、水素吸入を試してみるのもよいでしょう。
参考文献
- 36 回総会シンポジウム「酸化ストレスと循環制御」-『3. ヒト血管と酸化ストレス』
- 化学と生物 Vol. 37, No. 7, 1999『活性酸素・フリーラジカルと疾患』
- Ohsawa, I., Ishikawa, M., Takahashi, K. et al. Hydrogen acts as a therapeutic antioxidant by selectively reducing cytotoxic oxygen radicals. Nat Med 13, 688–694 (2007). https://doi.org/10.1038/nm1577
- Iketani, M., Sekimoto, K., Igarashi, T. et al. Administration of hydrogen-rich water prevents vascular aging of the aorta in LDL receptor-deficient mice. Sci Rep 8, 16822 (2018). https://doi.org/10.1038/s41598-018-35239-0
- Sugai K, Tamura T, Sano M, Uemura S, Fujisawa M, Katsumata Y, Endo J, Yoshizawa J, Homma K, Suzuki M, Kobayashi E, Sasaki J, Hakamata Y. Daily inhalation of hydrogen gas has a blood pressure-lowering effect in a rat model of hypertension. Sci Rep. 2020 Nov 26;10(1):20173. doi: 10.1038/s41598-020-77349-8. PMID: 33244027; PMCID: PMC7692487.