《この記事の執筆者》
地方国立大学医学部卒業後、横浜市内の中核病院で初期臨床研修を終え、都内の大学病院、小児専門病院等の勤務を経て、現在は関東の基幹病院で麻酔科として勤務。
胆のうがんは、消化器系のがんの中でも特に治療が難しい部類に入ります。
このがんが治療に難しい主な理由は、初期に自覚症状がほとんどなく、胆のうが周囲の重要な臓器、如く肝臓、胆管、十二指腸、膵臓、大腸に囲まれているため、発見時にはこれらの臓器への浸潤を伴う進行した状態であることが多いためです1)。
本記事では、水素吸入療法が胆のうがんの予防や改善に効果があるのかについて、研究データをもとに解説していきます。
胆のうがんとは?
胆のうがんは、肝臓に接するようにして存在している胆のうに生じる「がん」のことです。
胆のうとは、肝臓でつくられた胆汁を蓄えておく働きをする臓器です。
食事をすると、胆汁が胆のうから胆管を通じて十二指腸に流れ、消化を助けます。
胆のうがんの主な原因や症状は?
胆のうがんを引き起こす原因は、まだ明らかになっていません。
下記のようにいくつかの要因が関連していると考えられています1)。
- 胆石症
胆のうがんの症例の半数以上に胆石を合併することがわかっており、胆石による慢性的な炎症や胆汁成分の変化ががんを誘発すると考えられています。 - 胆のう腺腫
胆のうにできるポリープの一種で、将来的に悪性化するリスクが高いされます。 - 膵胆管合流異常症
膵管(膵臓から膵液を分泌する管)と胆管の合流形態に異常があることで胆汁と膵液が混ざり合ってしまう病気です。こちらも胆のうがんの発症リスクが高いとされます。
胆のうがんの症状は?
胆のうがんは、初期段階ではほとんど症状が現れません。
進行した場合に黄疸、みぞおちや右脇腹の痛み、悪心・嘔吐、体重減少などが発生することがありますが、これらの痛みは胆石症など、がん以外の疾患でも起こり得ます1, 3)。
胆のうがんの標準的な治療は?
胆のうがんの治療は基本的に摘出手術を行います。
隣接する臓器にがんが広がって(浸潤して)いる場合には、その臓器も含めて手術で取り除きます。
しかし、遠隔転移がある場合には手術適応にはなりません。
また、手術と併せて補助療法(化学療法・放射線療法)を行うことが一般的です。
しかしながら、実は胆のうがんに対する補助療法の有効性を示した研究はありません。
現在、臨床研究でその有効性を検討している段階です1)。
治療が困難ながんの1つ
胆のうがんは、消化器がんの中で治療が困難ながんの一つとして知られています。
その理由は、自覚症状や初期症状に乏しく、周辺には肝臓、胆管、十二指腸、膵臓、大腸などの重要臓器が多く存在するためです。
つまり、発見された時点で周囲臓器に浸潤をきたした進行がんの状態であることが多いことが治療困難とされる理由です1)。
水素吸入は胆のうがんの予防に効果的なのか?
水素吸入が胆のうがんの予防に有用であることを示した論文は現時点ではありません。
胆のうがんを引き起こす明確な原因が不明であることから、水素吸入の予防効果を検証する研究の実施が難しいと考えられます。
現状では、禁煙や節度のある飲酒、健康的な食事や運動習慣などが予防に効果的とされています3)。
水素吸入は胆のうがんの治療に有効?
胆のうがんの予防については前述の通り不明ではあるものの、改善については水素吸入の可能性を示す結果が報告されています。
毎日の水素吸入が胆のうがんの退縮をもたらした
胆のうがんの患者において水素吸入で改善した症例報告があります。
対象となった72歳の胆のうがん患者さんは、以下のような状況でした。
- 化学療法で胆のうがんの進行を抑制出来ず
- 肝転移を発症
- その後、膵臓頭部周囲のリンパ節への転移
- 最終的には十二指腸にも浸潤
- 重度の貧血のため、毎週の輸血を要する状態
この頃から、患者は他の治療を拒否し対症療法の他には、水素吸入療法を毎日実施しました。
水素吸入は3000ml/分の水素ガスを毎日3~6時間吸入したようです。
水素吸入を開始した後の結果
水素吸入療法開始から2ヶ月経つ頃には輸血が不要になりました。
3ヶ月後には腹腔内の転移巣は徐々に縮小し、貧血も改善しました。
さらに、リンパ球とCA-19やCEAといった消化管がんの腫瘍マーカー(がんのときに上昇する検査値)のレベルが正常にまで戻り、通常の日常生活を送ることができるようになったのです4)。
水素吸入が胆のうがんに効果的に作用したメカニズムは?
本論文では、水素の抗酸化作用、抗炎症作用に加えて、ミトコンドリアの機能を高める作用が互いに関連して抗腫瘍効果を発揮した考えられると結論付けられています4)。
ミトコンドリアとは、細胞内に100 ~ 2000個ほどある小器官です。
細胞のエネルギー産生や、アポトーシス(細胞死:古くなった細胞が自動的に死ぬこと)を担っています5)。
【私はこう考える】水素吸入と胆のうがん
近年、様々な「がん」について水素吸入が有効であったという論文が発表されています。
上記の論文は症例報告であり、さらなる研究が待たれます。しかし、胆のうがんのように手術療法以外のエビデンスが乏しい疾患で、副作用の少ない水素吸入によって、上記のような驚くべき効果がもたらされたことは評価に値します。
実際に、水素吸入の有効性に関するメカニズムは医学的に妥当性があります。
実は、水素吸入と細胞のがん化について次の事実が近年明らかになってきました。
- 水素吸入すると、水素は速やかに細胞内のミトコンドリアまで到達し、ミトコンドリアの機能を高める
- 水素存在下では、細胞を酸化ストレスにさらしても、形態変化せずに正常形態を保つことができる
- がん組織では、ミトコンドリア機能がしばしば低下しています。ミトコンドリア機能を低下させると、その細胞から分泌される物質によって周囲の細胞のがん化が促進される 6)
水素吸入がミトコンドリアに保護的に作用することで、次の2つの観点からがん化が抑制されるはずです。
- ミトコンドリア機能が正しく保たれることで、傷害された細胞自身のアポトーシスが適切に起こるため、傷害された細胞のがん化が抑制される
- ミトコンドリア機能が低下することで分泌されるはずの物質が分泌されなくなるため、周囲の細胞のがん化が抑制される
また、これを踏まえると、水素吸入は予防にも効果的と考えられます。つまり、日常的に水素吸入を行う場合、細胞のがん化がふたつのメカニズムで抑制されることになります。
さらに、これらが胆のうがんに限定したメカニズムではなく、がんに共通する仕組みにアプローチしていることから、他のがんについても効果が期待できる点は特筆すべきことです。
実際、水素とがんの関係を調べた研究では、いくつかのがんにおいて腫瘍の縮小などがみられたとの報告もあります7)。
副作用が少なく、その他の現行の治療と併用しやすいことも水素吸入の大きな魅力であり、今後ますますヒトを対象とした研究が進められることに期待が高まります。
参考文献
- 胆のうがん|一般社団法人 日本肝胆膵外科学会
- 胆道がん予防・検診:[国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方へ]
- Chen, J. B., Pan, Z. B., Du, D. M., Qian, W., Ma, Y. Y., Mu, F., & Xu, K. C. (2019). Hydrogen gas therapy induced shrinkage of metastatic gallbladder cancer: A case report. World journal of clinical cases, 7(15), 2065–2074. https://doi.org/10.12998/wjcc.v7.i15.2065
- ミトコンドリア | e-ヘルスネット(厚生労働省)
- 共同発表:細胞間の相互作用で良性腫瘍ががん化する仕組みを解明
- Mohd Noor, M. N. Z., Alauddin, A. S., Wong, Y. H., Looi, C. Y., Wong, E. H., Madhavan, P., & Yeong, C. H. (2023). A Systematic Review of Molecular Hydrogen Therapy in Cancer Management. Asian Pacific journal of cancer prevention : APJCP, 24(1), 37–47. https://doi.org/10.31557/APJCP.2023.24.1.37