《この記事の執筆者》
2011年国立大学医学部卒。初期臨床研修を経て総合診療医として勤務しながら、さまざまな疾患の患者さんに向き合う治療に従事。医療行政に従事していた期間もあり、精神福祉、母子保健、感染症、がん対策、生活習慣病対策などに携わる。結核研究所や国立医療科学院での研修も積む。2020年からは医療法人ウェルパートナーで主任医師を勤める。
ロタウイルス感染症は、乳幼児を中心に発症しやすい感染性胃腸炎の一種で、激しい下痢や嘔吐を引き起こすため注意が必要です。
ワクチン接種により発症率や重症化が減少したものの、感染を完全に防ぐことはできません。一方で、近年注目されている「水素吸入」がロタウイルス感染症の予防や治療に役立つ可能性があるとの研究結果が報告されています。
本記事では、ロタウイルス感染症の概要から、水素吸入の抗酸化作用がロタウイルス感染症にどう影響するのか、最新の研究を基に詳しく解説します。
ロタウイルス感染症について
ロタウイルス感染症は、主に乳幼児や小児に多く見られる感染症の一種です。発症すると頻回な下痢や嘔吐が現れ、入院が必要になるケースも少なくありません。
2020年10月からはロタウイルスに対するワクチンが乳児期の定期接種となり、発生率や重症化して入院が必要になるケースは大幅に減少しています。しかし、ワクチンはロタウイルス感染症を100%予防することはできないため、乳幼児や小児がいる家庭では注意すべき感染症です。
まずは、ロタウイルス感染症の原因、症状、治療方法について詳しく見てみましょう。
ロタウイルス感染症の原因
ロタウイルス感染症は、ロタウイルスに感染することで発症する病気です。ロタウイルスは冬から秋にかけて流行しやすく、保育施設などの集団生活の場では集団発生するケースもあります。
ロタウイルスは、感染者との接触やウイルスに汚染された飲食物経路で感染します。
特に、感染者の便や吐物には多くのロタウイルスが含まれており、おむつ交換などの際に大人に感染することもあるため注意が必要です。
ロタウイルス感染症の症状
ロタウイルスは、私たちの口から体内に入り込むと腸の細胞に感染してダメージを引き起こします。その結果、次のような症状が現れるのが特徴です。
- 下痢
- 吐き気・嘔吐
- 腹痛
- 発熱
症状の現れ方には個人差がありますが、ロタウイルス感染症は大量の下痢が生じやすい感染症です。そのため乳幼児は脱水症になりやすく、適切な治療をしなければ命に関わるケースがあります。
なお、ロタウイルス感染症の小児と接した大人は30~50%程度がロタウイルスに感染するとされています1)。しかし、ロタウイルスは感染を繰り返すごとに症状が軽くなっていくため、大人が感染してもほとんど症状は現れません。
一方で、2歳前後までに発症すると重症化しやすいと報告されています。
ロタウイルス感染症の治療方法
現在のところ、ロタウイルスに対する抗ウイルス薬は開発されていません。
ロタウイルス感染症を発症した場合には、次のような対症療法を行う必要があります。
- 解熱剤などを用いた対症療法
- 水分補給のための点滴
ロタウイルス感染症の多くは1~2週間で自然に回復するとされています。
しかし、脱水症を併発すると電解質バランスの異常や腎不全などを引き起こすケースもあるため、注意が必要です。
水素吸入はロタウイルス感染症の予防や治療に役立つ?
現在、ロタウイルスに対する有効な抗ウイルス薬は開発されていませんが、ワクチンが乳児期の定期接種となったことで感染者や重症者は大幅に減少しています。
とはいえ、ワクチンを接種しても発症して重症化するケースはあるため現在でも新たな予防や治療方法を見出すための研究が行われています。
これまでのところ、水素吸入がロタウイルス感染症の予防や治療に役立つことを直接的に示す研究結果は報告されていません。しかし、水素吸入で除去できる活性酸素がロタウイルス感染症の発症や重症化に関わるとする研究結果は報告されています。
具体的な内容を見てみましょう。
抗酸化物質がロタウイルスの感染を阻害する?
2016年、コロンビアの研究チームは抗酸化物質がロタウイルスの感染を阻害する可能性を示唆する総説論文を発表しました2)。
総説論文とは、これまで行われてきた多くの研究結果をまとめて新たな結論を導き出す論文のことです。この総説論文では、ロタウイルスが腸の細胞に感染する際に活性酸素や炎症物質を増加させ、持続的な活性酸素の増加が炎症反応を刺激している可能性を示しました。
また、研究者たちはウイルスが腸の細胞に侵入する際にも活性酸素の存在が重要な働きを担っていることも示しています。さらには、N-アセチルシステインなどの抗酸化物質がロタウイルスの腸の細胞への感染を予防している可能性も提唱しました。
水素吸入がロタウイルス感染症を予防に役立つ可能性
今回の総説論文から、ロタウイルスの感染には活性酸素が関わっており、抗酸化物質が感染予防に役立つことが示唆されました。
水素吸入には活性酸素を除去する効果があるため、ロタウイルスの感染を予防できる可能性は期待できるでしょう。実際の効果を検討するにはヒトを対象として研究が必要であるため、今後の進展を待ちましょう。
水素水が腸の炎症を改善する?
2022年、日本の研究チームは水素水(水素ガスが溶けた水)の飲用で炎症性腸疾患の腹痛や腸の炎症を軽減するとの研究結果を発表しました3)。
この研究はラットを用いた動物実験です。慢性的な腸の炎症を引き起こす炎症性腸疾患を誘発したラットに水素水を投与したところ、普通の水を投与したラットに比べて腹痛や腸の炎症が軽快したことが明らかになりました。
また、腸内の活性酸素と炎症性物質が減ったことも明らかにしています。
水素吸入がロタウイルス感染症の治療に役立つ可能性
今回の研究結果から、水素水が腸内の活性酸素を減らして炎症を抑制する効果を持つ可能性が示されました。
この研究自体はロタウイルス感染症を対象としていませんが、ロタウイルス感染症の症状も活性酸素の影響による腸の細胞の炎症が根本的な原因です。そのため、水素には炎症性腸疾患と同様にロタウイルス感染症による腸の炎症を抑制する効果が期待できる可能性があるでしょう。
まだ動物実験の段階であり、ロタウイルス感染症への効果を検証するにはさらなる研究が必要です。道のりは長いですが、気軽にできる水素吸入がロタウイルス感染症など多くの病気の治療に役立つ日を期待します。
【私はこう考える】水素吸入とロタウイルス感染症
ロタウイルス感染症は小児を中心に脱水症状を引き起こすケースもある感染性胃腸炎の一種です。現在ではワクチンが定期接種となっていますが、感染者や重症化するケースが完全になくなったわけではありません。
実際に救急外来でロタウイルス感染症による脱水症になって、点滴治療を必要とするケースに遭遇することもあります。
今回紹介した2つの研究結果から、水素吸入はロタウイルス感染症の予防や治療に役立つ可能性が示唆されました。
もちろん、ロタウイルス感染症の予防にはワクチン接種や手洗いなどの基本的な感染対策、適切な対症療法が大切です。しかし、水素吸入にも予防や治療をサポートしてくれる可能性が考えられます。
まず、コロンビアの研究チームによる報告はロタウイルスの感染を抗酸化物質が阻害する可能性があるとする画期的な結果であったと言えます。今後さらなる研究が必要ではありますが、ロタウイルス感染症の新たな予防方法の確立に役立つ結果となりました。
また、日本の研究チームは水素分子が腸の炎症を改善する効果を示しました。症状だけではなく、実際に腸の細胞の変化を顕微鏡で観察するなど細かい検証をした有益な成果であったと考えます。
今後はヒトのロタウイルス感染症患者を対象に大規模な研究を行い、効果を検証しながら広く応用されることを期待します。
参考文献
- ロタウイルス感染性胃腸炎とは|NIID国立感染症研究所
- Guerrero, C. A., & Acosta, O. (2016). Inflammatory and oxidative stress in rotavirus infection. World journal of virology, 5(2), 38–62. https://doi.org/10.5501/wjv.v5.i2.38
- Hu, D., Huang, T., Shigeta, M., Ochi, Y., Kabayama, S., Watanabe, Y., & Cui, Y. (2022). Electrolyzed Hydrogen Water Alleviates Abdominal Pain through Suppression of Colonic Tissue Inflammation in a Rat Model of Inflammatory Bowel Disease. Nutrients, 14(21), 4451. https://doi.org/10.3390/nu14214451