《この記事の執筆者》
2011年国立大学医学部卒。初期臨床研修を経て総合診療医として勤務しながら、さまざまな疾患の患者さんに向き合う治療に従事。医療行政に従事していた期間もあり、精神福祉、母子保健、感染症、がん対策、生活習慣病対策などに携わる。結核研究所や国立医療科学院での研修も積む。2020年からは医療法人ウェルパートナーで主任医師を勤める。
毎年夏に流行する「手足口病」が、今年は秋にも多くの患者が報告され、特に大人の発症が増えています。
軽症で済むことが多いものの、場合によっては痛みや重症化を伴い、悩ましい感染症です。
そんな手足口病に対して、最近注目されているのが「水素吸入」です。活性酸素の除去効果があるとされる水素吸入が、ウイルスの増殖や症状の軽減に役立つ可能性を示唆する研究もあります。
本記事では、手足口病の基本情報から、最新の研究を基にした水素吸入の可能性まで詳しく解説していきます。
手足口病について
手足口病は、コクサッキーウイルスやエンテロウイルスなどに感染することで発症する感染症の一種です。
通常、手足口病は小児の間で夏を中心に流行する傾向があります。しかし、2024年は5月頃から急激に発症者が増え、秋になっても全国的に多くの発症者が報告されています。
まずは、手足口病の原因や症状、治療方法について詳しく見てみましょう。
手足口病の原因
手足口病は、コクサッキーウイルスA6、CA16、CA10、エンテロウイルス71などのウイルスが原因で発症します。
これらのウイルスは、飛沫感染、接触感染によって周囲の人に感染を拡げるとされています。飛沫感染は感染者の咳やくしゃみのしぶきに含まれるウイルスを周囲の人が吸い込むことで感染する経路です。一方、接触感染は感染者から排出されたウイルスが付着した物に触れて体内に取り込むことで感染する経路のことです。
手足口病の原因となるウイルスは治った後も2~4週間は便とともに排出されるため、長期的な感染対策が必要となります。
また、一度感染すると免疫が成立しますが、手足口病を引き起こすウイルスはいくつもあるため何度か発症するケースも少なくありません。
手足口病の症状
手足口病を発症すると次のような症状が現れます。
- 口の中、手のひら、足の裏を中心に小さな水ぶくれができる
- 発熱(38℃以下のケースが多い)
多くは3~7日程度で治りますが、水ぶくれが破れて痛みが生じると飲食ができなくなり乳幼児では脱水になることもあるため注意が必要です。
また、まれに髄膜炎、脳炎、心筋炎など重篤な合併症を引き起こすことがあります。
手足口病の治療方法
手足口病の原因ウイルスに対する抗ウイルス薬は現在のところ開発されていません。そのため、治療は症状を和らげるための対症療法が主体となります。
具体的には、解熱鎮痛剤などを用いた薬物療法を行い、脱水になった場合には点滴が必要です。
水素吸入は手足口病の予防と治療に役立つ?
手足口病は多くが軽度な症状で自然に回復していく感染症です。一方で、水ぶくれが破れて強い痛みを引き起こすケースもあり、特に大人が発症すると重症化しやすいとされています。
現在のところ水素吸入と手足口病の関係を示した研究結果は報告されていません。しかし、水素吸入で除去できる活性酸素が手足口病の発症や増悪に関わっている可能性を示唆する研究結果が報告されています。
具体的な内容を見てみましょう。
活性酸素が手足口病の発症の関与している可能性
2017年、中国の研究者チームは抗酸化物質の投与によって手足口病の原因となるエンテロウイルス71の感染を予防する可能性があることを示唆する研究結果を報告しました1)。
この論文はマウスを使用した動物実験の結果が元になっています。エンテロウイルス71を感染させたマウスに対して、抗酸化物質であるイソクロロゲン酸Cを投与した群と投与していない群に分けて比較検討しました。
その結果、イソクロロゲン酸Cを投与した群は有意にウイルスの増殖が抑えられて発症を予防できる可能性があると明らかになりました。
水素吸入が手足口病の予防に役立つ可能性
この研究結果は、抗酸化物質によって活性酸素が除去されると手足口病の発症が抑制できる可能性を示唆しています。仮にエンテロウイルス71に感染したとしてもウイルスの増殖が抑えられるため、発症を抑制できる可能性があるのです。
水素吸入は効果的に活性酸素を除去できるため、同様の効果が期待できる可能性があるでしょう。まだ動物実験の段階であり、実際に水素吸入の効果を検証していないため確実な効果が期待できる言える段階ではありません。
しかし、新たな予防方法の確立への1つの道となる可能性は大いに期待できます。今後のさらなる進展に期待しましょう。
活性酸素の除去が手足口病の症状を改善する可能性
2015年、中国の研究チームは活性酸素の除去が手足口病の症状を改善する可能性を示唆する研究結果を報告しました2)。
この研究では46名の手足口病患者を対象に検討が行われ、28名には通常の対症療法を行い、18名にはアンドログラフォリドスルホン酸塩の投与を併用しました。その結果、後者18名は血液中の活性酸素と炎症性物質が有意に減少したことが明らかになっています。
アンドログラフォリドスルホン酸塩は活性酸素を作り出す好中球の活性化を抑制する効果も示されており、その結果として活性酸素が減少したと考えられました。
水素吸入が手足口病の治療に役立つ可能性
研究者たちは、この研究結果から好中球活性化の調整が手足口病の重症度を左右する可能性があると結論付けています。好中球の活性化抑制は活性酸素の産生抑制につながり、活性酸素を減らすと手足口病の症状が軽くなることを意味します。
水素吸入は効率的に活性酸素を除去できるため、同様の効果が期待できる可能性があるでしょう。今後は大規模な人数を対象として検討が行われ、より明確な効果や治療方法の解明を期待しましょう。
【私はこう考える】水素吸入と手足口病
手足口病は軽症なケースが多いものの、重症化するケースもありつらい症状に悩まされる方も多い感染症です。また、何度も発症する場合があり注意が必要な感染症でもあります。
今回ご紹介した2つの論文は、いずれも抗酸化作用がある物質と手足口病の関係を示した研究結果を報告しています。
まず、2017年の報告は抗酸化物質がエンテロウイルス71の増殖を抑えるという新たな見解を示しています。手足口病の原因ウイルスは複数ありますが、なかでもエンテロウイルス71は中枢神経症状を起こすことが分かっています3)。そのため、注意すべき病原体であり、今回の研究結果は新たな予防方法確立への大きな光となるでしょう。
エンテロウイルス71以外のウイルスに対しても研究が行われ、検証されることを望みます。
また、2015年の報告は実際の手足口病患者を対象に行われた貴重な研究結果です。実際の患者の血液を調べたところ抗酸化物質を投与すると活性酸素と炎症性物質の減少が明らかになっており、抗酸化作用が手足口病の治療に役立つ可能性を示す大きな発見となりました。
手足口病は対症療法が治療の主体となるため、根本的な治療法確立の第一歩となる可能性を秘めた結果であったと言えるでしょう。
参考文献
- Cao, Z., Ding, Y., Cao, L., Ding, G., Wang, Z., & Xiao, W. (2017). Isochlorogenic acid C prevents enterovirus 71 infection via modulating redox homeostasis of glutathione. Scientific reports, 7(1), 16278. https://doi.org/10.1038/s41598-017-16446-7
- Wen, T., Xu, W., Liang, L., Li, J., Ding, X., Chen, X., Hu, J., Lv, A., & Li, X. (2015). Clinical Efficacy of Andrographolide Sulfonate in the Treatment of Severe Hand, Foot, and Mouth Disease (HFMD) is Dependent upon Inhibition of Neutrophil Activation. Phytotherapy research : PTR, 29(8), 1161–1167. https://doi.org/10.1002/ptr.5361
- 手足口病とは|NIID国立感染症研究所