《この記事の執筆者》
国立大学医学部卒業。市中病院、大学病院など多数の病院で豊富な疾患診療の経験を積む。その経験を活かし、現在はプライマリケアに注力しながら、内科、血液内科医として地域に根ざした診療を行っている。血液専門医、内科認定医。
放射線治療による副作用の一つである「骨髄抑制」。
これは骨髄で血液成分を作る細胞が放射線の影響を受け、白血球や赤血球、血小板が減少し、感染症や貧血、出血といった症状を引き起こすリスクがあります。
近年の研究では、水素吸入がこの骨髄抑制を予防する可能性が示唆されています。
本記事では、放射線治療による骨髄障害の基礎知識から、水素吸入が骨髄抑制を予防に役立つのかについて最新の研究をもとに解説します。放射線治療をこれから受けられる方やすでに治療中の方に役立つ内容となっていますので、ぜひ最後までご覧ください。
放射線治療による骨髄抑制について
がんに対しての放射線治療は、手術、薬物療法と並ぶがんの3大治療の一つです。
放射線治療によって骨髄が影響を受けることを骨髄抑制といい、放射線治療の副作用の一つです。
骨盤にある骨髄では造血が盛んなため、前立腺がん、子宮がん、直腸がんなどの放射線治療では骨髄抑制が起こりやすいとされています。
骨髄抑制の主な原因
骨髄は骨の中にある造血組織で、白血球、赤血球、血小板などの血液成分を作っています。放射線は細胞分裂する過程に作用します。がん治療で骨髄にある細胞が放射線治療を受けると、細胞分裂が活発な骨髄も影響を受け、血液を構成する細胞が減少します1)。
放射線治療では骨髄抑制は一定の確率で発生し、予防が難しい副作用の一つです。
骨髄抑制の主な症状
血液の細胞はそれぞれが異なる働きをし、それぞれの細胞が減ることにより多彩な症状が起こります。
白血球が減少すると感染症、赤血球が減少すると貧血、血小板が減少すると出血が起こりやすくなります。
骨髄抑制の標準的な治療
骨髄抑制が生じた場合は、定期的に血液検査を行い、血球数の推移を確認します。白血球が減少した場合は、感染症の予防のために顆粒球コロニー形成刺激因子(G-CSF)製剤を投与し白血球の産生を促します2)。
赤血球や血小板の減少が強いときは放射線治療を中止したり、場合によっては輸血で減少した細胞を補充する場合もあります。
水素吸入は骨髄抑制の予防・改善に効果はある?
水素は抗酸化・抗炎症効果があることがさまざまな研究で示されており、多くの疾患に応用できると考えられ研究がすすんでいます。
そのうちの1つとして、放射線治療による骨髄抑制の予防に効果がある可能性が示唆された文献をお示しします。
水素吸入は骨髄障害を予防できる可能性がある
放射線治療が行われた患者さんに水素吸入療法を行い、骨髄抑制が予防できるかを調べた研究があります3)。
この論文では、放射線治療後に毎回5%水素ガスを30分間投与された患者群と、高圧酸素療法を30分間投与された患者群を比較しています。
高圧酸素を吸入した群では、放射線治療後に白血球と血小板が大幅に減少しました。しかし水素ガスを吸入した群では白血球と血小板減少の程度が軽度で、2群に統計的に有意な差を認めました。
両患者群で腫瘍に対する治療効果は変わらず、放射線治療の副作用である全身倦怠感や消化器症状などの自覚症状は、同程度でした。
この研究から、水素吸入は治療効果を損なわず、放射線治療による骨髄抑制を減少させる可能性が示唆されました。
水素による抗酸化作用が細胞死を抑制する?
マウスでの実験では、水素水を投与すると、造血組織で放射線照射によるアポトーシス(細胞死)が抑制されることが示唆されました4)。
マウスに全身放射線照射の20分前に水素水を5分おきに4回マウスに投与した群と、生理食塩水を同様に投与した群を比較した論文です。細胞造血組織である胸腺細胞のアポトーシスを比較しました。水素水投与群ではアポトーシス促進因子であるカスパーゼ3の活性が弱まり、アポトーシスが抑制されました。
それだけでなく、水素水投与が酸化因子であるフリーラジカルを低下させることがわかりました。
この結果から、水素水の抗酸化作用によって、放射線照射による造血組織の細胞死が減少し、その結果として骨髄抑制が減少する可能性が示唆されました。
この研究は水素吸入ではなく水素水を使用している上、マウスでの研究ですので人間にそのまま当てはめることはできません。しかし、水素が骨髄損傷に対して有望であることを示したことは間違いなく、人間でも骨髄抑制を予防することが期待されます。
【私はこう考える】水素吸入と放射線骨髄抑制
放射線治療でのがん治療で、骨髄抑制はしばしば問題となる副作用です。強い骨髄抑制が起こると放射線治療を中断せざるを得ないこともあり、骨髄抑制の予防は重大な課題と考えられています。
水素ガス吸入で骨髄抑制が予防できれば、治療を中断することなく完遂できる可能性が高まります。それだけでなく、白血球が減少して感染症を起こしたり、血小板が減少して出血症状を起こしたりするリスクが減少します。
ただし今回紹介した研究では、どれだけの濃度でどれくらいの時間水素吸入を行えば良いかまではわかりません。研究での症例数も少なく、これをもって予防ができると断言できるまでは言えません。
しかし水素吸入での抗炎症効果や抗酸化作用は近年注目されているところであり、だんだんとエビデンスが蓄積されているところです。今後さらに多数の臨床研究がすすむ可能性は高いと考えます。
水素吸入のエビデンスが蓄積され、将来的に治療に取り入れられるようになることが期待されます。
参考文献
- Canadian Cancer SocietyLow blood cell counts.
- がん診療ガイドライン, 日本癌治療学会
- Hirano S-I, Aoki Y, Li X-K, Ichimaru N, Takahara S, Takefuji Y. Protective effects of hydrogen gas inhalation on radiation-induced bone marrow damage in cancer patients: a retrospective observational study. Med Gas Res 2021;11(3):104–9. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33942780/
- Yang Y, Li B, Liu C, et al. Hydrogen-rich saline protects immunocytes from radiation-induced apoptosis. Med Sci Monit 2012;18(4):BR144–8. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22460088/