《この記事の執筆者》
国立大学医学部卒。大学病院で25診療科を経験したのち、大阪や愛知、静岡、徳島など各地域の拠点病院で科の垣根を越えて診療に従事。基礎医学研究をしていた期間もあり、研究発表では最優秀賞を受賞。その後東京都の公立病院で内科全般、精神科、麻酔科、産婦人科、救急医療などに携わる。
COPD(慢性閉塞性肺疾患)は、長期的な咳や痰、息切れなどの症状が特徴の重い呼吸器疾患です。
主な原因は喫煙であり、日本だけで500万人以上の患者がいると言われています。
治療法として禁煙や薬物療法が一般的ですが、最近注目されているのが水素吸入療法です。研究では、水素吸入がCOPDの進行を予防し、症状を和らげる可能性が示されています。
本記事では、最新の研究結果を元に水素吸入のCOPDに対する予防・改善に役立つ可能性について詳しく解説します。COPDで悩む方々にとって新たな希望となるかもしれません。
COPDとは
COPDは慢性閉塞性肺疾患の略で、以前慢性気管支炎や肺気腫と呼ばれていた肺の炎症性疾患の総称です。
慢性気管支炎では長期間にわたる咳や痰、肺気腫では息切れや呼吸困難が主な症状となります。COPDではこれらの症状が組み合わさって現れることが多いです。
COPD診断と治療のためのガイドライン第6版によると、日本の発症者数は500万人を超えていると推定されており、国の大きな課題です1)。
COPDの原因
COPDの原因は喫煙が最も多いです1,2)。
なぜならタバコの煙は気道に炎症を起こして気管支を狭くしたり、肺胞という酸素を取り入れる小さな袋を壊したりするからです。
実に喫煙者の15〜20%がCOPDを発症するといわれており、決してめずらしい病気ではありません。
また、喫煙以外の原因として、次のものが挙げられます。
- 粉じん
- 大気汚染
- 乳幼児期の呼吸器感染
- 遺伝
COPDの症状
タバコの煙で気管支に炎症が起きると咳や痰が出るようになったり、気管支が狭くなって息が吐きにくく、歩くだけで呼吸が苦しくなったりします1,2)。
ヒューヒューとぜんそくのような症状が出ることもときどきあります。
COPDの初期では症状がないか咳や痰があるだけのことが多いです。
しかしその後、気道の感染症などにより徐々に症状が悪くなります。突然、急性増悪という予後が非常に悪い状態になることもあり、注意が必要です。
COPDの治療
喫煙によって一度壊れてしまった肺胞が元に戻ることはないため、治療の目的は進行の予防や症状の改善、生活の質の向上などになります1,2)。
治療のポイントを以下にまとめました。
- 治療の基本は禁煙
- 薬物療法にさまざまな吸入薬を使用
- 非薬物療法の中心は呼吸リハビリテーション
- 在宅酸素療法などで呼吸をサポートすることもある
- 重症化予防にインフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンの接種
水素吸入はCOPDの予防に役立つ?
COPDの薬物療法では、増悪を予防する目的でステロイドを用いることはありますが、気管支拡張薬など対症療法的に用いる薬剤が主です1,2)。
そのため、COPDの進行予防に直結する治療法の研究が世界中で行われています。そのなかには水素吸入も含まれており、水素の抗炎症作用がCOPDに有効な可能性が示唆されています。
ここではマウスとヒトの研究をそれぞれ見ていきましょう。
水素吸入がCOPDの進行を予防した
この研究では6〜8週齢のマウスにタバコの煙を90日間曝露させ、COPDモデルマウスを作成しました3)。
水素吸入群ではタバコの曝露60日目から水素を噴霧吸入させ、対照群は空気を吸入させています。そして91日目から肺機能評価をした後、解剖して組織を調べました。
すると水素吸入群は対照群に比べ、肺機能の低下や肺組織の損傷、気道炎症などが有意に抑えられました。
この結果から、動物実験レベルでは水素吸入がCOPDの進行を予防する可能性が示唆されたといえます。
水素吸入がヒトでCOPDの炎症を抑制した
次に、ヒトでの研究です。COPD患者10名に2.4%水素の吸入を行い、水素吸入の前後で血中や呼気中の炎症に関わる物質の量を測定しました4)。
するとMCP-1と呼ばれる白血球を活性化する物質やIL-4やIL-6などの白血球から放出される炎症物質が有意に減少することが示されました。
これらの物質はCOPDを発症すると増加することが知られています。
この結果から、水素吸入がヒトにおいてCOPDの炎症を抑えて進行を予防できる可能性が示唆されたといえます。
水素吸入はCOPDの改善に役立つ?
ここまで水素吸入がCOPDの予防に役立つ可能性を示しました。
COPDは、症状を和らげて生活の質を向上させることも非常に大切です。実は、このCOPDの症状改善にも水素吸入が有効な可能性が報告されています。
水素吸入がCOPDの症状を改善した
この研究では、標準治療を受けていて病状が安定している40歳以上の患者6名を対象としています5)。
水素吸入を30日間行い、その前後で自覚的な症状や肺機能などの評価を行いました。結果は次の通りです。
- 自覚的症状評価であるCATスコア、mMRCスコアは有意に改善した。
- 肺機能、睡眠の質、炎症マーカーなどの改善は有意ではなかった。
この結果から、ヒトにおいて水素吸入がCOPDの症状を改善させる可能性を示唆しているといえます。
【私はこう考える】水素吸入とCOPD
ここまで3つの研究報告を見てきました。
これらの研究からいえるのは、ヒトのCOPDにおいて水素吸入がミクロの部分にどれくらい効果があるのか、知見がまだ乏しいということです。
実際ヒトで抗炎症作用を及ぼす可能性は示唆されていましたが、症状が改善した旨の論文では抗炎症作用に有意差がなく、研究により結果が異なっています。
また被験者の数も数名と少なく、結果の精度もまだ低い段階だと考えられます。
しかしながら、動物実験では抗炎症作用や肺機能低下の改善、肺組織損傷の予防など、あらゆるレベルでCOPDに水素吸入が有効な可能性が報告されていました。
もちろん動物実験と臨床試験では結果が異なることもありますが、動物実験で得られた結果が基礎となり臨床試験が行われるため、ヒトでも幅広く有効な可能性は低くはないでしょう。
また、ヒトにおいて症状の改善が示されたのは大きな成果といえます。なぜならCOPDの症状は生活に支障をきたし、苦痛を伴うことが多いからです。
今後、水素吸入がヒトのCOPDにおいてより幅広く有効な可能性を示唆する論文が増えていくことを期待しています。
参考文献
- COPD診断と治療のためのガイドライン2022|一般社団法人日本呼吸器学会
- 慢性閉塞性肺疾患(COPD)|一般社団法人日本呼吸器学会
- Lu, W., Li, D., Hu, J., Mei, H., Shu, J., Long, Z., Yuan, L., Li, D., Guan, R., Li, Y., Xu, J., Wang, T., Yao, H., Zhong, N., & Zheng, Z. (2018). Hydrogen gas inhalation protects against cigarette smoke-induced COPD development in mice. Journal of thoracic disease, 10(6), 3232–3243. https://doi.org/10.21037/jtd.2018.05.93
- Wang, S. T., Bao, C., He, Y., Tian, X., Yang, Y., Zhang, T., & Xu, K. F. (2020). Hydrogen gas (XEN) inhalation ameliorates airway inflammation in asthma and COPD patients. QJM : monthly journal of the Association of Physicians, 113(12), 870–875. https://doi.org/10.1093/qjmed/hcaa164
- Liu, S. F., Li, C. L., Lee, H. C., Chang, H. C., Liu, J. F., & Kuo, H. C. (2024). The Benefit of Hydrogen Gas as an Adjunctive Therapy for Chronic Obstructive Pulmonary Disease. Medicina (Kaunas, Lithuania), 60(2), 245. https://doi.org/10.3390/medicina60020245