《この記事の執筆者》
名古屋大学医学部卒業後、名古屋大学医学部附属病院放射線科入局。その後、放射線科医として一般的な読影や放射線治療を担当。コロナ禍では保健所で行政の立場から感染症対策にも携わった。現在は、放射線治療に携わる一方、健康診断クリニックにて健康診断を受ける方の診察や結果の説明、生活指導に従事。医学博士、放射線治療専門医、日本人間ドック・予防医療学会認定医、日本医師会認定産業医。
放射線性腎障害は、がん治療での放射線が原因となり、腎機能が徐々に低下する病気です。
治療後に数カ月から数年経ってから発症することが多く、予防策はまだ確立されていません。
しかし、近年の研究で水素吸入療法が酸化ストレスの軽減を通じて、放射線性腎障害の予防や改善に有望であると報告されています。
本記事では、放射線による腎障害の概要と、水素吸入がどのように腎機能の維持や機能改善に役立つ可能性があるのかについて解説します。放射線治療を受けられる方に役立つ内容となっているので、ぜひ最後までご覧ください。
放射線性腎障害の概要
放射線性腎障害は、がん治療などで放射線が腎臓に照射されることで引き起こされる腎臓の障害です。
放射線によって腎臓の組織が損傷し、時間とともに腎機能が低下します。
症状は遅れて現れることが多く、早期に予防や対策を講じることが重要です。
放射線性腎障害の主な原因
放射線性腎障害は、放射線が腎臓の細胞や血管に直接ダメージを与えることで発生します。
放射線治療の際に、腎臓が照射の範囲に含まれると、放射線が腎組織のDNAに損傷を与えたり、酸化ストレスが蓄積することにより細胞が傷つきます。
特に放射線により生成される活性酸素種(ROS)は、細胞や血管の損傷を引き起こし、これが腎臓の機能低下や炎症、線維化に繋がります。1)
加えて、腎臓は血液供給が豊富な器官であり、そのため放射線による影響を受けやすいとされています。
放射線の強度や照射時間、さらには治療の際の他の臓器の状態も腎臓に与える影響を左右します。これらの要因が重なることで、放射線性腎障害の発症リスクが増加します。
放射線性腎障害の主な症状
放射線性腎障害の症状は、放射線治療後すぐには現れないことが多く、数カ月から数年後に発症することもあります。
最初に現れる症状としては、高血圧や腎機能の低下が一般的です。これは、腎臓が正常に働かなくなることで、血液中の老廃物を適切に処理できなくなるためです。
さらに進行すると、以下のような症状が現れることがあります。1)
- 浮腫(むくみ):腎臓が体内の水分バランスを適切に調整できなくなり、体内に余分な水分が蓄積します。
- 尿の異常:尿量の減少や、尿に血液が混じる血尿が見られることがあります。
- 腎不全:重症化すると腎不全を引き起こし、透析治療や腎移植が必要になる場合があります。
これらの症状は、早期に治療を行うことで進行を遅らせたり、悪化を防ぐことが可能です。
放射線性腎障害の標準的な治療
放射線性腎障害の治療は、基本的に腎臓の機能をサポートし、症状を緩和する対症療法が中心となります。
主な治療法には以下のようなものがあります。1)
- 降圧薬:高血圧をコントロールするための薬剤が用いられます。血圧を適切に管理することで、腎臓への負担を減らす効果を期待しています。
- 生活習慣の改善:食事制限(塩分やカリウムの制限)や、十分な水分摂取など、腎機能を維持するための生活習慣の改善が推奨されます。
- 腎不全の管理:重度の腎不全に至った場合、透析や腎移植が必要となることがあります。透析によって体内の老廃物や余分な水分を取り除くことで、腎機能を補います。
- 抗酸化療法:酸化ストレスを軽減するための抗酸化薬が併用されることもあります。
また、症状が現れる前に定期的な腎機能の検査を行い、早期発見・早期対策を行うことが重要です。
水素吸入は放射線性腎障害の予防・改善に効果はある?
放射線性腎障害を発症させない予防策は見つかっておらず、発症した後も進行抑制などの対症療法が主流です。
したがって、さらなる研究による解明が求められており、有効な予防・治療が確立されることが待たれます。
ここでは、これまでの研究データをもとに、水素吸入療法が放射線性腎障害の予防や改善に役立つ可能性があるのかについてみていきましょう。
放射線性腎障害の予防の可能性
放射線性腎障害の予防において、水素吸入療法は酸化ストレスの軽減を通じて有望なアプローチとなりうるという報告がされています。
Wangらの研究によると、水素は選択的に活性酸素種(ROS)を除去し、特にヒドロキシルラジカル(•OH)などの有害な酸素分子を効果的に中和することができるとされています。
これによって、腎臓の細胞損傷を防ぐ効果が期待されています。2)
放射線治療においては、正常な腎組織がROSによる損傷を受けるリスクが高いため、水素吸入を予防的に使用することで、放射線による腎臓損傷を抑制できる可能性があります。
また、動物実験では、水素吸入が腎臓の血管内皮細胞の損傷を防ぎ、腎臓の血流を保護する効果が示されています。これにより、放射線治療を受ける前や治療中に水素吸入を行うことで、腎臓の長期的な健康を守る手段になる可能性があります。2)
放射線性腎障害の症状改善の可能性
水素吸入療法は、放射線性腎障害の発症後の症状改善にも寄与する可能性があります。
Wangらの報告によると、水素は放射線治療後に生じる慢性的な炎症反応を抑制することができ、腎臓の機能低下を抑えることが期待されています。2)
具体的には、水素が炎症シグナル経路を抑制し、腎臓の線維化や炎症を減少させることで、腎臓の機能が回復することが確認されています。
また、水素吸入は、放射線によって引き起こされる細胞アポトーシス(細胞死)を抑制し、腎臓の細胞を保護する効果も報告されています。2)
これにより、腎機能の維持や症状の軽減が期待できるため、放射線性腎障害の治療後にも水素吸入を行うことで、患者の生活の質が向上する可能性があります。
【私はこう考える】水素吸入と放射線性腎障害
水素吸入療法は、放射線性腎障害に対する新しい治療オプションとして注目されています。
Klausらの研究によると、放射線性腎障害の病態形成には酸化ストレスと炎症が大きく関与しており、水素がこれらを抑制する可能性が示唆されています。1)
しかし、人間における臨床データはまだ限られており、現段階では補助的な治療法として位置付けられます。
今後の研究により、より明確なエビデンスが得られることで、放射線性腎障害の治療における重要な役割を果たすことが期待されます。
参考文献
- Klaus, R., Niyazi, M. & Lange-Sperandio, B. Radiation-induced kidney toxicity: molecular and cellular pathogenesis. Radiat Oncol 16, 43 (2021). https://ro-journal.biomedcentral.com/articles/10.1186/s13014-021-01764-y
- Wang B, Li Z, Mao L, Zhao M, Yang B, Tao X, Li Y, Yin G. Hydrogen: A Novel Treatment Strategy in Kidney Disease. Kidney Dis (Basel). 2022 Jan 12;8(2):126-136. doi: 10.1159/000520981. PMID: 35527991; PMCID: PMC9021642. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9021642/