《この記事の執筆者》
地方国立大学医学部卒業後、横浜市内の中核病院で初期臨床研修を終え、都内の大学病院、小児専門病院等の勤務を経て、現在は関東の基幹病院で麻酔科として勤務。
日本人の失明原因の第一位である緑内障。1)
年齢とともにゆっくりと進行していく40歳以上では有病率が5%(20人に1人の割合)で、早期発見・早期治療が重要になります。
本記事では、この緑内障に対して水素吸入療法が予防や改善に役立つのかについて、報告されている研究結果をもとに解説していきます。
緑内障とは
緑内障は、40歳以上の有病率が5.0 %であり、日本における失明原因の1位の疾患です。1)
目で物を見て認識するためには、物体から眼球に光が入り、その光が網膜に届き、更には電気信号として視神経を経て脳に伝わる必要があります。緑内障は、この視神経が障害される病気です。2)
緑内障の主な原因
緑内障では、眼球内を満たしている水の圧力(眼圧)が高くなることによって発症すると考えられてきました。しかし、近年、日本人の緑内障では、眼圧は正常範囲内だが、何らかの原因で視神経が障害されて発症する「正常眼圧緑内障」というタイプが非常に多いことがわかってきました。3)
緑内障の主な症状
症状として特徴的なのは、視野障害です。視野の中に見えない部分が出たり、視野が狭くなることがあります。2) 他にも、眼圧が上昇するタイプの緑内障では、眼痛、充血、かすみ目、頭痛、吐き気、嘔吐といった多彩な症状が出現します。
緑内障の主な治療法
緑内障の標準的治療は眼圧コントロールです。眼の中に満ちている液体(房水)が多すぎると眼圧が高まってしまうため、産生を抑える点眼薬や、流出を促す点眼薬を使用します。
目標とする眼圧まで下げることができ、進行していなければ点眼による治療を継続します。眼圧の低下が不十分な場合や、眼圧が低下していても症状が進行する場合には、追加の治療を検討します。
追加治療の基本は、レーザーや手術によって出口を作ったり、出口を大きくする手法が主流です。4)
水素吸入療法は緑内障の改善に効果的?
緑内障の治療において、エビデンスのある現行治療は眼圧のコントロールですが、一方で正常眼圧緑内障の存在や、眼圧のコントロールが目標範囲内におさまっていても進行するケースがあることが問題となっていました。
実は酸化ストレスも関与していた?
こうした背景の中、緑内障患者を対象とした2016年の東北大学の研究では、緑内障の重症度について、眼圧の他に、全身の酸化ストレスが有意に関与していることが明らかになりました。これまでは眼の病気と考えられていましたが、眼だけの問題ではないことが判明したことになります。
全身性の酸化ストレスをコントロールすることで、緑内障の治療がさらに一歩進むのではと考えられています。5)
水素が酸化ストレスから神経細胞を保護する
酸化ストレスを抑える効果的な方法として、水素吸入があります。水素によって酸化ストレスを低減できることは、近年世界的に注目されており、こうして様々な疾患について治療に先駆けた実験が進められています。
実際に、ラットでは緑内障と水素の研究はすでに報告されています。2015年の論文では、緑内障で神経が障害される過程で重要な役割を示すと考えられている酸化ストレスと水素の関係について報告されています。ラットの網膜組織を酸化物質とともに培養する研究です。
一方は水素を加えずに培養し、もう一方は水素存在下で培養します。この結果、水素を加えずに神経細胞と酸化物質のみで培養したものでは神経細胞の層が減少していましたが、さらに水素を共存させた場合では神経細胞の減少が抑制されました。6) 研究結果は、水素が酸化ストレスを抑制することで、神経細胞を保護したことを示唆しています。
上記のふたつの論文からは、眼圧コントロールだけでは十分な効果が得難かった緑内障治療に、新しいアプローチの可能性が見られたと捉えられます。ラットの研究では目の神経細胞を水素が酸化ストレスから保護する可能性を示し、ヒトを対象とした研究では緑内障に対する酸化ストレスの関与が明らかになり、水素の抗酸化作用によって酸化ストレスをコントロールすることで従来の治療法をサポートできる可能性が示されたといえます。
【私はこう考える】水素吸入療法と緑内障
緑内障治療で重要なことは、眼圧のコントロールであるというのは医療では常識でした。
正常眼圧緑内障についても、眼圧自体が正常範囲であってもその人の視神経がその圧に耐えられないことで緑内障を生じると考えられています。
論文では、酸化ストレスの関与によって神経細胞が減少したことが示されており、緑内障における圧以外の新たなアプローチとして期待が高まります。
実は、水素と酸化ストレスについては、ヒトを対象としたものでも多くの研究がなされています。
最近では、慶応大学が心肺停止患者を対象として水素吸入を施したことで死亡率の低下、脳(神経細胞)の保護に有益であったことを報告し、話題になりました。
水素吸入による酸化ストレスの抑制が神経細胞に保護的に働くことはこのことからも示唆されています。
眼圧のコントロールは、数々の研究でそれ自体効果があると認められた治療法であり、緑内障治療の基本であることに今後も変わりないでしょう。しかし、単独ではコントロールが不十分であった事実と酸化ストレスの関与を踏まえると、水素吸入によって現行の治療がサポートされる可能性は十分にあると考えられます。
参考文献
- 厚生労働科学研究成果データベース『日本人の緑内障に対するより有効な予防と治療 臨床的・基礎的エビデンスの確立』
- 厚生労働省『重篤副作用疾患別対応マニュアル 緑内障』
- 近畿大学病院『緑内障の診断と治療』
- 日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン改訂委員会『緑内障診療ガイドライン(第 5 版)』
- 東北大学大学院医学系研究科『抗酸化力と緑内障重症度との関係を解明』
- Yokota T, Kamimura N, Igarashi T, Takahashi H, Ohta S, Oharazawa H. Protective effect of molecular hydrogen against oxidative stress caused by peroxynitrite derived from nitric oxide in rat retina. Clin Exp Ophthalmol. 2015 Aug;43(6):568-77. doi: 10.1111/ceo.12525. Epub 2015 May 13. PMID: 25801048.