《この記事の執筆者》
2011年国立大学医学部卒。初期臨床研修を経て総合診療医として勤務しながら、さまざまな疾患の患者さんに向き合う治療に従事。医療行政に従事していた期間もあり、精神福祉、母子保健、感染症、がん対策、生活習慣病対策などに携わる。結核研究所や国立医療科学院での研修も積む。2020年からは医療法人ウェルパートナーで主任医師を勤める。
2007年、水素ガスが私たちの体にダメージを与える活性酸素を取り除く効果があるという研究結果が発表されました。それ以降、水素ガスは病気の治療に応用できないかさまざまな研究が重ねられています。新型コロナウイルス感染症の治療にも水素ガスが使用され、一定の効果を得られたことが分かりました。
今回は、新型コロナウイルス感染症と水素ガスの関係について現状で明らかになっていることを詳しく解説します。
《▼YouTube動画版での解説▼》
水素吸入療法で新型コロナの咳や息苦しさが軽減
2020年、中国で新型コロナウイルス感染症による咳、息苦しさ、胸の痛みなどの呼吸器症状が水素ガスと酸素ガスの吸入によって改善するとの研究結果が報告されました1)。
研究結果によれば、新型コロナウイルス感染症患者で水素ガスと酸素ガスの混合ガスを吸入する群と吸入しない群に分けて比較したところ、吸入をした群の方が明らかに呼吸器症状が改善していたとのこと。具体的には、以下のように吸入した群としていない群では重症度の改善率が大きく異なりました。
吸入した群 | 吸入していない群 | |
---|---|---|
治療開始2日目 | 20.5% | 2.3% |
治療開始3日目 | 31.8% | 11.5% |
治療終了時 | 70.5% | 31.8% |
また、呼吸困難や胸の痛みなどの症状も水素ガスと酸素ガスを吸入した群はしていない群に比べて改善率が明らかに高かったとのことです。
この研究結果から、水素ガスの吸入は新型コロナウイルス感染症の呼吸器症状を改善する可能性が示唆されました。水素ガスと酸素ガスは気道での抵抗がなく呼吸によって取り込みやすいガスであることが理由と考えられています。しかし、現在のところどのようなメカニズムで新型コロナウイルス感染症の症状を改善させるのか解明されていません。
一方で、水素ガスには炎症を鎮める働きがあるため、呼吸器の炎症改善を促して回復までの時間を早めるとも考えられています2)。
水素吸入療法は新型コロナの後遺症を改善する
2021年にはロシアで水素ガスが新型コロナウイルス感染症による後遺症の症状を改善させたという研究結果が発表されました3)。
新型コロナウイルス感染症は症状が回復したあとにも、疲労感やだるさ、関節や筋肉の痛み、息切れ、脱毛、頭痛などさまざまな後遺症を残すことが知られています。この研究では疲労感が長続きする患者を対象に、水素ガス吸入をする群としない群に分けて全身にどのような変化が生じるか調査を行いました。
調査の結果、水素ガス吸入を10日間行った群は血流、全身の炎症や代謝機能、酸素の運搬機能などが改善し、歩行能力も高まったことが明らかになっています。
水素ガスには活性酸素を取り除く働きがあるため、血管へのダメージが軽減して血流が改善したことが大きな要因であると考えられますが明確なメカニズムは解明されていません。しかし、新型コロナウイルス感染症の後遺症への新たな治療法として注目を集めています。
水素吸入療法は新型コロナを重症化させる病気を改善する
新型コロナウイルスは、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、糖尿病、脂質異常症、高血圧などの生活習慣病があると重症化するリスクが高くなります。
水素ガスには体内の活性酸素を取り除く働きがあり、これらの生活習慣病の発症や重症化を予防する効果があると考えられています4)。
水素ガス吸入は直接的に新型コロナウイルス感染症の予防になるかはまだはっきりとしていません。
しかし、日頃から重症化のリスクとなる生活習慣病対策をしておくことで万が一感染した場合でも重症化を防げる可能性があります。
水素吸入療法は新型コロナの予防や治療に効果がある
活性酸素を取り除き、抗炎症作用を持つ水素ガスは私たちの体にさまざまな効果をもたらすことが明らかになっています。
近年では新型コロナウイルス感染症の治療や後遺症へのケアなどにも用いられており、予防効果も期待できます。
水素ガスの効果はまだ分かっていない部分も多く、確実に新型コロナウイルス感染症の予防や治療に効果があると断言することはできません。しかし、中国やロシアの研究発表によれば水素ガスには一定の治療効果があるといえるでしょう。
今後も水素ガスの研究解明が進み、新型コロナウイルス感染症をはじめとしたさまざまな病気の治療に応用されることが期待されています。
【私はこう考える】水素吸入療法と新型コロナ
水素ガス吸入は心停止患者さんへの適応が先進医療に指定されていたこともあり、今注目されている治療法の一つです。活性酸素を取り除く働きがあるため、活性酸素が関わるさまざまな病気の治療に応用できないか研究が重ねられています。
重症化した新型コロナウイルス感染症は治療が困難なケースも多く、命を落とす結果となることも少なくありません。中国の研究結果では水素ガスの吸入は重症化予防に役立つ可能性を持つことが示唆されており、今後の発展が望まれます。
また、水素ガスには後遺症を改善したり、万が一感染した場合の重症化を予防したりする効果も期待できます。もちろん、水素ガスの吸入だけで新型コロナウイルス感染症の予防や治療はできませんが、一つの対策法として始めてめてみるのもよいでしょう。
参考文献
- Joural og thoracic disease Vol 12,No.6「Hydrogen/oxygen mixed gas inhalation improves disease severity and dyspnea in patients with Coronavirus disease 2019 in a recent multicenter, open-label clinical trial」https://jtd.amegroups.org/article/view/40994/html
- Vol. 57 No. 1 ファルマシア「水素ガス吸入療法の現状と将来性」https://www.jstage.jst.go.jp/article/faruawpsj/57/1/57_44/_pdf
- Cardiovascular Therapy and Prevention. 2021;20(6):2986.「Hydrogen inhalation in rehabilitation program of the medical staff recovered from COVID-19」https://cardiovascular.elpub.ru/jour/article/view/2986?locale=en_US
- 保健医療学雑誌11巻2号, pp160-17「活性酸素種と水素療法」https://www.jstage.jst.go.jp/article/jalliedhealthsci/11/2/11_160/_pdf