健康な雌マウスに72時間(約2.4%)の水素ガスを吸入させた研究では、血液検査や組織学的検査に異常は見られなかったが、自発的な運動活動の低下が観察された。
3分で読める詳細解説
結論
水素ガスは健康なマウスに72時間投与しても重大な副作用を引き起こさない。
研究の背景と目的
水素分子はヒドロキシルラジカルを選択的に除去し、虚血再灌流障害を軽減する可能性が報告されている。一方、健常生体への長時間吸入が安全かどうかは未検証だった。本研究は、ヒト第Ⅰ相試験を見据えて健康マウスでの安全性指標を網羅的にスクリーニングすることを目的とした。
研究方法
- 対象: 10週齢のIGS雌マウス50匹
- 介入方法:
- 水素ガス濃度: 約2.4%(実際の平均測定値は2.27%)
- 酸素濃度: 21%
- 窒素: 残りのバランス
- 投与期間: 72時間
- 流量: 水素群 6.5±0.3 L/分、対照群 3.0±0.0 L/分
- 対照群: 医療用空気のみを投与(n=25)
- 評価方法:
- SHIRPA(SmithKline Beecham, Harwell, Imperial College, Royal London Hospital, Phenotype Assessment)プロトコルによる神経行動学的評価
- 血清学的検査(肝臓・腎臓損傷マーカー、凝固異常、動脈血液ガス分析)
- 組織学的検査(全主要臓器の光学顕微鏡検査と一部の気道の電子顕微鏡検査)
研究結果
- 両群とも72時間のガス曝露後、すべての動物が生存
- 体重: 水素曝露前後で有意な変化なし(水素群: 曝露前29.15±0.41g)
- SHIRPA総合スコア: 水素曝露前後で有意な変化なし
- 自発的運動活動(SHIRPA評価の一部):
- 水素群: 曝露前と比較して有意に低下(P<0.0001)
- 対照群: 曝露前と比較して有意に増加(P=0.0048)
- 曝露前後の変化の差は群間で有意(P<0.0001)
- 血液検査:
- 肝機能マーカー(ALP, ALT, 総ビリルビン): 群間で有意差なし
- 腎機能マーカー(BUN, 血清クレアチニン): 群間で有意差なし
- 白血球数、ヘモグロビン濃度、血小板数: 群間で有意差なし
- 動脈血pH、動脈血二酸化炭素分圧、動脈血酸素分圧/吸入酸素濃度比: 群間で有意差なし
- 組織学的検査:
- 気管、肺、心臓、脳、脾臓、腎臓、小腸、肝臓組織に浮腫、好中球・リンパ球浸潤、顕微鏡的構造的損傷の証拠なし
- 両群とも正常な細胞・微小血管構造を示した
- 水素曝露群の2匹で呼吸上皮の分泌小胞の増加が見られたが、核・ミトコンドリア・繊毛構造は正常
- この研究から、健康なマウスに72時間の水素ガス(約2.4%)を投与しても、自発的運動活動の低下を除いて、重大な副作用を引き起こさないことが示された。自発的運動活動の低下は統計的に有意であったが、その臨床的意義は不明である。すべての動物は正常な皮膚色、活動レベル、移動覚醒、過活動や低活動の兆候なし、正常な体重を示していた。
- 限界
- 血液サンプルの採取が難しいため、血清または組織のH2濃度を定量化しなかった
- 雌マウスのみを研究対象としたため、性別特異的な影響は特定できなかった
- 血液検査は少数の動物で実施され、統計的検出力が低かった
- 単一の用量と投与期間のみの検討で、より高用量・長期間の安全性については結論付けられない
- 多数のエンドポイントを測定したため、偶然による統計的有意差が検出された可能性がある
Appendix(用語解説)
- 虚血再灌流障害: 組織への血流が一時的に遮断された後に回復した際に生じる組織障害のこと。酸素不足の後に酸素が急激に供給されることで活性酸素種が生成され、細胞損傷を引き起こす
- ヒドロキシルラジカル(•OH): 非常に反応性の高い活性酸素種の一種。細胞内の多くの物質(DNA、タンパク質、脂質など)を攻撃して損傷を与える
- 分子状水素(H2): 2つの水素原子からなる無色・無臭の気体。抗酸化作用があり、特にヒドロキシルラジカルを選択的に除去する性質が注目されている
- SHIRPA: マウスの神経学的・行動学的機能を評価するための標準化された検査バッテリー。筋肉・小脳・感覚・神経精神・自律神経機能などを総合的に評価する
- アポトーシス: プログラムされた細胞死のこと。不要または異常な細胞を除去するための自然な生体プロセス
論文情報
タイトル
Safety of inhaled hydrogen gas in healthy mice(健康なマウスにおける水素吸入の安全性)
引用元
Cole, A. R., Raza, A., Ahmed, H., Polizzotti, B. D., Padera, R. F., Andrews, N., & Kheir, J. N. (2019). Safety of inhaled hydrogen gas in healthy mice. Medical gas research, 9(3), 133–138. https://doi.org/10.4103/2045-9912.266988
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