《この記事の監修者》
北里大学獣医学部獣医学科卒業後、北海道農業共済組合で産業動物臨床獣医師として勤務。産業動物の診療をメイン業務としながら、公衆衛生の向上、酪農畜産の普及活動に携わる。
一般社団法人ペットフード協会の調査によると、2022年の猫全体の平均寿命は15.62歳となっており2010年の14.36歳に比べ1歳以上伸びています。1)
平均寿命は伸びているものの、多くの飼い主は「大切な家族の一員である猫にいつまでも元気でいてほしい」と思っているでしょう。
そんな思いを実現するのに手助けとなるかもしれない『水素吸入療法』が、近年注目を集めています。
本記事では、水素吸入療法と猫の健康の関係について、最新研究をもとに考察していきたいと思います。
水素吸入療法と猫の健康について理解できるように解説していきますので、大好きな猫ちゃんのためにもぜひ最後までご覧ください。
猫の健康について
近年、猫における酸化ストレスと疾患発生の関係性が研究されています。酸化ストレスの原因となる活性酸素は、アレルギー・アトピー・白内障・腎不全など、さまざまな疾患に関わる物質です。
猫は、膀胱炎や尿石症、腎不全など、泌尿器系の疾患にかかりやすい動物です。泌尿器系疾患の原因として活性酸素が重要であることは、複数の研究で示唆されています。
過剰な活性酸素の産生は、猫の腎臓病を誘発することも明らかになっており、猫の健康を維持するためにも、酸化ストレス対策を取り入れることが重要です。
猫の健康に対する活性酸素の影響
活性酸素は、猫がストレスを感じたり紫外線を浴びたりすることで、体内で増加する物質です。活性酸素には、細胞を傷つける働きがあり、猫の体内で過剰に作られると、さまざまな疾患につながる恐れがあります。
ただし、猫の健康を維持するためには、一定量の活性酸素の存在も必要です。活性酸素は、猫の体内で古い細胞が新しい細胞に入れ替わる「新陳代謝」に利用されたり、体内に侵入したウイルスに抵抗したりする役割も担っています。
しかし、年齢を重ねるほど新しい細胞を作る能力は徐々に低下し、活性酸素の量をコントロールする機能も低下していきます。そのため、特に老齢の猫では、過剰な活性酸素による障害に注意しなければなりません。
猫の活性酸素を抑制する方法
老齢の猫では、過剰な活性酸素による酸化ストレス対策を行うことが重要です。具体的には、以下のような方法があげられます。
- 猫の生活環境を整える
- 抗酸化物質を摂取する
1つ目は、活性酸素発生の原因となる、ストレスや紫外線から猫を守る方法です。猫のストレス発散につながる遊びを取り入れたり、猫が静かに休める空間を作ったりすることで、日常的なストレスレベルを低下させます。
2つ目は、抗酸化物質を摂取する方法です。抗酸化物質には、活性酸素を減らしたり、正常な細胞が受ける酸化ダメージを軽減したりする働きがあります。抗酸化力をサポートするための、猫用サプリメントや水素水などが販売されているので、かかりつけの獣医師と相談しながら、上手く取り入れることが重要です。
水素吸入は猫の健康に効果がある?
獣医臨床の現場では、猫の酸化ストレス軽減を目的とした、水素吸入の研究が進められています。水素が持つ抗酸化作用を応用することで、猫の麻酔・手術時の酸化ストレスを軽減できる可能性があると主張する研究者は少なくありません。水素ガスの吸入により、猫の酸化ストレスが軽減された事例を紹介します。
猫の麻酔・手術時の酸化ストレス軽減の可能性
平野らは、卵巣摘出手術を行う猫に対して、水素吸入による効果を検討しました。2) 対照群には1〜2%のイソフルランと酸素の混合ガスを、水素ガス吸入群には同濃度の混合ガスに1〜2%の水素ガスを混合して吸入させました。
麻酔・手術の前後で血液検査を行い、酸化ストレスのマーカーであるd-ROMs、抗酸化能のマーカーであるBAPを測定。それぞれの値から、BAP/d-ROMsを算出しました。
予備試験として、水素ガスを吸入させない猫の酸化ストレスマーカーの経時変化を調べたところ、麻酔・手術の終了直後に最も強い変化を確認。そこで本試験では、対照群と水素ガス吸入群で麻酔・手術を行う前と直後の酸化ストレスマーカーを測定・比較することで、水素ガスによる酸化ストレス軽減作用を検討しました。
試験の結果、卵巣摘出手術を行った猫で、d-ROMsの改善傾向とBAP/d-ROMsの有意な改善が見られました。本試験では、犬でも同様の試験結果が得られており、小動物の麻酔・手術時の酸化ストレス軽減を目的とした、水素ガス吸入の臨床応用の可能性を示唆しています。
臨床現場における水素吸入の活用の可能性
抗酸化作用を持つ水素ガスは、猫の麻酔や手術で発生する酸化ストレスを軽減する効果があるといわれています。科学的根拠は乏しいものの、水素吸入が麻酔・手術時のリスク低下につながったという報告は少なくありません。
実際の臨床現場では、特に老齢動物に麻酔処置を行うとき、稀に麻酔に起因した障害や死亡が認められています。冒頭でも述べた通り、老齢になるほど活性酸素による被害を受けやすくなるためです。
獣医臨床の現場でよく使われる麻酔薬の1つとして、吸入麻酔薬イソフルランがあります。イソフルランは、麻酔導入と覚醒が早く、また麻酔の深度を変更しやすいという特徴がある物質です。猫の体内に取り込まれたイソフルランは、肝臓や腎臓での代謝がほとんどなく、代謝系への悪影響はほとんどありません。
しかし、マウスを使った研究では、イソフルランの吸入麻酔を行うと、アポトーシスの誘導による脳障害が惹起されるとの結果も明らかになっています。また、吸入麻酔薬イソフルランによる認知障害の一部に、アポトーシスの誘導や活性酸素レベルの増加が関与することが証明されています。
特に開腹手術は、酸化ストレスを強く受けるため、イソフルランを使用する際は、細心の注意を払わなければなりません。
以上のように、麻酔や手術は酸化ストレスを誘発することが推察されています。臨床現場における水素吸入の普及により、酸化ストレスによる障害の減少が期待されています。
【私はこう考える】水素吸入療法と猫
水素吸入は、もともと人の医療現場で使われていた施術方法です。還元作用がある水素を吸入することで、体内における活性酸素の働きを阻害して、正常な細胞を守る役割を果たします。
猫の水素吸入に関する研究は始まったばかりで、その効果はまだ不明な部分も少なくありません。しかし、本記事で紹介したような事例も少しずつ出始めており、今後のさらなる研究に期待したいところです。
特に老齢の猫でよく問題になる泌尿器系疾患は、過剰な活性酸素が原因になる場合が多くあります。動物医療の現場での水素吸入が普及することで、病気で苦しむ猫たちが少しでも減ることを期待したいものです。
参考文献
- 2022年(令和4年)全国犬猫飼育実態調査 結果
- 水素ガスの吸入は麻酔および手術で誘発された犬や猫の酸化ストレスを軽減する by 平野 伸一、長持薫、黒川亮介、驚単誠(https://www.e-miz.co.jp/file/anesthesia.pdf)
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