《この記事の執筆者》
国立大学医学部卒。大学病院で25診療科を経験したのち、大阪や愛知、静岡、徳島など各地域の拠点病院で科の垣根を越えて診療に従事。基礎医学研究をしていた期間もあり、研究発表では最優秀賞を受賞。その後東京都の公立病院で内科全般、精神科、麻酔科、産婦人科、救急医療などに携わる。
スポーツやトレーニングにおいて、瞬発力は不可欠な要素です。
短時間で強力なパフォーマンスを発揮するためのこの能力は、速筋と呼ばれる特定の筋肉に依存しています。
そんな瞬発力を向上させるためのトレーニング方法にはさまざまなアプローチがありますが、最近注目されているのが「水素吸入」です。
本記事では、瞬発力の基礎知識から、水素吸入が瞬発力に与える影響について最新の研究報告に基づいて詳しく解説します。
瞬発力について
瞬発力は数秒から数十秒の短い時間で生み出される爆発的なパワーのことです1)。
短距離走や水泳など、すぐに決着のつくスポーツが代表的ですが、野球やサッカーなど長時間のスポーツでも必要とされます。
多くのアスリートが必要とするこの瞬発力。重要なのは速筋です。
瞬発力は速筋
筋肉は速筋と遅筋の2種類に大きく分けられます2,3)。
遅筋は持久力に必要な筋肉で、酸素を用いて糖質や脂質を燃焼しエネルギーを生み出します。そのため、遅筋はウォーキングなど有酸素運動をするときに主に使われる筋肉です。
一方で速筋は瞬発力に必要な筋肉で、短い時間で大きな力を生み出せます。主に糖質を燃焼してエネルギーを生み出しますが、遅筋と異なり、酸素を用いません。そのため、筋力トレーニングや短距離走など速筋を使う運動は、無酸素運動と呼ばれます。
普段は速筋を使う機会がないため、必要に応じて鍛える必要があります。
瞬発力を鍛える方法は?
瞬発力はその性質上、筋力とスピード、そしてそれらをスムーズにつなげる協調性が必要になります。
これらを鍛える方法は無限にありますが、まずは無理せずできる方法から取り組むことが大切です。たとえば、筋力トレーニングにはスクワットや腕立て伏せなどが取り組みやすいでしょう。
スピードトレーニングでは、ウォーキングやジョギングから始めて、ランニングへとつなげていくことで鍛えられます4)。
協調性は、サイドステップなどをゆっくりとしたスピードから始めると鍛えやすいかもしれません。
ここでは簡単に述べましたが、他にも多くの方法があるので自分に合ったものを見つけて無理せず取り組みましょう。
水素吸入は瞬発力に効果はある?
ここまで瞬発力について詳しく見てきました。
瞬発力は英語でexplosion power(爆発的な力)と呼ばれるように、瞬時に大きな力を生み出す能力です。
しかし、強度の高い運動は活性酸素を生み出しやすく、酸化ストレスへの対処が課題といわれています4,5)。
そこで注目されているのが、抗酸化作用をもつ水素吸入です。水素吸入は抗酸化作用を発揮し、身体能力を向上させる可能性が数々の報告で述べられています。
今回、水素吸入が瞬発力を含めた身体能力に効果がある可能性が2024年に報告されたので、ご紹介します。
身体能力に対する水素の可能性
この研究は、さまざまな身体能力に対して水素が有効であるかを調べたメタ分析です。
401件の論文から基準をもとに選択し、最終的に597人の参加者からなる27件の論文を調べています5)。
論文の分析対象はランダム化比較デザインまたはクロスオーバーデザインです。参加者は平均年齢17.5〜51.5歳の健康な成人で、半分近くはエリートアスリートでした。
水素の投与期間は1〜14日で、投与方法や運動の種類は限定せず論文を選択しています。
結果は次の通りです。
- 下肢瞬発力の改善
- 主観的疲労度の低下
- 血中乳酸値の低下
- 最大酸素摂取量を含む有酸素性持久力の改善
- 無酸素性持久力の改善
- 筋力の改善
- 平均心拍数の低下
水素吸入が下肢瞬発力を改善させた
下肢瞬発力として、スプリントとカウンタームーブメントジャンプが分析対象の研究評価に用いられていました。
スプリントは全力疾走のことで、カウンタームーブメントジャンプは世界的に有名な垂直跳びの一種です6)。
さらに詳しく結果を見ると、下肢瞬発力の改善は水素吸入で有意であり、水素水や水素カルシウム粉末は有意ではありませんでした。
一つの研究を例に挙げると、カウンタームーブメントジャンプの高さの低下率がプラセボ群で約6%、水素吸入群で約2%であり有意に改善しています7)。
これらの結果から、水素吸入が下肢瞬発力を改善させる可能性が示唆されました。
【私はこう考える】水素吸入と瞬発力
水素吸入と瞬発力の関係について見てきました。
今回紹介した論文は、水素と身体能力についてのおそらく最初のメタ分析だといわれています。
メタ分析は複数の論文からより高い次元で根拠を調べる研究手法であることから、ガイドラインに次ぐ信頼性があります。
今回、下肢瞬発力に水素吸入が有効である可能性が示されたのは、大きな成果といえるでしょう。
しかしながら、この論文で言及されているように、水素の投与期間は14日以内であり、長期的な根拠は確立されていません。また、研究のほとんどが若年〜中年の男性が対象であり、女性や高齢者などに対する根拠も不足しています。
今後これらの課題を踏まえて、水素吸入が瞬発力に有効な可能性の報告がますます増えていくことを期待しています。
参考文献
- スポーツ医学とは9- 瞬発系スポーツ、持久系スポーツのための栄養術|亀田総合病院 スポーツ医学科
- 遅筋と速筋|野田市役所
- 骨格筋|e-ヘルスネット
- ジョギングとスピード練習|RUNNET
- Zhou, K., Shang, Z., Yuan, C., Guo, Z., Wang, Y., Bao, D., & Zhou, J. (2024). Can molecular hydrogen supplementation enhance physical performance in healthy adults? A systematic review and meta-analysis. Frontiers in nutrition, 11, 1387657. https://doi.org/10.3389/fnut.2024.1387657
- 垂直跳、CMJ(カウンタームーブメントジャンプ)、SJ(スクワットジャンプ) (無酸素性パワー)
- Shibayama, Y., Dobashi, S., Arisawa, T., Fukuoka, T., & Koyama, K. (2020). Impact of hydrogen-rich gas mixture inhalation through nasal cannula during post-exercise recovery period on subsequent oxidative stress, muscle damage, and exercise performances in men. Medical gas research, 10(4), 155–162. https://doi.org/10.4103/2045-9912.304222