《この記事の執筆者》
国立大学医学部卒。大学病院で25診療科を経験したのち、大阪や愛知、静岡、徳島など各地域の拠点病院で科の垣根を越えて診療に従事。基礎医学研究をしていた期間もあり、研究発表では最優秀賞を受賞。その後東京都の公立病院で内科全般、精神科、麻酔科、産婦人科、救急医療などに携わる。
放射線治療によって、がんを克服した後も新たなリスクが潜んでいることをご存じですか?それが「二次がん」です。
放射線治療はがん細胞を破壊する一方で、正常な細胞にも影響を与え、後に別のがんを引き起こす可能性があります。
本記事では、放射線治療における二次がんのリスクを軽減するために注目されている「水素吸入」の可能性について詳しく解説します。放射線治療をこれから受けられる方など、知っておくと役立つ情報になるのでぜひ最後までご覧ください。
放射線治療の二次がんについて
二次がんとは、すでに治療を受けたがんではなく、放射線や化学療法による治療が原因で発症するがんのことです。
とくに白血病は他の固形がん※に比べて早く発症しやすいといわれており、発症確率は低いものの昔から重要な問題とされています1)。
※固形がんとは、胃がんや肺がん、乳がんなど、臓器や組織に発生する塊状のがんのこと。
放射線治療の二次がんの原因
放射線はがん細胞のDNAを破壊して死滅させる治療法です。
しかし、がんの周囲にある正常な細胞にも照射されることがあり、ダメージを与えてしまいます。
その結果、細胞が本来持っている自己修復機能が低下し、後にがんとなるリスクが上がります。
放射線治療の二次がんの症状
放射線治療の二次がんが発生する主な臓器は次のとおりです2)。
- 乳房(女性)
- 甲状腺
- 肺
- 消化器
- 肝臓
- 皮膚
- 骨
- 血液
がんの種類や発症部位によってそれぞれ特有の症状を引き起こします。
とくに血液のがんである白血病は、貧血や感染リスクの増加などが有名です。
また、二次がんは発症時期の予測が難しいとされています。なぜなら、数年後に見つかる場合や、20年以上経ってから見つかる場合があるからです。
ただ一般的には、白血病は放射線照射後数年が発症のピーク、他の固形がんは10年以上経過すると増えてくるという報告があります1)。
放射線治療の二次がんの治療
二次がんでは通常のがんと同様に、手術・放射線・化学療法などから選択して治療を行います。
とくに陽子線治療は、放射線療法の1つでありながら体への負担や副作用が軽く、しかもピンポイントでがんを狙うため、正常な組織への影響を抑えられます3)。
二次がんを発症した際は、医師と相談して適切な治療を受けるようにしましょう。
水素吸入は放射線治療の二次がんの予防・改善に効果はある?
放射線治療の二次がんは、がん治療で身体を酷使したあとに発生するため、QOLの低下とともに苦戦を強いられることが多いです。
そのため、二次がんの予防や改善のために日々さまざまな研究が行われており、その一つに水素吸入があります。
水素吸入は抗酸化・抗炎症作用が報告されており、多くの疾患で予防や改善に有効であるとされています。
今回、放射線治療の二次がんで水素吸入が有効な可能性が報告されたので、詳しく見ていきましょう。
放射線治療の二次がんは活性酸素・ミトコンドリア傷害と関連する
1つ目のレビュー論文では、放射線による酸化ストレスが二次がんの発生とどう関係しているのかを報告しています4)。
論文から得られた要旨は、次のとおりです。
- 放射線は細胞内で活性酸素を産み出し、発がんを引き起こす。
- 正常な細胞では自然に発生する活性酸素を除去するシステムがあるが、放射線によってバランスが崩れ、正常な機能を失う。
- ミトコンドリアは適切な細胞死を誘導する重要な因子である。活性酸素が主に産生される場所でもあり、放射線により活性酸素が過剰になると機能異常を起こし、発がんを引き起こす。
この要旨から、放射線治療の二次がんには活性酸素やミトコンドリア傷害が関わっていることが示されました。
水素吸入には抗酸化作用やミトコンドリア保護作用があるため、放射線治療の二次がんに水素吸入を利用できる可能性が示唆されたといえます。
水素が放射線治療の二次がんの発症率・生存率を改善する
2つ目の動物実験では、マウスを用いて放射線で誘発した二次がんに水素が有効であるかを調べています5)。
マウスを水素水投与群(水素群)と生理食塩水投与群(対照群)に分けて、放射線照射の5分前に各溶液をお腹に注射しています。
各マウスは放射線照射によって、胸腺リンパ腫という白血病を誘発させました。
結果は次のとおりです。
- 胸腺リンパ腫の発症率は、対照群が約60%なのに対して、水素群は約40%と有意に低かった。
- 放射線照射30週後の生存率が、対照群は約30%なのに対して、水素群は約60%と有意に高かった。
- 最終照射4時間後の細胞内の活性酸素レベルが、水素群が対照群の約50%で有意に低かった。
- 活性酸素を抑制する酵素であるSODやGSHが、対照群に比べ水素群で有意に増加した。
- 活性酸素を産生する酵素であるMDAが、水素群で対照群の約50%と有意に減少した。
この結果から、水素が放射線治療の二次がんの発症リスクや生存率を改善する可能性が示唆されたといえます。
水素水よりも吸収効率の良い水素吸入で同様の研究を行えば、より有効なデータが得られるかもしれません。
【私はこう考える】水素吸入と二次がん
放射線治療の二次がんに対する水素吸入の有効性を見てきました。
放射線治療による活性酸素やミトコンドリア傷害が二次がんに関与していることが報告されたのは、水素吸入が予防や改善に有効である可能性を高めたといえます。
なぜなら、水素吸入にはミトコンドリア保護作用や抗酸化作用が報告されているからです。
ただし、二次がんに対して水素吸入がそれらの作用で有効であることが研究で直接示されなければ、そのメカニズムについて断言することはできません。
また、動物実験では水素の有効性が示されたものの、ヒトの二次がんで水素吸入の有効性を調べた研究報告は現状はありません。
二次がんの発症数が少なく、発症しても数年〜数十年後など超長期的に観察が必要なこと、それに対しての有効性の立証が難しいことから、研究が難しいのは事実だと感じます。
今後、さらに研究が進み、水素吸入がヒトでの放射線治療の二次がんに有効であることが証明されることを期待しています。
参考文献
- 医療被ばくと発がんリスク|国立研究開発法人国立成育医療研究センター
- 二次発癌|日本産婦人科医会
- 陽子線治療とは|筑波大学附属病院陽子線治療センター
- Meher, Prabodha Kumar, & Mishra, Kaushala Prasad. (2017). Radiation Oxidative Stress in Cancer Induction and Prevention. Journal of Radiation and Cancer Research, 8(1), 44-52. https://doi.org/10.4103/jrcr.jrcr_10_17
- Zhao, L., Zhou, C., Zhang, J., Gao, F., Li, B., Chuai, Y., Liu, C., & Cai, J. (2011). Hydrogen protects mice from radiation induced thymic lymphoma in BALB/c mice. International journal of biological sciences, 7(3), 297–300. https://doi.org/10.7150/ijbs.7.297