《この記事の執筆者》
名古屋大学医学部卒業後、名古屋大学医学部附属病院放射線科入局。その後、放射線科医として一般的な読影や放射線治療を担当。コロナ禍では保健所で行政の立場から感染症対策にも携わった。現在は、放射線治療に携わる一方、健康診断クリニックにて健康診断を受ける方の診察や結果の説明、生活指導に従事。医学博士、放射線治療専門医、日本人間ドック・予防医療学会認定医、日本医師会認定産業医。
放射線治療を受けた方の中には、肝臓に炎症が起こる「放射線性肝炎」に悩まされるケースがあります。特に肝臓がんやその周辺の臓器に放射線を照射する際、このリスクが高まりますが、現在、予防や根本的な治療法は確立されていません。
そこで注目されているのが「水素吸入療法」です。水素の抗酸化作用が、放射線治療による肝臓へのダメージを軽減する可能性があると期待されています。
本記事では、放射線性肝炎の原因や症状、標準治療などについて解説し、水素吸入療法が放射線性肝炎にどのような効果をもたらすのか、最新の研究をもとに解説します。
放射線性肝炎とは
放射線性肝炎は、がん治療の一環として肝臓に放射線が照射された結果、生じる炎症性の疾患です。
照射量、肝臓の照射範囲、そして患者の肝機能によって、症状の重さは変わります。肝臓に放射線を照射された患者の6〜66%で発症すると報告されています。1)
ここでは、放射線性肝炎の原因、症状、治療法について解説します。
放射線性肝炎の主な原因
放射線性肝炎の主な原因は、がん治療における高線量の放射線が肝臓に照射されることにより、肝細胞や血管が損傷されることです。
特に肝臓がんや近隣臓器のがん治療が行われる際には、高線量の放射線が肝臓に照射されるため、リスクは高くなります。
もとより肝機能が悪いことや、化学療法を同時あるいは放射線治療の前に行われていることも、放射線性肝炎のリスクを高めることに繋がります。2)
逆に、強度変調放射線治療(IMRT)や定位放射線治療(SBRT)などの高精度な放射線治療の技術を用いることで、放射線性肝炎のリスクが低くできることが期待されています。
放射線性肝炎の主な症状
放射線性肝炎の症状は、通常放射線治療の完了後2〜8週間で現れます。2)
症状としては、疲労や右上腹部痛が最も一般的とされています。
他の主な症状には黄疸、腹水、倦怠感、食欲不振があり、慢性的になると肝硬変に進行する可能性もあります。
血液検査では、典型的な放射線性肝炎ではアルカリフォスファターゼ(ALP)という酵素が正常値の2倍以上に増加します。一方で、トランスアミナーゼやビリルビン、アンモニアといった一般的な肝機能障害で上昇する項目は正常のままです。
また、顕著な血小板減少がみられる場合もあります。
放射線性肝炎の標準的な治療
現時点では、放射線性肝炎を予防する方法や、根本的な治療法はありません。2)
放射線性肝炎の治療は主に対症療法です。利尿薬による体液の管理や腹水の排出、血液凝固障害に対する薬物療法が行われます。ステロイド薬が肝臓のうっ血を軽減するために用いられることもあります。
重症例では肝移植が考慮されることもあります。
水素吸入は放射線性肝炎の予防・改善に効果はある?
水素吸入療法が放射線性肝炎に与える影響については、まだ十分な根拠が確立されているわけではありません。
しかし最近、水素の抗酸化作用が注目されており、放射線による肝臓への被害軽減に対して期待が寄せられています。
放射線性肝炎の予防の可能性
放射線治療により、体内で活性酸素が発生します。これは、細胞の損傷や炎症の原因となります。水素は、体内で活性酸素を抑制する働きがあり、放射線治療に伴う酸化ストレスを軽減する可能性があるとされています。3)
水素吸入療法は活性酸素を中和し、肝細胞の損傷を軽減することが期待されています。
しかし、水素吸入療法が放射線性肝炎の予防に効果があるかについては、まだ確定的な結論は出ていません。というのも、水素吸入を用いて放射線性肝炎の予防効果を検証した研究が現時点では存在しないためです。(2024年9月現在)
今後研究が進めば、水素吸入が放射線性肝炎に対する有効な治療法となるかどうかが明らかになるでしょう。
放射線性肝炎の症状改善の可能性
水素吸入療法は放射線性肝炎の症状改善に役立つ可能性があります。
水素水を飲むことが、肝臓腫瘍に対して放射線治療が行われる患者の生活の質を向上させるかどうかを調べた研究があります。4)
この研究によれば、水素水を6週間飲むことによって、放射線治療を受けている患者の疲労や生活の質が、プラセボ水を飲んだ患者よりも改善されたと報告されています。
また、放射線に誘発された酸化ストレスに対しての反応を、水素水が減少させたということも同研究で明らかになりました。
肝臓に対する放射線治療を受けた際にも、放射線性肝炎と同様のメカニズムで肝臓にダメージが加わっていると考えられます。そのため、水素水が放射線性肝炎の症状改善に役立つ効果は期待できるのではないかと考えられます。
水素水よりも効率的に多くの水素を取り込める水素吸入療法でも同様の効果が期待できるかもしれませんが、その真偽については、今後のさらなる研究が必要です。
【私はこう考える】水素吸入と放射線性肝炎
水素吸入療法が放射線性肝炎に対して持つ可能性は興味深いものです。放射線治療では大量の活性酸素種(ROS)が発生し、肝細胞の損傷や炎症を引き起こします。水素には選択的抗酸化作用があり、これを中和することで肝臓のダメージを軽減できる可能性が考えられます。実際、動物実験や水素水の研究で、酸化ストレス軽減や症状改善が報告されています。
現在、臨床データは限られていますが、水素の効果は既存の治療を補完するものとして期待されています。特に重症例では、肝臓移植など根本的な治療が必要になることがあるため、水素吸入療法が症状を緩和し、進行を抑える補助療法としての可能性は検討に値します。治療の安全性や効果を明確にするためには、さらなる臨床試験が不可欠ですが、今後の研究が進展すれば、水素療法が新しい治療法の選択肢として加わることも十分に考えられます。
また、水素吸入療法の特性は副作用が少なく、他の治療法と併用しやすい点でもメリットがあります。患者の生活の質(QOL)向上を目指した包括的な治療の一環として、水素療法の導入が有効であれば、今後の肝炎治療に大きな進展をもたらす可能性があるでしょう。
参考文献
- Sourati, A., Ameri, A., Malekzadeh, M. (2017). Radiation-Induced Liver Disease. In: Acute Side Effects of Radiation Therapy. Springer, Cham. https://doi.org/10.1007/978-3-319-55950-6_14
- R. Benson, R. Madan, R. Kilambi, S. Chander, Radiation induced liver disease: A clinical update, Journal of the Egyptian National Cancer Institute, Volume 28, Issue 1,2016,7-11,ISSN 1110-0362, https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1110036215000849
- Molecular hydrogen: a preventive and therapeutic medical gas for various diseases | Oncotarget. https://www.oncotarget.com/article/21130/text/
- Kang KM, Kang YN, Choi IB, Gu Y, Kawamura T, Toyoda Y, Nakao A. Effects of drinking hydrogen-rich water on the quality of life of patients treated with radiotherapy for liver tumors. Med Gas Res. 2011 Jun 7;1(1):11. doi: 10.1186/2045-9912-1-11. PMID: 22146004; PMCID: PMC3231938. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3231938/