《この記事の執筆者》
国立大学医学部卒。大学病院で25診療科を経験したのち、大阪や愛知、静岡、徳島など各地域の拠点病院で科の垣根を越えて診療に従事。基礎医学研究をしていた期間もあり、研究発表では最優秀賞を受賞。その後東京都の公立病院で内科全般、精神科、麻酔科、産婦人科、救急医療などに携わる。
肝硬変は、慢性の肝臓炎症が原因で肝臓が硬化する深刻な病気です。
多くの人々が、肝硬変が進行することで様々な症状に苦しむことになりますが、実はその予防・改善に「水素吸入」が注目されています。
水素吸入の抗炎症作用や抗酸化作用により、肝硬変を誘発する非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)やアルコール性肝炎の症状を改善する可能性があるのです。
本記事では、水素吸入が肝硬変の予防・改善にどのように役立つかについて、最新の研究結果を基に詳しく解説します。肝硬変で悩む方やその予防に興味のある方は、ぜひ最後までお読みください。
肝硬変について
肝硬変は、なんらかの原因で肝臓に炎症が生じ、その炎症を治すときに起きる線維化が肝臓全体に広がって硬くなる状態です1,2)。
肝疾患の終末像といわれており、一般的に慢性の不可逆的な経過をたどります。
肝硬変の原因
肝硬変が生じる根本の原因は、慢性的に繰り返す炎症とその修復による線維化です。
繰り返す炎症を誘発する背景疾患には次のものがあります2)。
- ウイルス性:B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス
- 自己免疫性:自己免疫性肝炎、原発性胆汁性胆管炎
- 非アルコール性脂肪肝炎(NASH)
- アルコール性
- 代謝性:ヘモクロマトーシス、ウィルソン病
かつてはC型肝炎ウイルスによる肝硬変が最多でしたが、最近アルコール性が最多となり、NASHの割合も徐々に増えてきています。
肝硬変の症状
肝臓は沈黙の臓器といわれており、初期症状はあまりありません。
しかし徐々に状態が悪くなっていくと、以下のような症状が現れます1,2)。
- 黄疸
- 腹水
- 手掌紅斑
- くも状血管拡張
- 腹壁静脈拡張
- 羽ばたき振戦
- こむらがえり
- 女性化乳房
- 睾丸萎縮
肝硬変の治療
末期の状態である肝硬変そのものを治療する方法は、肝移植以外にはほとんどないといわれています。
しかしウイルス性の肝硬変では、抗ウイルス療法で肝臓の線維化が改善することが分かってきました1,2)。
また、アルコール性肝硬変の場合、長期間の禁酒が予後を改善します。
このように背景疾患に対する治療が現在の肝硬変治療のメインとなり、それに合併症への対症療法を加えた管理が行われています。
水素吸入は肝硬変の予防・改善に効果はある?
前述したように、肝硬変は炎症を繰り返して生じる疾患です。
この炎症を抑えることができれば予後の改善につながるため、あらゆる治療法が研究されており、それには水素吸入も含まれています。
水素吸入はあらゆる疾患での抗炎症作用、抗酸化作用が報告されており、肝硬変の前段階である肝疾患でも有効な可能性が報告されてきています。
水素吸入が非アルコール性脂肪性肝疾患を改善
2022年の報告によると、水素吸入が非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)の病態を改善することが示されました3)。
NAFLDは、肝硬変の原因となるNASHを含んだ脂肪性肝疾患の総称です。
この研究では中等度〜重度のNAFLD患者62名を対象とし、水素・酸素吸入群とプラセボ群をランダムに振り分けて13週間吸入を行いました。
すると、水素吸入群で肝脂肪量が有意に改善し、LDLコレステロールやAST、ALT、酸化ストレスマーカー、炎症マーカーも有意に低下しました。
NAFLDは肝硬変の背景疾患に含まれることから、水素吸入は肝硬変の予防につながる可能性が示唆されたといえます。
水素吸入がアルコール性肝炎を改善
2023年の別の報告によると、水素吸入がアルコール性肝炎を改善することが示されました4)。
アルコール性肝炎は慢性アルコール性肝障害を背景として、大量飲酒をきっかけに発症する急性肝障害です5)。
6〜8週齢のマウスを用いてアルコール性肝炎モデルマウスを作成し、水素吸入群と対象群に振り分けて実験を行いました。
すると、水素吸入群で酸化ストレスや炎症、脂肪蓄積の改善が見られました。また、水素吸入群では腸内細菌叢が有意に改善され、アルコール代謝の促進が見られました。
アルコール性肝炎は肝硬変の背景疾患であり、水素吸入が肝硬変の予防につながる可能性が示唆されたといえます。
【私はこう考える】水素吸入と肝硬変
水素吸入と肝硬変の関係について解説しました。
残念ながら、肝硬変自体にフォーカスして水素吸入の有効性を検証した論文は見つかりませんでした。
おそらく肝硬変になる前の対処により重きを置かれているからでしょう。それもあって、肝硬変の背景疾患へアプローチした水素吸入の研究はある程度報告されていました。
ただ、肝硬変の背景疾患は数多く、それぞれの疾患に対する報告はまだ数が少ないです。
実際、2つ目に紹介したアルコール性肝炎は肝硬変の原因として最も多いものの、ヒトを対象とした水素吸入の研究報告は今のところなく、動物実験の解説となりました。
動物実験の結果とヒトでの臨床試験結果は異なることが多く、単純比較をすることは難しいです。
しかしながら今回ご紹介した論文は2つとも、背景疾患の病態を改善する可能性がしっかりと示唆されており、水素吸入が肝硬変に有効な可能性は十分期待が持てます。
今後、肝硬変の各背景疾患へ水素吸入が有効な可能性を示唆した臨床研究がますます増えていくことを期待しています。
参考文献
- 肝硬変診療ガイドライン2020(改訂第3版)|日本消化器病学会・日本肝臓学会
- 肝硬変 | 肝炎情報センター
- Tao, G., Zhang, G., Chen, W., Yang, C., Xue, Y., Song, G., & Qin, S. (2022). A randomized, placebo-controlled clinical trial of hydrogen/oxygen inhalation for non-alcoholic fatty liver disease. Journal of cellular and molecular medicine, 26(14), 4113–4123. https://doi.org/10.1111/jcmm.17456
- Liu, H., Kang, X., Ren, P., Kuang, X., Yang, X., Yang, H., Shen, X., Yan, H., Kang, Y., Zhang, F., Wang, X., Guo, L., & Fan, W. (2023). Hydrogen gas ameliorates acute alcoholic liver injury via anti-inflammatory and antioxidant effects and regulation of intestinal microbiota. International immunopharmacology, 120, 110252. https://doi.org/10.1016/j.intimp.2023.110252
- アルコール性肝障害|肝炎情報センター