《この記事の執筆者》
2011年国立大学医学部卒。初期臨床研修を経て総合診療医として勤務しながら、さまざまな疾患の患者さんに向き合う治療に従事。医療行政に従事していた期間もあり、精神福祉、母子保健、感染症、がん対策、生活習慣病対策などに携わる。結核研究所や国立医療科学院での研修も積む。2020年からは医療法人ウェルパートナーで主任医師を勤める。
咽頭がんは治りにくいがんの一つとして知られ、日本では咽頭がん(口腔がんを含む)と新たに診断される方は年間で約24,000人であり、毎年約7,800人が命を落としているがんでもあります。
この咽頭がんに対して、近年の研究で水素吸入が予防や治療に効果を発揮する可能性が明らかになってきました。
本記事では、咽頭がんについての基礎知識から、水素吸入がどのように咽頭がんの予防や治療に役立つ可能性があるのかについて研究データをもとに解説していきます。
咽頭がんとはどんな病気?
咽頭がんとは、鼻の奥から食道までつながる空気や食べ物の通り道である「咽頭」に生じるがんのことです。咽頭がんは、発生する部位によって上咽頭がん・中咽頭がん・下咽頭がんの3つのタイプがあります。
発生する部位によって症状や治療方法が異なりますが、咽頭がんはどのような病気なのでしょうか?特徴を詳しく見てみましょう。
咽頭がんの原因
咽頭がんの主な原因1)は喫煙習慣と過度な飲酒とされています。特に飲酒したときに顔が赤くなりやすい方は、飲酒を続けると咽頭がんの発症リスクが高まることが明らかになっています。
その他にも、上咽頭がんはEVウイルス感染、中咽頭がんはヒトパピローマウイルス感染が発症リスクとなるのも特徴です。
咽頭がんの症状
咽頭がんは発生する部位によって症状の現れ方が異なります。それぞれの症状の現れ方は次の通りです。
上咽頭がん
主な症状は、中耳炎や耳の詰まり(耳閉感)など耳の症状、鼻血や鼻づまりなど鼻の症状です。進行してがんが大きくなると周囲の神経を圧迫して視力の低下、物が二重に見えるなど物の見え方の異常などの症状が現れるようになります。また、顔の痛みや感覚異常などが引き起こされることも少なくありません。
中咽頭がん
主な症状は、のどの違和感、のどの痛み、血が混ざった痰など喉の症状です。進行してがんが大きくなると、口が開けにくい、舌を動かしにくいといった神経症状が現れます。また、しこりがのどや首に触れることがあります。
下咽頭がん
主な症状は、中咽頭がんと同様に喉の違和感、喉の痛み、血が混ざった痰、声のかすれなど喉の症状です。進行してがんが大きくなると物が飲み込みにくくなったり、空気の通り道が狭くなることで呼吸困難などの症状が引き起こされたりします。
咽頭がんの治療
咽頭がんの治療方法も発生する部位によって異なります。
上咽頭がんの多くは放射線治療の効果が高いため、放射線治療と抗がん剤などの化学療法を組み合わせた治療を行います。一方、中咽頭がんと下咽頭がんは早期段階であれば手術によるがんの切除を行うのが一般的です。進行度や全身状態によっては放射線治療や化学療法を行います。
咽頭がんは治りにくいがん?
咽頭がんの5年生存率は、上咽頭がんで66%、中咽頭がんで64%、下咽頭がんで54%とされています2)。特に下咽頭がんは5年生存率が低く、他のがんと比べても治りにくいがんと言えます。
日本において1年間で咽頭がん(口腔がんを含む)と新たに診断される方は約24,000人であり、毎年約7,800人が命を落としているがんです3)。発生頻度は低くなく、より効果的な予防や治療方法の解明に向けて現在でも多くの研究が行われています。
水素吸入は咽頭がんの予防や治療に役立つ?
水素吸入と咽頭がんの直接的な関係を検証した研究結果は現在のところ報告されていません。しかし、水素吸入が咽頭がんの予防や治療に役立つ可能性が示唆された研究結果は報告されています。
具体的などのような研究結果が報告されているのか詳しく見てみましょう。
活性酸素が咽頭がん発生に関わっている可能性
2004年、ポーランドの研究チームは咽頭がんを含む頭頸部の扁平上皮がんの発生や進行に活性酸素が関わっている可能性を示唆する研究結果を報告しました4)。
この研究は喉頭がん患者を対象に行われ、血液中の活性酸素の量を測定したところ、がんが進行している患者ほど活性酸素の発生量が多いことが明らかになりました。また、がんを切除したところ酸化ストレスが減少したことも明らかになっています。
研究者たちは、頭頸部の扁平上皮がんは慢性的な炎症によって活性酸素が増加することががんの発生に関わっている可能性があると結論付けています。
水素吸入が咽頭がんを予防する?
今回の研究は、咽頭がんを含む頭頸部の扁平上皮がんは活性酸素の増加が発症リスクである可能性を示唆する結果となりました。
水素吸入は活性酸素を効率よく除去することができるため、咽頭がんの予防効果が期待できるかもしれません。確実な効果があると断言できる段階ではありませんが、今後のさらなる究明が期待されます。
水素吸入が咽頭がん治療の副作用を改善する可能性
水素吸入によって咽頭がん治療の副作用を軽減できるとの報告がされています。
2019年、中国の研究チームは上咽頭がんに対する放射線治療と化学療法により聴力低下を来した患者17名を対象に水素吸入を実施。一日3時間以上の吸入を4週間行ったところ、多くの患者の聴力が改善したことが明らかになりました5)。補聴器の使用を余儀なくされていた患者が、補聴器から解放されたケースもあったと報告されています。
水素吸入は咽頭がんの治療に役立つ?
今回の研究結果から、水素吸入は上咽頭がんの放射線治療や化学療法で起こりうる聴力低下を改善する効果を持つことが示唆されました。
上咽頭がんは耳の構造に近い部位に発生するため、治療によって聴力低下を引き起こすケースが問題となっています。治療後の後遺症として日常生活に支障を来している方も少なくありません。しかし、水素吸入を並行して行うことで聴力低下を予防、改善できる効果が期待できることが明らかになりました。
まだ限られた人数での検証であるため、確実な効果があると断言することはできません。しかし、治療後のQOL向上に向けてさらなる解明が進み、水素吸入の実用化が叶うことを期待します。
【私はこう考える】水素吸入と咽頭がん
咽頭がんは5年生存率が低く、治りにくいがんの一つです。また、咽頭には聴覚、物の飲み込みや発声に関わる大切な器官があるため治療によって機能が損なわれるとその後の生活に大きな支障を来します。
そのため、咽頭がんのより効果的な予防や治療法を解明するための研究は現在でも多く行われいます。水素吸入もその一つです。今回ご紹介したように、これまでの研究結果から水素吸入が咽頭がんの予防や改善に役立つ可能性は大いにあると考えられるでしょう。
まだ確実な効果を断言はできませんが、今後さらに研究が重ねられ水素吸入が咽頭がんの予防や治療に応用されることを期待します。
水素吸入は自宅でも手軽にできるため、すでに咽頭がんと診断されている方、咽頭がんのリスク要因(喫煙習慣と過度な飲酒など)がある方は予防や治療法の一つとして取り入れてみるのもよいでしょう。
参考文献
- 咽頭がん|国立がん研究センター
- 頭頸部がんの5年相対生存率は?|一般社団法人日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
- 口腔・咽頭|国立がん研究センター
- Szuster-Ciesielska, A., Hryciuk-Umer, E., Stepulak, A., Kupisz, K., & Kandefer-Szerszeń, M. (2004). Reactive oxygen species production by blood neutrophils of patients with laryngeal carcinoma and antioxidative enzyme activity in their blood. Acta oncologica (Stockholm, Sweden), 43(3), 252–258. https://doi.org/10.1080/02841860410029708
- Chen, J., Kong, X., Mu, F., Lu, T., Du, D., & Xu, K. (2019). Hydrogen-oxygen therapy can alleviate radiotherapy-induced hearing loss in patients with nasopharyngeal cancer. Annals of palliative medicine, 8(5), 746–751. https://doi.org/10.21037/apm.2019.11.18