敗血症マウスに対し2%の水素吸入を行った結果、生存率が35%から70%へと大幅に向上し、脂質代謝酵素であるDGKの働きを抑えることで、脳内の脂質バランスを整え脳損傷や認知機能を改善させる仕組みを解明した。
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結論
水素吸入は脂質代謝酵素DGKを抑制し、脳内の脂質バランスを整えることで敗血症による脳損傷を軽減する。
研究の背景と目的
敗血症は全身の感染症により多臓器不全を引き起こす深刻な病態であり、その中でも「敗血症関連脳症(SAE)」は高い死亡率や長期的な認知機能障害を招く深刻な合併症である 。水素分子には抗炎症作用や抗酸化作用があり、敗血症の治療に有効であることが報告されていたが、脳を保護する詳細なメカニズムは未解明であった 。本研究は、最新の解析技術(メタボロミクスとリン酸化プロテオミクス)を用いて、水素吸入が脳内の代謝やタンパク質にどのような影響を与えるのかを明らかにすることを目的とした。
研究方法
- 対象: 8週齢の雄マウス(C57BL/6J、体重24-26g)計200匹 。盲腸結紮穿刺(CLP)という手術により、人工的に敗血症モデルを作成した。
- 介入方法: 以下の2種類の水素投与を実施。
- 水素吸入: 手術の1時間後と6時間後に、2%濃度の水素ガスを60分間ずつ吸入させた。
- 水素水: 手術後に水素水を6mL/kgの量で胃経口投与(胃に直接流し込む方法)した。
- 対照群: 手術のみを行い治療をしない群(SAE群)と、模擬手術のみを行った群(Sham群)を設定。
- 評価方法: 7日間の生存率調査、迷路(Y迷路)や恐怖条件付けによる認知機能テスト、脳組織の炎症マーカー(TNF-α、IL-1β、IL-6)測定、およびオミクス解析による代謝物・タンパク質の網羅的分析を行った。
研究結果
- 生存率の劇的な改善: 何も治療しない敗血症マウスの7日生存率は35%だったが、水素吸入により70%、水素水投与により49%に向上した(p < 0.05)。
- 炎症と脳損傷の軽減: 水素吸入により、脳(海馬)内の炎症を引き起こす物質(TNF-α、IL-1β、IL-6)が有意に減少した(p < 0.05)。また、破壊されていた脳細胞の構造も水素によって保護された。
- 脂質代謝酵素DGKの抑制: 解析の結果、敗血症で過剰に増えた酵素「DGK(ジアシルグリセロールキナーゼ)」が、水素吸入によって抑制されることが分かった。
- 脂質バランスの正常化: DGKが抑制されたことで、細胞のシグナル伝達に関わる脂質「DAG(ジアシルグリセロール)」の過剰に増加したDAGを減少させ、不足していた「PA(ホスファチジン酸)」増加させた。
- PTENとの相互作用: 水素によって調節されたDGKは、がん抑制などに関わるタンパク質「PTEN」と相互作用し、脳を保護するシグナルを強化している可能性が示唆された。
- 考察と限界
- 本研究により、水素吸入が単なる抗炎症作用だけでなく、脳内の「脂質代謝のスイッチ(DGK)」を切り替えることで治療効果を発揮することが初めて示された。
- 一方で、DGKとPTENが具体的にどのように結びついて脳を守るのかという詳細なプロセスについては、さらなる研究が必要であるとしている。
Appendix(用語解説)
- 敗血症関連脳症(SAE): 敗血症による全身の炎症が脳に波及し、意識障害や認知機能低下を引き起こす状態。
- メタボロミクス / リン酸化プロテオミクス: 体内の代謝物や、働きが活性化されたタンパク質を網羅的に調べる最新の分析手法。
- DGK(ジアシルグリセロールキナーゼ): 脂質の成分であるDAGをPAに作り変える働きを持つ酵素 。このバランスが崩れると病気に関連する。
- DAG(ジアシルグリセロール)/ PA(ホスファチジン酸): 細胞内の情報を伝えるメッセンジャーの役割を果たす脂質成分。
- PTEN: 細胞の増殖や生存、炎症を制御する重要なタンパク質。
論文情報
タイトル
DGKζ in Glycerophospholipid Metabolism Regulates the DAG and PA Balance and Interacts With PTEN to Alleviate Brain Damage in Septic Mice With Hydrogen Inhalation: A Comparative Metabolomic and Phosphoproteomic Analysis(水素吸入によるグリセロリン脂質代謝の調節が敗血症マウスのDAGとPAのバランスを整え、PTENとの相互作用を介して脳損傷を軽減する:メタボロミクスおよびリン酸化プロテオミクスによる比較分析)
引用元
Bai, Y., Li, Z., Yan, D., Jiang, Y., Dong, B., & Yu, Y. (2025). DGKζ in Glycerophospholipid Metabolism Regulates the DAG and PA Balance and Interacts With PTEN to Alleviate Brain Damage in Septic Mice With Hydrogen Inhalation: A Comparative Metabolomic and Phosphoproteomic Analysis. Brain and behavior, 15(8), e70761. https://doi.org/10.1002/brb3.70761
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