研究論文
水素吸入は短期および長期の記憶喪失を軽減する

水素吸入は短期および長期の記憶喪失を軽減する

一言まとめ

ラットの多発性敗血症モデルにおいて、水素ガスの慢性吸入(1日1時間、10日間)が、敗血症による短期および長期の記憶障害を改善し、生存率を向上させた。また、敗血症急性期の水素吸入は、海馬と前頭前皮質の炎症を抑制し、Nrf2の発現を増加させた。

3分で読める詳細解説

結論

水素ガスの慢性吸入は、敗血症による記憶障害を防ぐ簡便で安全性の高い有望な治療法である。

研究の背景と目的

敗血症は全身性の過剰な炎症反応を引き起こし、中枢神経系にも影響を及ぼす。敗血症生存者の多くが、長期的な認知機能障害や記憶喪失を呈する。水素は抗酸化、抗炎症、抗アポトーシス作用を有することが知られているが、敗血症治療における慢性的な水素吸入の効果や機序は十分に解明されていない。本研究では、敗血症ラットモデルにおける水素吸入の記憶障害に対する効果と、その機序について検討した。

研究方法

  • 雄性Wistarラットを盲腸結紮穿刺(CLP)により敗血症モデルを作製し、Sham手術群とCLP群に分けた。
  • 各群をさらに大気吸入群と水素吸入群(2%水素ガス、1日1時間、10日間)に分けた。
  • 行動実験として、オープンフィールド試験、新奇物体認識試験、恐怖条件付け試験を実施し、短期および長期記憶を評価した。
  • 急性期の水素吸入の効果を検討するため、CLP後1時間目から3時間の水素吸入を行い、24時間後に海馬と前頭前皮質のサイトカイン濃度とNrf2発現量を測定した。

研究結果

  • 水素吸入群のCLPラットは、大気吸入群と比較して有意に生存率が高かった(81% vs 53%)。
  • オープンフィールド試験、新奇物体認識試験、恐怖条件付け試験のいずれにおいても、CLPによる短期および長期記憶障害が水素吸入により有意に改善した。
  • 急性期の水素吸入により、海馬と前頭前皮質のIL-6、IL-1βが低下し、IL-10が増加した。
  • 急性期の水素吸入により、海馬と前頭前皮質のNrf2発現量が増加した。

Appendix(用語解説)

  • 盲腸結紮穿刺(CLP): 盲腸を結紮し穿刺することで腹膜炎を引き起こし、敗血症モデルを作製する方法。
  • オープンフィールド試験: 動物を円形の装置内で自由に探索させ、移動距離や立ち上がり回数を測定することで、運動量や不安様行動を評価する方法。
  • 新奇物体認識試験: 動物を箱の中で、既知の物体と新奇な物体に触れさせ、新奇物体への探索時間の割合を測定することで、認知機能を評価する方法。
  • 恐怖条件付け試験: 特定の環境下で動物に嫌悪刺激を与えることで、その環境に対する恐怖記憶を形成させ、後にその環境に再暴露した際の恐怖反応(すくみ行動)を測定することで、恐怖記憶の想起を評価する方法。
  • Nrf2: 酸化ストレスや炎症に対する防御に関わる遺伝子の発現を制御する転写因子。

論文情報

タイトル

Chronic molecular hydrogen inhalation mitigates short and long-term memory loss in polymicrobial sepsis(多発性敗血症における慢性的な水素吸入は短期および長期の記憶喪失を軽減する)

引用元

Jesus, A. A., Passaglia, P., Santos, B. M., Rodrigues-Santos, I., Flores, R. A., Batalhão, M. E., Stabile, A. M., & Cárnio, E. C. (2020). Chronic molecular hydrogen inhalation mitigates short and long-term memory loss in polymicrobial sepsis. Brain research1739, 146857. https://doi.org/10.1016/j.brainres.2020.146857

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