《この記事の執筆者》
国立大学医学部卒。大学病院で25診療科を経験したのち、大阪や愛知、静岡、徳島など各地域の拠点病院で科の垣根を越えて診療に従事。基礎医学研究をしていた期間もあり、研究発表では最優秀賞を受賞。その後東京都の公立病院で内科全般、精神科、麻酔科、産婦人科、救急医療などに携わる。
放射線治療による副作用の一つである「放射線精巣機能障害」。がん治療を受ける男性にとって、特に将来の生殖能力に関わるこの問題は深刻です。
しかし、この副作用に対して水素吸入が有効かもしれないことが示唆されていることをご存じでしょうか?
本記事では、放射線精巣機能障害の基礎知識から、水素吸入と放射線による精巣機能障害の関係について解説します。これから放射線治療を受けられる男性は、知っておいて損はない情報ですので、ぜひ最後までご覧ください。
放射線精巣機能障害について
放射線精巣機能障害は、がんに対する放射線治療の副作用で精巣機能に異常をきたす疾患です。
放射線治療の照射範囲に精巣が含まれている場合、精巣機能が落ちたり、精子が作れなくなったりする可能性があり、大きな問題となっています1)。
特に小児・思春期・若年成人世代のがん患者さんで、将来的に子供を授かりたいと考えている場合には深刻な問題となります。
放射線精巣機能障害の原因
放射線精巣機能障害は、主に精巣への放射線の照射が原因です。
精巣周辺のがんへの放射線照射や全身照射を行う場合などには、精巣への照射を避けるのが難しく、精巣機能障害を引き起こします1)。
ほかにも、精子の形成にかかわるホルモンを分泌する脳の視床下部や下垂体へ照射した場合に精巣機能障害となることがあります。
放射線精巣機能障害の症状
精巣は放射線の影響がとくに強い臓器です。
一般的に放射線治療では約60Gyの線量を照射しますが、精巣は0.1Gyの照射でも機能が低下するといわれています2,3)。
放射線の線量ごとの症状は次のとおりです4)。
- 1〜3Gy:無精子症になるが、時間が経つと回復する。
- 3〜6Gy:無精子症になり、時間が経っても回復しにくい。
- 6Gy以上:無精子症になり、回復しない。
- 20Gy以上:男性ホルモンの産生が低下する。
放射線精巣機能障害の治療
放射線照射によって精巣機能が低下した場合には特異な治療法はなく、経過を見て回復するかどうかを判断します。
近年、精巣に放射線が照射される可能性がある場合は、妊孕性温存療法を行うことが増えてきました1)。妊孕性温存療法とは、放射線治療の前に精子を採取して保存する治療です。
水素吸入は放射線精巣機能障害の予防・改善に効果はある?
放射線が精巣に照射された場合は、自然に機能が回復するのを期待するしかありませんでした。
そのようななか、水素吸入が放射線精巣機能障害に有効な可能性が報告されています。
水素吸入は放射線が生み出す活性酸素に対して抗酸化・抗炎症作用を発揮し、さまざまな放射線治療の副作用に有効だといわれてきました。
ここでは2つの研究報告を見ていきましょう。
水素が放射線精巣機能障害の重症化を予防する
1つ目の研究では、マウスを用いて水素が放射線精巣機能障害に有効であるかを調べました5)。
マウスを水素水投与群と生理食塩水投与群にわけ、それぞれ放射線照射の5分前にお腹へ注入しています。
照射後29日目の結果は次のとおりです。
- 放射線照射で精子数は減少したが、水素水投与群は生理食塩水投与群よりも精子の数が有意に多かった。
- その倍率は線量ごとに異なり、0.5Gyで1.4倍、1.0Gyで1.5倍、2.0Gyで1.6倍、4.0Gyで1.7倍であった。
- 放射線照射で精子や精子の元となる精母細胞は顕微鏡観察でも減少したが、水素水投与群は生理食塩水投与群よりも有意に多かった。
これらの結果から、水素が放射線精巣機能障害の重症化を予防する可能性が示唆されたといえます。
水素吸入は水素水よりも吸収効率が高いため、同実験を水素吸入で行った場合はより有効な結果が示されるかもしれません。
水素が放射線による精子の形態異常を改善する
2つ目の研究では、マウスを用いて水素が放射線による精子の形態異常に有効であるかを調べました6)。
マウスを水素水投与群と通常水投与群にわけ、それぞれ放射線照射を週2回、8週間行っています。照射時間外はそれぞれいつでも水分を経口摂取できるようにしました。
その結果、放射線照射により精子の頭部にさまざまな形態異常が起きたものの、水素水投与群は通常水投与群にくらべて、どの線量(0.1Gy、0.5Gy、1Gy、2Gy)でも形態異常の割合は1〜2%有意に減少しました。
この結果から、水素が放射線精巣機能障害の形態異常を改善する可能性が示唆されたといえます。
水素水よりも吸収率の高い水素吸入で研究をすれば、形態異常の割合はより改善するかもしれません。
【私はこう考える】水素吸入と放射線精巣機能障害
水素吸入の放射線精巣機能障害における有効性を解説しました。
水素が放射線による精子数の減少を抑えたり、精子の形態異常を改善させたりする結果が報告されたのは重要な知見だといえます。
しかしながらここで取り上げた報告は2つとも水素水と放射線精巣機能障害の関係性であり、水素吸入を用いた研究は現在実施されていません。
また、動物実験のみの知見であり、ヒトでの有効性が証明されたことにはなりません。
ただし少なくとも放射線性精巣障害に対する水素の有効性は示唆されており、今後の解明に期待ができます。ヒトでの臨床試験や水素吸入の知見が増えていくのは時間の問題でしょう。
今後、水素吸入がヒトでの放射線精巣機能障害に有効である可能性がますます報告されるのを期待しています。
参考文献
- 男性の方へ|千葉県がん・生殖医療ネットワーク
- 原発不明がん – 放射線治療|九州大学病院がんセンター
- 第3章 放射線による健康影響|環境省
- 小児がん放射線治療における生殖機能障害について|【第 56 回日本小児血液・がん学会学術集会】シンポジウム 6:小児がん治療と機能温存,その意義は
- Chuai, Y., Shen, J., Qian, L., Wang, Y., Huang, Y., Gao, F., Cui, J., Ni, J., Zhao, L., Liu, S., Sun, X., Li, B., & Cai, J. (2012). Hydrogen-rich saline protects spermatogenesis and hematopoiesis in irradiated BALB/c mice. Medical science monitor : international medical journal of experimental and clinical research, 18(3), BR89–BR94. https://doi.org/10.12659/msm.882513
- Guo, J., Zhao, D., Lei, X., Zhao, H., Yang, Y., Zhang, P., Liu, P., Xu, Y., Zhu, M., Liu, H., Chen, Y., Chuai, Y., Li, B., Gao, F., & Cai, J. (2016). Protective effects of hydrogen against low-dose long-term radiation-induced damage to the behavioral performances, hematopoietic system, genital system, and splenic lymphocytes in mice. Oxidative Medicine and Cellular Longevity, 2016, Article ID 1947819, 15 pages. https://doi.org/10.1155/2016/1947819