水素吸入による脳と自律神経の連動的な応答を確認

結論
健康な成人に30分間の水素吸入を行ったところ、脳の活動パターンと自律神経のバランスが一時的に変化した。吸入中は脳の注意や覚醒に関わる領域(前頭前野)への酸素供給が増え、心拍リズムもやや緊張方向に傾いた。しかし吸入後は心拍数が落ち着き、リラックス方向へと回復した。こうした「覚醒→回復」の連動的な応答を脳と自律神経の両面から捉えた初めてのヒト研究である。
研究の背景と目的
水素ガスの抗酸化・抗炎症作用は、これまで多くの疾患モデルで報告されてきた。しかし「吸入した直後にヒトの脳や自律神経がどう反応するか」はほとんど調べられていなかった。
本研究では、健康な成人に30分間の水素吸入を行い、脳の酸素化と自律神経活動の急性変化を同時に測定。水素の即時的な生体応答を捉えることを目的とした。
研究方法
健康な成人15名(男性8名・女性7名、平均年齢53.3歳)を対象に、30分間の水素吸入の前後で脳の酸素化と心電図を記録した。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象者 | 健康な成人15名(男性8名・女性7名、平均年齢53.3±12.1歳) |
| 水素吸入条件 | 99.9%水素ガス、鼻カニューレ、流量300 mL/分、30分間 |
| 脳酸素化の測定 | TD-NIRS※で左右の前頭前野を測定 |
| 自律神経の測定 | 心電図による心拍数・心拍変動の解析 |
| 測定タイミング | 吸入前・吸入直後・30分後・90分後の計4時点 |
| 研究デザイン | 探索的パイロット研究(プラセボ対照群なし) |
主な評価項目は以下のとおりである。
- 酸素化ヘモグロビンの左右差(脳の酸素化が左右どちらに偏っているかを示す「非対称性指数」)
- 心拍数とR-R間隔(心臓の拍動ペースの変化)
- 心拍変動のLF/HF比(交感神経と副交感神経のバランスを反映する指標)
- 平均血圧
研究の主な結果
本研究の結果から、以下の2点を取り上げる。
- ① 脳の酸素化バランスが一時的に右側優位にシフトした
- ② 自律神経のバランスが一時的に変化した
① 脳の酸素化バランスが一時的に右側優位にシフトした
水素吸入の前後で、左右の前頭前野における酸素化ヘモグロビンのバランス(非対称性指数)を比較した。
| 時点 | 酸素化ヘモグロビンの左右バランス | 吸入前との比較 |
|---|---|---|
| T1:吸入前 | −0.031(やや左側優位) | ― |
| T2:吸入直後 | +0.054(右側優位にシフト) | p=0.014 |
| T3:30分後 | −0.016(ほぼ中立に復帰) | p=0.102 |
| T4:90分後 | +0.011(ほぼ中立) | p=0.054 |
以下は、非対称性指数の変化を示した図である。

水素吸入直後に脳の酸素化バランスが右側優位にシフトし、その変化は30分後にはほぼ元に戻った。効果量は大きく(d=0.790)、感度分析でも方向性は一貫していた。
なお、脱酸素化ヘモグロビンの左右バランスには有意な変化がなく、酸素化ヘモグロビンに選択的な変化であった点も特徴的である。
② 自律神経のバランスが一時的に変化した
水素吸入中および吸入後の心拍数と、自律神経バランスの指標であるLF/HF比の変化を調べた。
| 時点 | 心拍数 | LF/HF比 |
|---|---|---|
| S1:吸入前 | 約75 bpm | 約1.0 |
| S2:吸入中 | 約72 bpm(p=0.009) | 上昇傾向(p=0.070) |
| S3:吸入直後 | 約71 bpm(p=0.037) | ベースラインに復帰 |
| S4:30分後 | 約70 bpm(p=0.015) | ベースラインに復帰 |
以下は、吸入前後の心拍数とLF/HF比の推移を示した図である。

水素吸入中はLF/HF比が上昇する傾向にあり、交感神経が一時的に優位になったことを示唆している。統計的に有意とまでは言えなかったものの(補正後p=0.070)、吸入後は心拍数がゆるやかに低下した(d=-0.746)。副交感神経が回復に向かうパターンが確認された。
つまり「吸入中の一時的な交感神経活性化→吸入後の副交感神経による回復」という二相性の応答が観察された。
考察と今後の課題
この右側シフトのメカニズムには、水素の抗酸化作用が関わっていると考えられている。水素がヒドロキシルラジカル(体内で最も有害な活性酸素の一種)を除去することで、血管を広げる一酸化窒素(NO)の分解を防ぎ、脳への血流が増えた可能性がある。
右前頭前野は注意・覚醒・自律神経の制御に関わる領域である。水素吸入がこの「脳–自律神経ネットワーク」を一時的に活性化した可能性がある。なお、研究期間中に血圧の有意な変動や有害事象は報告されておらず、安全性の面でも問題は認められなかった。
ただし、本研究はプラセボ(偽ガス)対照群を設けていない。そのため、観察された変化が水素固有の作用なのか、座位安静を続けたことによる自然変動なのかを区別できない。脳データの分析対象は品質基準を満たした11名にとどまり、探索的な位置づけである。今後はプラセボを用いたランダム化比較試験(偽の治療を受けるグループと比較する厳密な研究手法)と、認知課題を組み合わせた検証が不可欠である。
すいかつねっと編集部の感想
本研究は、水素吸入が脳の酸素化と自律神経の両方に即時的な変化をもたらすことを、ヒトの生体データとして初めて示した点で注目に値します。「水素は体にいいらしい」という漠然としたイメージに対して、脳レベルでの具体的な変化を捉えようとした意欲的な研究です。
興味深いことに、水素水を飲んだ場合でも交感神経活動の上昇が報告されています。投与経路を問わず自律神経への作用が再現される可能性があります。また、別の研究では4週間の水素吸入で認知機能マーカーが改善したことも報告されており、今回観察された脳酸素化の変化が認知面にどうつながるのかは、今後の重要なテーマです。
ただし、対照群なし・少人数の探索的研究であり、「水素で脳が活性化する」と結論づけるのは時期尚早です。あくまで「こういう現象が起きるようだ」という最初の一歩として受け止めるのが適切でしょう。
用語解説
| 用語 | 解説 |
|---|---|
| TD-NIRS(時間分解近赤外線分光法) | 近赤外光を頭皮に照射し、脳の酸素化・脱酸素化ヘモグロビン濃度を非侵襲的に測定する手法。通常の近赤外線分光法(CW-NIRS)より高精度に絶対濃度を定量できる |
| 非対称性指数(AI) | 左右の前頭前野における酸素化ヘモグロビン濃度の差を数値化した指標。正の値は右側優位、負の値は左側優位を示す |
| LF/HF比 | 心拍変動の周波数解析から算出される指標。LF(低周波成分)とHF(高周波成分)の比率で、交感神経と副交感神経のバランスを反映する |
| 前頭前野(PFC) | 額の裏側に位置する大脳皮質の領域。注意、判断、感情調節、作業記憶など高次の認知機能を担う |
| 一酸化窒素(NO) | 血管の内壁から放出され、血管を拡張させる作用を持つ物質。水素はNOを分解する活性酸素を除去することで、NOの働きを間接的に保護すると考えられている |
論文情報
論文タイトル
Hydrogen inhalation is associated with a transient rightward shift in prefrontal oxyhemoglobin asymmetry and autonomic modulation(水素吸入は前頭前野の酸素化ヘモグロビン非対称性の一過的な右方シフトと自律神経調節に関連する)
引用元
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