潰瘍性大腸炎患者10名を対象に8週間の水素吸入試験を行った。その結果、症状の明確な改善は見られなかったものの、腸内フローラ(腸内細菌叢)の構成に良い変化をもたらす可能性が示された。
3分で読める詳細解説
結論
水素吸入は潰瘍性大腸炎の症状を明確に改善しないが、腸内フローラの多様性を高める可能性がある。
研究の背景と目的
潰瘍性大腸炎は、腸内細菌のバランスが乱れること(ディスバイオーシス)が一因と考えられている。これまでの動物研究では、水素が腸内フローラの多様性を高め、潰瘍性大腸炎の進行を抑えることが報告されていた。しかし、ヒトの患者に対する水素吸入の効果は明らかになっていなかった。そこで本研究は、潰瘍性大腸炎患者に対する水素吸入の治療効果、腸内フローラへの影響、そして安全性を科学的に検証することを目的とした。
研究方法
- 対象者: 活動期の潰瘍性大腸炎と診断された20歳以上の日本人患者10名。
- 介入方法: 参加者をランダムに2つのグループに分けた。
- 水素群 (5名): 5-6%の水素を含むガスを、1日4時間、8週間にわたって毎日吸入した。流量は毎分4リットル。
- 対照群 (プラセボ群) (5名): 水素を含まない普通の空気を、水素群と全く同じ条件で吸入した。
- 評価方法: 治療の前後で、症状の重症度を示すスコア(Mayoスコアなど)、内視鏡による大腸粘膜の状態、そして便を採取して腸内フローラの構成などを比較評価した。
研究結果
- 主要な結果
- 症状の重症度(Mayoスコア)や臨床的な活動性(CAI)において、8週間後に水素群とプラセボ群の間で統計的に意味のある差は確認されなかった。
- しかし、内視鏡で見た炎症の範囲や重症度を示す合計点(sum of the MES)の変化量では、水素群の方がプラセボ群よりも有意に改善していた (p=0.02) 。
- 腸内フローラの構成の違いを示すβ多様性の変化は、プラセボ群と比較して水素群で有意に大きかった (p=0.02)。これは水素吸入が腸内細菌のバランスに影響を与えたことを示唆する。
- 試験期間中、水素吸入に関連する副作用は報告されなかった。
- 考察
- 本研究では、水素吸入による明確な臨床症状の改善効果は認められなかった。しかし、腸内フローラの構成を変化させ、多様性を高める可能性が示唆された。
- 将来的には、健康な人の便を移植する「糞便微生物移植(FMT)」のような治療法と水素吸入を組み合わせることで、治療効果を高められる可能性がある。
- 研究の限界
- 最大の限界は、参加者が10名と非常に少なかったことである。これは、中間解析の時点で明らかな臨床効果が見られず、倫理的な観点から試験が早期に中止されたためである。
Appendix(用語解説)
- 潰瘍性大腸炎 (UC): 大腸の粘膜に慢性の炎症や潰瘍ができる、原因不明の病気。
- 腸内フローラ (腸内細菌叢): ヒトの腸内に生息している多種多様な細菌の集まりのこと。その様子がお花畑(flora)のように見えることからこう呼ばれる。
- ランダム化二重盲検プラセボ対照試験: 科学的な信頼性が最も高いとされる研究方法の一つ。参加者をランダムにグループ分けし、参加者も研究者も誰が本当の治療(水素吸入)を受け、誰が偽薬(プラセボ)を受けているか分からない状態で行うことで、思い込みなどの影響を排除する。
- プラセボ: 見た目は本物の薬や治療法と同じだが、有効成分を含まない偽薬や偽の治療のこと。
- Mayoスコア: 潰瘍性大腸炎の重症度を客観的に評価するための代表的な指標。排便回数、血便の有無、内視鏡所見、医師による全般評価の4項目から構成される。
- β多様性 (ベータ多様性): 異なるサンプル間(例えば、治療前と治療後)で、腸内フローラの細菌の種類や構成がどれだけ異なっているかを示す指標 。この値が変化したということは、細菌のコミュニティ構成が変わったことを意味する。
論文情報
タイトル
Hydrogen Gas Inhalation Improved Intestinal Microbiota in Ulcerative Colitis: A Randomised Double-Blind Placebo-Controlled Trial(潰瘍性大腸炎患者への水素吸入は腸内フローラを改善した:ランダム化二重盲検プラセボ対照試験)
引用元
Maruyama, T., Ishikawa, D., Kurokawa, R., Masuoka, H., Nomura, K., Haraikawa, M., Orikasa, M., Odakura, R., Koma, M., Omori, M., Ishino, H., Ito, K., Shibuya, T., Suda, W., & Nagahara, A. (2025). Hydrogen Gas Inhalation Improved Intestinal Microbiota in Ulcerative Colitis: A Randomised Double-Blind Placebo-Controlled Trial. Biomedicines, 13(8), 1799. https://doi.org/10.3390/biomedicines13081799
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