《この記事の執筆者》
2011年国立大学医学部卒。初期臨床研修を経て総合診療医として勤務しながら、さまざまな疾患の患者さんに向き合う治療に従事。医療行政に従事していた期間もあり、精神福祉、母子保健、感染症、がん対策、生活習慣病対策などに携わる。結核研究所や国立医療科学院での研修も積む。2020年からは医療法人ウェルパートナーで主任医師を勤める。
脳腫瘍はその発生源や性質によって様々な顔を持ちます。
良性のものであれば5年生存率は95%と高い一方で、悪性度の高いものだと8%になるものもあります。
本記事では、水素吸入療法が脳腫瘍の予防や改善に役立つのかについて、これまでに報告されている研究データをもとに考察していきます。
脳腫瘍ってどんな病気?
脳腫瘍とは、頭蓋骨の中に発生する腫瘍の総称です。
大きく分けると、脳の神経細胞や脳を包む膜などから発生した「原発性脳腫瘍」、肺がんや乳がんなどが転移した「転移性脳腫瘍」の2つのタイプに分けられます。
脳腫瘍の特徴について詳しく見てみましょう。
脳腫瘍の主な原因
脳腫瘍の明確な原因は現在のところ分かっていません。
原発性脳腫瘍には150以上のタイプがあります1)。
一部は遺伝子の変異が原因とされるものもありますが、多くは原因不明です。
脳腫瘍の主な症状
脳腫瘍は発生した部位や腫瘍の大きさによって症状の現れ方が異なります。
腫瘍が発生した部位の脳は機能が損なわれ、以下のような症状が現れるようになります。
- 腕や脚を動かしにくくなる
- 言葉が出ない、呂律が回らない
- 読み書き、計算などができなくなる
- ものが欠けて見える、二重に見える
- 動作がぎこちなくなる
- 音が聞こえにくくなる
- 動作がぎこちなくなる
また、腫瘍が大きくなると頭蓋骨の中の圧が高くなり、その結果吐き気や頭痛などの症状が現れるようになります。
さらには、脳が強く圧迫されて意識障害を引き起こすケースも少なくありません。
脳腫瘍には多くのタイプがあり、進行が非常に緩やかなタイプもあれば、急激に進行するタイプもあります。
脳腫瘍の治療方法
脳腫瘍の治療方法は、腫瘍の位置や大きさ、タイプ、症状によって大きく異なります。
症状がほどんどなく進行が緩やかな良性腫瘍は、治療をせずに経過を見ていくこともあります。
一方、何らかの症状がある場合や進行が速い悪性腫瘍の場合には手術、放射線治療、抗がん剤治療が必要です。
良性か悪性かで生存率が大きく異なる
脳腫瘍は良性か悪性かで生存率が大きく異なります。
良性であれば5年生存率は95%を超えるタイプもあります。
しかし、進行が速い悪性腫瘍には5年生存率が50%以下のタイプも少なくありません2)。
特に原発性の腫瘍の9%占める「膠芽腫(こうがしゅ)」は最も悪性度が高く、5年生存率は8%以下です3)。
水素吸入療法は脳腫瘍の予防や治療に効果がある?
脳腫瘍は治療の必要がないものから命に関わるものまでさまざまなタイプがあります。
効果的な治療がなく進行が速い脳腫瘍は治る見込みが低く、新たな予防や治療方法の開発が進められているのが現状です。
水素吸入療法もその一つです。
水素と脳腫瘍の中でも最も悪性度が高い膠芽腫との関係を探る研究結果も報告されています。
どのような結果が得られたのか詳しく見てみましょう。
酸化ストレスが脳腫瘍の原因に?
2016年に、膠芽腫は脳の細胞内への酸化ストレスが発症要因の一つであることを示唆する研究結果が報告されました4)。
この研究では、脳の細胞に大量の活性酸素が入り込んでDNAにダメージが及ぶことが膠芽腫の要因であると指摘しています。
さらにDNAのダメージを受けた細胞は活性酸素の産生量が増加する傾向にあるため、さらに腫瘍ができやすくなるという悪循環に陥るとされています。
水素が膠芽腫の予防するかはまだ解明されていない
現在のところ、水素分子が膠芽腫の予防に寄与する可能性を示唆する研究結果は報告されていません。
しかし、水素ガスは体内の活性酸素を除去する働きがあるため、膠芽腫の発生予防効果を持つ可能性は期待できるでしょう。
今後のさらなる研究、開発の進展が望まれます。
水素吸入療法は脳腫瘍の治療に役立つ?
2019年には、水素吸入が膠芽腫の増殖を抑制し、生存期間の延長に役立つ可能性を示唆する研究結果が報告されました5)。
この研究では、膠芽腫を発症させたマウスに水素ガスを一日2回、1時間ずつ吸入させ、腫瘍の体積を吸入前と比較したところ増大が抑制されたことが明らかになりました。
また、水素吸入により腫瘍の増殖に関わる分子も著しく減っていることが明らかにされています。
まだ動物実験の段階であり、人の膠芽腫に対しても水素吸入療法が同様の効果を持つとは断言できません。
しかし、この研究結果は水素吸入療法が膠芽腫の治療に役立つ可能性を示唆する画期的な報告となりました。
今後、さらに研究が進んで実際の治療へ応用されることを期待します。
【私はこう考える】水素吸入と脳腫瘍
脳腫瘍には多くのタイプがあります。
特に膠芽腫は確立した治療法がなく、進行が速いため治る見込みが低いがんの一つと言えます。
膠芽腫に対する予防や治療方法はこれまでにも多くの研究が重ねられてきました。
しかし、生存期間を大きく延長させる有効な方法はないのが現状です。
今回ご紹介した研究結果から、酸化ストレスを減弱できる水素吸入療法は膠芽腫の予防に役立つことが示唆されました。
また、動物実験では水素吸入療法が膠芽腫の進行を抑えられる可能性も示されています。
さらなる検討の余地はありますが、水素吸入療法が膠芽腫の予防、治療に役立つ可能性は期待できるでしょう。
膠芽腫は発見されてから命を落とすまでの期間も短く、さらに進行するとさまざまな神経障害を引き起こします。
水素吸入療法が膠芽腫の新たな希望の治療法となることを期待します。
参考文献
- 脳腫瘍|国立研究開発法人国立がん研究センター
- 脳腫瘍〈成人〉 患者数(がん統計):[国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方へ]
- 神経膠腫(グリオーマ)|東京大学医科学研究所附属病院 脳腫瘍外科
- Salazar-Ramiro, A., Ramírez-Ortega, D., Pérez de la Cruz, V., Hérnandez-Pedro, N. Y., González-Esquivel, D. F., Sotelo, J., & Pineda, B. (2016). Role of Redox Status in Development of Glioblastoma. Frontiers in immunology, 7, 156. https://doi.org/10.3389/fimmu.2016.00156
- Liu, M. Y., Xie, F., Zhang, Y., Wang, T. T., Ma, S. N., Zhao, P. X., Zhang, X., Lebaron, T. W., Yan, X. L., & Ma, X. M. (2019). Molecular hydrogen suppresses glioblastoma growth via inducing the glioma stem-like cell differentiation. Stem cell research & therapy, 10(1), 145. https://doi.org/10.1186/s13287-019-1241-x