研究論文
Inhalation of high-concentration hydrogen gas attenuates cognitive deficits in a rat model of asphyxia induced-cardiac arrest(高濃度水素吸入が窒息性心停止モデルラットの認知機能障害を軽減する)

水素吸入が窒息性心停止による認知機能障害を軽減

一言まとめ

窒息による心停止を起こしたラットに対し、67%の水素吸入を行ったところ、海馬CA1領域の神経変性が抑制され、空間学習や記憶機能が有意に改善した。

3分で読める詳細解説

結論

水素吸入は心停止後の海馬機能障害を軽減し、長期的な空間学習・記憶を改善する可能性がある

研究の背景と目的

心停止後に生じる脳虚血状態は、海馬など複数の脳領域に大きなダメージを与え、認知機能障害を引き起こすことが知られている。特に海馬のCA1領域は虚血の影響を受けやすく、記憶や学習能力の低下に深く関与する。近年、水素には抗酸化作用や抗アポトーシス作用などが報告され、脳虚血に伴う神経障害を改善する可能性が示唆されてきた。本研究では、水素水電気分解装置によって得られる67%という高濃度の水素を吸入させることで、心停止後の長期的な認知機能に与える影響を検証することが目的となる。

研究方法

  • 対象者(動物モデル)
    • 9か月齢のオスSprague-Dawleyラット44匹(体重450–550 g)を使用。下記の4群に割り振り
      • Sham群(偽手術群, n=6)
      • ACA(Asphyxia-induced Cardiac Arrest)群(n=13)
      • ACA + 水素吸入(Post-treatment)群(n=13)
      • ACA + 水素吸入(Pre- & Post-treatment)群(n=12)
  • 介入方法
    • 窒息による心停止(ACA)を誘発後、心肺蘇生(CPR)で自発循環回復(ROSC)を得るプロトコルを実施。
    • 水素吸入は、水電気分解装置由来の「67%水素+33%酸素」ガスを用いた。
    • Pre- & Post-treatment群:心停止誘導の1時間前から1時間吸入し、さらにROSC後1時間から追加で1時間吸入。
    • Post-treatment群:ROSC後1時間から2時間吸入。
    • 論文内において、水素の具体的な流量などの詳細は明確な記述なし。
  • 対照群の設定
    • ACA後に水素を使用しない群(ACA群)と、そもそも心停止を起こさないSham群を対照として設定。
    • 評価方法
    • T-maze(7日目):探索行動と作業記憶を評価。腕を自発的に左右交互に選択する「自発交替率」を測定。
    • Morris water maze(14日目開始~18日目):空間学習と記憶を評価。プラットフォームのある水槽内での移動距離や滞在時間を測定。
    • Fluoro-Jade C染色(7日目および18日目):海馬CA1領域の神経細胞変性を定量評価。

研究結果

  • T-maze(7日目)
    • ACA群はSham群に比べて自発交替率が有意に低下(p=0.025)。
    • 水素吸入群(Pre- & Post-treatment群、Post-treatment群)は、ACA群より自発交替率が高い傾向を示したが、有意差は得られず(p=0.345, p=0.295)。
  • Morris water maze(14–18日目)
    • ACA群はSham群に比べ、4日目(18日目)の学習試行において泳ぐ総距離が有意に長かった(p=0.012)。
    • 水素吸入群はいずれも総泳距離が有意に短縮(p=0.025, p=0.01)し、プラットフォーム周辺(元々あった区画)に滞在する時間も長く、空間学習・記憶機能の改善が示唆された。
  • 海馬CA1領域の神経変性(Fluoro-Jade C染色)
    • ACA群では、7日目(p=0.016)および18日目(p=0.013)のいずれもSham群に比べて神経細胞変性が有意に増加。
    • 水素吸入群はいずれも神経細胞変性が緩和し、18日目ではPost-treatment群(p=0.027)、Pre- & Post-treatment群(p=0.016)で有意な神経保護効果が認められた。
  • 研究の限界
    • 評価期間が18日目までであり、より長期的な効果は未検証。
    • 高濃度水素がどのような分子経路を介して神経保護に寄与するか、詳細なメカニズムは不明。

Appendix(用語解説)

  • 心停止(Cardiac Arrest):心臓が突然ポンプ機能を停止し、全身への血流が途絶える状態。脳を含む臓器への酸素・栄養供給が絶たれ、重篤な障害が生じる。
  • 海馬(Hippocampus):脳の奥深くに位置し、学習・記憶機能を担う領域。特にCA1領域は酸素不足に弱い。
  • T-maze:T字型の迷路でラットなどの行動実験に用いる。作業記憶や探索行動を簡便に評価可能。
  • Morris water maze(モリス水迷路):水槽に隠されたプラットフォームを探索させ、ラットの空間学習・記憶能力を評価する装置。水中を泳ぐ経路や到達時間から認知機能を測定する。
  • Fluoro-Jade C染色:神経細胞の変性・死滅を可視化する蛍光色素染色の手法。変性したニューロンが蛍光を発し数を定量できる。

論文情報

タイトル

Inhalation of high-concentration hydrogen gas attenuates cognitive deficits in a rat model of asphyxia induced-cardiac arrest(高濃度水素吸入が窒息性心停止モデルラットの認知機能障害を軽減する)

引用元

Huang, L., Applegate Ii, R. L., Applegate, P. M., Gong, L., Ocak, U., Boling, W., & Zhang, J. H. (2019). Inhalation of high-concentration hydrogen gas attenuates cognitive deficits in a rat model of asphyxia induced-cardiac arrest. Medical gas research9(3), 122–126. https://doi.org/10.4103/2045-9912.266986

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