《この記事の執筆者》
2011年国立大学医学部卒。初期臨床研修を経て総合診療医として勤務しながら、さまざまな疾患の患者さんに向き合う治療に従事。医療行政に従事していた期間もあり、精神福祉、母子保健、感染症、がん対策、生活習慣病対策などに携わる。結核研究所や国立医療科学院での研修も積む。2020年からは医療法人ウェルパートナーで主任医師を勤める。
デング熱は、蚊を媒介に感染が広がる危険なウイルス感染症です。
特に東南アジアや南米などの流行地域では多くの発症例があり、重症化すると命に関わるケースも少なくありません。
一方で、現時点では特効薬や確立された予防法がないため、感染対策や重症化を防ぐ方法が求められています。
本記事では、デング熱の症状や感染メカニズムに加え、水素吸入がその重症化予防や治療に役立つ可能性について、最新の研究結果を交えながら詳しく解説します。
デング熱について
デング熱は、デングウイルスによる感染症です。
デング熱はウイルスを持つ蚊に刺されることによって感染し、日本国内での発症は少ないものの、東南アジアなどの流行地を渡航した際に感染するケースがあります。
デング熱は抗ウイルス薬がなく、重症化すると命に関わる場合もあるため注意が必要な感染症の一つです。
まずは、デング熱の原因、症状、治療方法について詳しく見てみましょう。
デング熱の原因
デング熱は、デングウイルスを持つヒトスジシマカやネッタイシマカに刺されることによって引き起こされる病気です。
デングウイルスには4つのタイプがあり、一度感染しても他のタイプのウイルスに感染すると再び発症するケースもあります。
デング熱は主に東南アジア、アフリカ、南米などで多く見られますが、2014年には日本国内でも海外渡航歴がない人が発症していることが分かっています。
外国人観光客が増えている今、日本国内でも注意が必要な感染症と言えるでしょう。
デング熱の症状
デング熱を発症すると、以下のような症状が現れます。
- 高熱
- 頭痛
- 筋肉痛、関節痛
- 発疹
- 吐き気、嘔吐
自然に治るケースも多いですが、重症化すると出血しやすくなる「デング出血熱」や臓器不全を引き起こす「デングショック症候群」に進行して命を落とす場合も少なくありません。
デング熱の治療方法や対策
現在のところ、デングウイルスに対する抗ウイルス薬は開発されていません。
そのため、デング熱の治療は解熱剤の投与や点滴などによる対症療法が主体となります。
また、デングウイルスに対するワクチンは開発段階であり、確立した予防方法もないのが現状です。
流行地へ渡航するときや日本国内でも蚊が多い場所へ行くときは、長袖や長ズボンの着用、虫よけスプレーの使用などで蚊に刺されないような対策が推奨されています。
水素吸入がデング熱の重症化予防や治療に役立つ可能性
先述したように、デング熱は現在のところ確立した予防や治療方法がありません。そのため、現在でも多くの研究が重ねられています。
これまでのところ、水素吸入とデング熱の関係を直接的に調べた結果は報告されていません。しかし、水素吸入で取り除くことができる活性酸素がデング熱の発症や重症化に関与している可能性が報告されています。
具体的にどのような内容なのか詳しく見てみましょう。
活性酸素の産生がデング熱の重症化に関与
2013年、インドの研究チームはデング熱の重症化には活性酸素の発生が大きく関わっていることを示す研究結果を報告しました1)。
この論文では、デング熱患者と健康な人の血液中の酸化ストレスマーカーや炎症性物質の量を比較検討されています。結果として、デング熱患者は健康な人と比較して有意に酸化ストレスや炎症性物質が多く、さらにはデング熱患者は重症な人ほど酸化ストレスが高くなることが明らかになりました。
水素吸入がデング熱の重症化を予防する可能性
この研究は、デング熱の重症化は酸化ストレスの増大が密接に関連している可能性を示しています。特に、デング出血熱やデングショック症候群に進行している人は酸化ストレスが非常に高いことが分かりました。
これらの結果から、活性酸素を効率的に除去できる水素吸入はデング熱の重症化の予防に役立つ可能性が期待できます。効果を立証するには、動物実験や実際の患者に水素吸入を行って検討を重ねていく必要があるため、今後さらに研究が進められることを期待します。
抗酸化物質がデング熱の治療に役立つ?
2022年、ブラジルの研究チームはデング熱発症時の活性酸素の役割を分析し、抗酸化物質がデング熱の治療に役立つ可能性を報告しました2)。
この研究では、脳の血管内皮細胞(血管の内側を覆う細胞)にデングウイルスを感染させ、細胞の変化が検証されました。その結果、デングウイルスに感染すると細胞内ではミトコンドリアというエネルギーを作り出す小器官から活性酸素の産生が増加。そして、ミトコンドリアの機能が低下したことが明らかになっています。
また、ミトコンドリアからの活性酸素は血管内皮細胞にもダメージを与えて血管障害の原因となる可能性も示されました。
水素吸入がデング熱の治療に役立つ可能性
この論文で、研究者たちはデング熱の発症にミトコンドリアからの活性酸素が重要な役割を担っていることを示し、抗酸化物質が治療に応用できる可能性を提唱しました。
水素吸入は効率よく活性酸素を除去して抗酸化作用を持つため、治療に応用できる可能性があると言えるでしょう。また、これまでの研究から、水素吸入はミトコンドリアを保護する効果も示されています3)。この点からも水素吸入がデング熱の治療に役立つ可能性は期待できると言えます。
まだ水素吸入がデング熱の治療において確実に有用であると言える段階ではありませんが、水素吸入がデング熱の効果的な治療方法として応用される日を期待しましょう。
【私はこう考える】水素吸入とデング熱
デング熱は明確な予防や治療方法が確立されておらず、重症化すると命に関わるケースもある感染症です。
今回紹介した2つの研究結果は、活性酸素を効率よく除去できる水素吸入がデング熱の重症化を予防や治療に役立つ可能性を示しています。
まず、インドの研究チームによる報告では、実際のデング熱患者の血液と健康な人の血液を用いて酸化ストレスや炎症性物質の変化を検証しました。その結果、重症化した患者ほど酸化ストレスが高まっていることが明らかになっています。
限られた人数を対象とした検証であるため、確実な因果関係があると言える段階ではありません。しかし、デング熱重症化のメカニズムを検証することで新たな予防方法を見出す第一歩となった貴重な結果と言えるでしょう。
また、ブラジルの研究チームは細胞を用いたin vitroな研究結果をもとに抗酸化物質がデング熱の治療に応用できる可能性を示しました。水素吸入の確実な効果を唱えるには、さらに動物実験やヒトを対象とした臨床研究を重ねていく必要があります。
まだ道のりは長いかもしれませんが、抗ウイルス薬やワクチンがないデング熱の新たな治療方法を探る足がかりとなる貴重な結果であったと考えます。
参考文献
- Meuren, L. M., Prestes, E. B., Papa, M. P., de Carvalho, L. R. P., Mustafá, Y. M., da Costa, L. S., Da Poian, A. T., Bozza, M. T., & Arruda, L. B. (2022). Infection of Endothelial Cells by Dengue Virus Induces ROS Production by Different Sources Affecting Virus Replication, Cellular Activation, Death and Vascular Permeability. Frontiers in immunology, 13, 810376. https://doi.org/10.3389/fimmu.2022.810376
- Soundravally, R., Hoti, S. L., Patil, S. A., Cleetus, C. C., Zachariah, B., Kadhiravan, T., Narayanan, P., & Kumar, B. A. (2014). Association between proinflammatory cytokines and lipid peroxidation in patients with severe dengue disease around defervescence. International journal of infectious diseases : IJID : official publication of the International Society for Infectious Diseases, 18, 68–72. https://doi.org/10.1016/j.ijid.2013.09.022
- Ohsawa, I., Ishikawa, M., Takahashi, K., Watanabe, M., Nishimaki, K., Yamagata, K., Katsura, K., Katayama, Y., Asoh, S., & Ohta, S. (2007). Hydrogen acts as a therapeutic antioxidant by selectively reducing cytotoxic oxygen radicals. Nature medicine, 13(6), 688–694. https://doi.org/10.1038/nm1577