《この記事の執筆者》
2011年国立大学医学部卒。初期臨床研修を経て総合診療医として勤務しながら、さまざまな疾患の患者さんに向き合う治療に従事。医療行政に従事していた期間もあり、精神福祉、母子保健、感染症、がん対策、生活習慣病対策などに携わる。結核研究所や国立医療科学院での研修も積む。2020年からは医療法人ウェルパートナーで主任医師を勤める。
小腸がんは、消化器系のがんの中でも発生率が非常に低い希少がんです。早期段階では目立った症状がほとんど現れないため、進行した段階で発見されることが多く、治療が難しいとされています。
しかし、近年では水素吸入が小腸がんの予防や治療に役立つ可能性が示唆されています。
本記事では、小腸がんの概要から水素吸入と小腸がんの予防・治療の関係について、これまでの研究報告をもとに考察していきます。
小腸がんとはどんな病気?
小腸がんとは、小腸(十二指腸・空腸・回腸)に発生するがんのことです。十二指腸がんには組織のタイプがさまざまあり、最も多いのが神経内分泌腫瘍であるとされています。
小腸がんは、胃がんや大腸がんなどの消化器系のがんと比べると発生率が非常に低く、希少がんの一つでもあります。
まずは、小腸がんの特徴について詳しく見てみましょう。
小腸がんの原因
小腸がんは、組織のタイプによって神経内分泌腫瘍、腺がん、悪性リンパ腫、肉腫などに分類されます。小腸がんの中で二番目に多い腺がんは、以下のような病気の方が発症しやすいことが知られています1)。
- クローン病
- 潰瘍性大腸炎
- 家族性大腸腺腫症
- ポイツイエガース症候群
- リンチ症候群
一方、腺がん以外のタイプの小腸がんははっきりした発症メカニズムやリスク因子は解明されていないのが現状です。
小腸がんの症状
一般的に、小腸がんは早期段階では目立った症状はほとんど現れません。
しかし、進行してがんが大きくなると、病変部から出血が生じたり、小腸の内部が狭くなったりすることで次のような症状が現れるようになります。
- 血便(便に血が混じる)
- 貧血
- 腹痛
- お腹の張り
- 吐き気
また、小腸には肝臓で作られた胆汁の出口があります。がんが発生する部位によっては、その出口が塞がれることで黄疸や発熱などの症状が現れます。
小腸がんの治療方法
小腸がんの治療方法は、がんの組織のタイプや進行度によって大きく異なります。
基本的に、組織のタイプに寄らず早期段階ではがんを物理的に取り除く治療が選択されます。ごく早期段階の場合は内視鏡での切除を行う場合もありますが、一般的には手術による切除が必要です。
一方、がんが進行して手術が難しい場合や全身状態が悪い場合には手術は行わず、抗がん剤や分子標的治療薬などの化学療法が行われます。
小腸がんは発見しにくく、治療が難しい?
小腸は胃と大腸の間に位置する臓器です。一般的な内視鏡検査では胃の先にある十二指腸までしか観察することができません。そのため、内視鏡検査で観察できない部位に発生したがんは発見が難しいとされています。
近年ではカプセル内視鏡やダブルバルーン内視鏡など十二指腸の奥まで観察できる検査方法も普及しつつあるため以前ほど発見が困難ではなくなりました。
しかし、健康診断などでの一般的な検査では発見するのが困難であるため、多くは進行して症状が現れた段階で発見されます。そのため、小腸がんは5年生存率が15~40%弱とされており、治療が難しいがんの一つです2)。
水素吸入は小腸がんの予防と治療に役立つ?
現在のところ、水素吸入と小腸がんの直接の関係を調べた研究結果は報告されていません。
しかし、水素吸入が小腸がんの発症リスクとなる炎症性腸疾患を改善させたり、抗がん剤の副作用を軽快させたりする効果があることを示唆する研究結果が報告されています。
それぞれどのような研究内容なのか詳しく見てみましょう。
水素水は小腸がんのリスク要因を改善する
小腸がんの明確な発症メカニズムは解明されていません。しかし、クローン病や潰瘍性大腸炎など腸に慢性的な炎症が生じる病気によって発症リスクが高まるとされています。
2009年、日本の研究チームはマウスを用いた動物実験から、水素水(水素分子が溶けた水)が炎症性腸疾患の発症予防につながる可能性を示唆する研究結果を発表しました3)。
この研究では、炎症性腸疾患を発病させたマウスに水素水を摂取させたところ7日目で腸の炎症や体重減少などの炎症を改善したことが明らかになっています。
また、腸の組織を詳しく調べると、水素水を摂取したマウスは腸の組織へのダメージが明らかに抑制されたことが分かりました。
水素吸入も炎症性腸疾患を予防、改善する?
水素吸入は水素水の摂取より、はるかに効率よく水素分子を体内に取り込むことができます。そのため、水素吸入も炎症性腸疾患を改善させる効果が期待できる可能性があり、小腸がんの予防につながるかもしれません。
まだ動物実験の段階であり、確実な効果があると断言できる段階ではありませんが、今後のさらなる解明に期待します。
水素吸入は小腸がんの抗がん剤の副作用を軽減する?
小腸がんは上述したようにさまざまなタイプがあります。最も多いタイプの神経内分泌腫瘍のうち、特に悪性度が高いNECと呼ばれるがんにはシスプラチンという抗がん剤が使用されます。シスプラチンは、吐き気、腎機能障害、神経障害など多くの副作用を起こしやすい抗がん剤です。
2009年に、日本の研究チームがシスプラチンの副作用を軽減する可能性を示唆する研究結果を報告しています4)。
具体的な研究内容と結果
この研究では、シスプラチンを投与したマウスに水素ガスの吸入と水素水の摂取をさせ、腎臓の組織的な変化や腎機能の変化を調べました。その結果、水素吸入と水素水を摂取したマウスは、シスプラチンによる腎臓へのダメージが軽減されたことが明らかになっています。
また、2014年、日本の研究チームは水素ガスがシスプラチンによる耳の神経へのダメージを抑える可能性を示唆する研究結果を公表しました5)。
この研究は、マウスの蝸牛細胞(耳の中で音の信号を感じ取る細胞)をシスプラチンの溶けた液体に入れて培養。水素ガスを添加するか否かによって細胞にどのような変化が生じるか調べられました。その結果、水素ガスを添加した細胞は有意にシスプラチンのダメージが少なかったことが明らかになっています。
水素吸入は小腸がん治療の副作用を和らげる
この2つの研究結果は、水素吸入がシスプラチンの副作用を軽減する可能性を示唆しました。まだ動物実験の段階であり、ヒトに対しても確実な効果があると断言できるわけではありません。
しかし、シスプラチンによる腎機能障害や聴力低下などの副作用は予後や日常生活にも影響を来すためこれまでにも発生を予防する方法がさまざま検討されてきました。さらなる研究が進み、水素吸入が活用されることを期待しましょう。
【私はこう考える】水素吸入と小腸がん
小腸がんは非常に発生頻度が低いがんです。しかし、早期段階では症状が現れにくく、一般的な検査では異常が見つけにくいため進行した段階で発見されやすいがんでもあります。
これまで、水素吸入が小腸がんの予防や治療に直接役立つことが示された研究結果は報告されていません。しかし、今回ご紹介したように水素吸入は小腸がんの発症リスクである炎症性腸疾患の予防や改善、シスプラチンの副作用軽減などの効果を持つ可能性が示されています。
今後さらなる検討が進み、水素吸入が小腸がんの予防や治療に応用される日が来ることを期待します。また、その他にも水素吸入はよい効果が多くあるため、小腸がんではなくても健康や美容のために取り入れてみるのもよいでしょう。
参考文献
- 小腸がん(十二指腸がん・空腸がん・回腸がん)|国立研究開発法人国立がん研究センター
- 光星, 翔太., 伊藤, 嘉智., 木下, 淳., 今泉, 理枝., 小池, 太郎., & 吉松, 和彦. (2018). 術前診断し根治切除した原発性空腸癌の2例. 日外科系連会誌, 43(1), 62-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjcs/43/1/43_62/_pdf
- Kajiya, M., Silva, M. J. B., Sato, K., Ouhara, K., & Kawai, T. (2009). Hydrogen mediates suppression of colon inflammation induced by dextran sodium sulfate. Biochemical and Biophysical Research Communications, 386(1), 11-15. https://doi.org/10.1016/j.bbrc.2009.05.117
- Nakashima-Kamimura, N., Mori, T., Ohsawa, I., Asoh, S., & Ohta, S. (2009). Molecular hydrogen alleviates nephrotoxicity induced by an anti-cancer drug cisplatin without compromising anti-tumor activity in mice. Cancer chemotherapy and pharmacology, 64(4), 753–761. https://doi.org/10.1007/s00280-008-0924-2
- Kikkawa, Y. S., Nakagawa, T., Taniguchi, M., & Ito, J. (2014). Hydrogen protects auditory hair cells from cisplatin-induced free radicals. Neuroscience Letters, 579, 125-129. https://doi.org/10.1016/j.neulet.2014.07.025