《この記事の執筆者》
国立大学医学部卒。大学病院で25診療科を経験したのち、大阪や愛知、静岡、徳島など各地域の拠点病院で科の垣根を越えて診療に従事。基礎医学研究をしていた期間もあり、研究発表では最優秀賞を受賞。その後東京都の公立病院で内科全般、精神科、麻酔科、産婦人科、救急医療などに携わる。
がん治療の一環として行われる放射線治療は、副作用として難聴を引き起こすことがあります。
特に上咽頭がんの治療では、耳の聴覚器官が放射線の影響を受けやすく、難聴やその他の耳の障害を引き起こしやすいです。
放射線治療による難聴に対する有効な治療法はまだ確立されていませんが、近年、水素吸入が有効な治療法として注目されています。
本記事では、水素吸入が放射線治療による難聴の予防と改善に効果を発揮する可能性について、これまでの研究報告をもとに詳しく解説します。放射線治療中で難聴の副作用にお悩みの方は、ぜひ最後までご覧ください。
放射線治療による難聴について
がんの治療では抗がん剤などの化学療法と放射線治療を組み合わせますが、放射線治療にはあらゆる副作用が存在します。
難聴もその1つであり、上咽頭がんの放射線治療で問題になることが多いです。
ここでは放射線治療によって生じる難聴の原因・症状・治療を見ていきましょう。
放射線治療による難聴の原因
放射線による難聴は、聴覚器官である外耳・中耳・内耳に近い腫瘍の放射線治療後に生じやすいです1)。
放射線によって外耳・中耳・内耳にダメージが加わることで、外から入ってきた音が脳内へうまく伝わらずに感じ取れないため、難聴が引き起こされます。
原因となる腫瘍には外耳道がんや上咽頭がんなどがあり、聴覚器官の全体が放射線照射部位に位置する上咽頭がんが最も多いといわれています。
放射線治療による難聴の症状
放射線が聴覚器官にダメージを与えると、難聴を含め以下のような耳の症状が現れやすいです2)。
- 難聴(聴力傷害)
- 分泌性中耳炎
- 耳小骨の壊死
- 蝸牛・聴神経損傷など
また、治療後時間が経過するほどに症状が強くなるため、QOL(生活の質)は非常に低下します。
放射線治療による難聴の治療
放射線治療による難聴では、残念ながら現在特別な治療法は存在しません2)。
世界的にも、この難聴に対するリハビリテーションは大きな課題です。
水素吸入は放射線治療による難聴の予防・改善に効果はある?
これまで見てきたように、放射線治療による難聴は治療が困難であるといわれており、研究もそれほど進んでいない状況です。
そのようななか、水素吸入が放射線治療による難聴に有効な可能性が示唆されはじめました。
水素には抗炎症作用や抗酸化作用があり、聴覚系の細胞を守って聴覚を改善すると多くの研究で明らかにされているのです。
ここでは放射線治療による難聴に水素吸入が有効であると示した報告を2つご紹介します。
水素吸入が放射線治療による難聴を改善した症例報告
ここでは上咽頭がん患者3名に水素吸入を行って観察をした2019年の症例報告を紹介します3)。
3名は上咽頭がんの放射線治療後、それぞれ12年後、2年後、半年後に両耳の分泌性中耳炎を発症しました。中耳炎は治療により治りましたが両耳で重度の聴力低下となりました。
その後水素吸入を毎日4時間継続した結果として、それぞれ次のように報告されています。
- 1人目:水素吸入16日目、左耳が聞こえるようになり、1カ月半後に両耳の聴力が改善した。改善は純音聴力検査で見られた。
- 2人目:水素吸入1カ月後、両耳の聴力が改善した。改善は純音聴力検査で見られた。
- 3人目:水素吸入2カ月後、両耳の聴力が改善した。改善は純音聴力検査で見られた。継続的に改善したため、補聴器の使用を中止した。
これらの結果から、水素吸入が放射線治療による難聴を改善させる可能性が示唆されました。
水素吸入が放射線治療による難聴を改善した前向き研究
次に紹介するのは、上咽頭がんの放射線単独または化学放射線療法後の難聴における水素吸入の効果を検証した前向き研究です2)。2022年に報告されました。
観察された患者数は17名であり、年齢は47〜67歳でした。水素吸入は毎日3〜6時間を4〜12週間継続して行い、評価をされています。
結果は、水素吸入4週間後の自覚的評価と空気伝導閾値、骨伝導閾値が有意に改善しました。とくに空気伝導閾値は64.71%の患者で改善しました。
12週間後も有意な改善が見られ、吸入中止後半年〜9カ月後の聴力検査でも継続的な改善を認めています。
また、化学療法の併用の有無によらず有意に聴力の改善が示されました。
これらの結果から、放射線治療による難聴が水素吸入の継続的な吸入で有意に改善する可能性が示唆されたといえます。
【私はこう考える】水素吸入と放射線性難聴
放射線治療による難聴と水素吸入についての報告を見てきました。
今回紹介した報告はそれぞれ、放射線治療による難聴へ水素吸入の効果を検証した、世界で最初の症例報告と前向き研究です。
症例を集めるのが難しく、症例報告という選択肢で論文を発表されたのは機知に富んだ方法だと思います。世界への貢献度が非常に高い報告でしょう。
前向き研究も非常に有意な結果を示しており、水素吸入が放射線治療による難聴への画期的な治療の選択肢となる可能性を感じます。
しかしながら、予防としてはまだ研究が進んでいない現状です。
水素吸入を放射線治療後から継続することで、難聴など耳症状が予防できる可能性が報告されれば、世界へより大きなインパクトを与えられるかもしれません。
今後、水素吸入が放射線治療による難聴の予防にも有効である可能性を示唆した報告が発表されるのを期待しています。
参考文献
- 頭頸部がんに対する放射線治療|一般社団法人日本頭頸部癌学会
- Kong, X., Lu, T., Lu, Y. Y., Yin, Z., & Xu, K. (2022). Effect of Hydrogen Inhalation Therapy on Hearing Loss of Patients With Nasopharyngeal Carcinoma After Radiotherapy. Frontiers in medicine, 9, 828370. https://doi.org/10.3389/fmed.2022.828370
- Chen, J., Kong, X., Mu, F., Lu, T., Du, D., & Xu, K. (2019). Hydrogen-oxygen therapy can alleviate radiotherapy-induced hearing loss in patients with nasopharyngeal cancer. Annals of palliative medicine, 8(5), 746–751. https://doi.org/10.21037/apm.2019.11.18