《この記事の執筆者》
国立大学医学部卒。大学病院で25診療科を経験したのち、大阪や愛知、静岡、徳島など各地域の拠点病院で科の垣根を越えて診療に従事。基礎医学研究をしていた期間もあり、研究発表では最優秀賞を受賞。その後東京都の公立病院で内科全般、精神科、麻酔科、産婦人科、救急医療などに携わる。
放射線肺炎は、がん治療で用いられる放射線によって肺に炎症が生じる深刻な副作用です。
治療にはステロイドや酸素投与が一般的ですが、水素吸入が新たな予防・改善策として注目されています。最新の研究では、水素吸入が放射線による酸化ストレスを低減し、肺のダメージを軽減する効果が示されました。
本記事では、放射線肺炎の原因や症状などの基礎知識から、水素吸入がどのようの予防や改善の面で役立つのかについて科学的根拠をもとに解説していきます。すでにがんの放射線治療中で放射線肺炎が疑われる方に役立つ情報が満載なので、ぜひ最後までご覧ください。
放射線肺炎について
放射線肺炎は、肺がんなど胸部に発生したがんの治療として放射線を照射した後に副作用として現れる肺の炎症です1)。放射線治療中から終了後6か月以内に起こりやすく、発症率は5〜50%といわれています2)。
放射線はがん治療でごく普通に用いられていますが、抗がん剤の副作用とあわせて気をつけなければならない疾患です。
放射線肺炎の主な原因
放射線治療では放射線によって体内に活性酸素が生み出され、がん細胞を破壊します。この活性酸素が正常な肺の組織にもダメージを与えてしまい、肺において炎症と線維化を引き起こします1)。
抗がん剤と放射線を併用して治療した場合や、慢性閉塞性肺疾患・肺線維症などの肺の持病があると発症しやすいです。
放射線肺炎の主な症状
症状は息切れや咳、発熱などがはじめに現れますが、無症状の場合もあります。
発熱は基本的に軽いですが、高熱を起こすこともあります。
通常はゆっくりと進行しますが、重症の場合は急速に悪化することが多いです。
放射線肺炎の主な治療
症状がない場合や軽い場合は経過観察や対症療法のみで自然によくなります1)。
症状が進行する場合はステロイドを用いることが多いです。
重症の方には酸素投与など、入院して呼吸の補助を行なうこともあります。
水素吸入は放射線肺炎の予防・改善に効果はある?
放射線肺炎は治療目的の放射線が身体を傷つけてしまうのが原因であるとご説明しました。
この放射線が発生する活性酸素へのアプローチとして、水素吸入に注目が集まっています。
水素吸入には抗酸化作用や抗炎症作用があり、多数の疾患で予防や改善に有効な可能性が報告されています。
放射線肺炎でも水素吸入の効果が認められているので、ここでは2つの研究報告を見ていきましょう。
放射線肺炎の予防の可能性
1つ目の研究では、放射線を照射した細胞とマウスを用いて水素の効果を検証しています3)。
細胞実験ではヒトの肺上皮細胞を培養して、水素投与群と対照群に分けて放射線を照射しています。また、マウスは対照群(放射線照射なし)、モデル群(照射のみ)、水素群(水素吸入+水素水投与)に分けました。水素群のマウスは30分間の放射線照射中から水素吸入を行ない、その後は水素水を自由に摂取させています。
すると、細胞実験では放射線による酸化ストレスと細胞傷害が水素吸入群で有意に低下しました。
また、マウスでは照射1週間後と5か月後の放射線肺傷害が水素吸入群で有意に低下しました。
放射線照射中から水素吸入を行なっていたことから、この研究では水素吸入が放射線肺炎を予防しうる可能性が示唆されたといえます。
放射線肺炎の症状改善の可能性
2つ目の2023年の研究では、放射線肺炎を誘発したマウスを用いて、水素吸入の効果を検証しています4)。
マウスは、以下の4群へランダムに分けました。
- 対照群(放射線照射なし)
- モデル群(照射のみ)
- 水素吸入群1(照射後2週間の水素吸入)
- 水素吸入群2(照射後5週間の水素吸入)
水素吸入群は1日4時間の持続的な4%の水素吸入を行ない、すべてのマウスを5週目に解剖しています。
その結果、水素吸入群2はモデル群に比べて肺機能が有意に改善し、また両方の水素吸入群がモデル群に比べて有意に病変が少ないことが示されました。
さらに炎症反応も両方の水素吸入群がモデル群に比べて有意に低くなりました。
これらの結果から、放射線肺炎の症状改善に水素吸入が有効な可能性が示唆されたといえます。
【私はこう考える】水素吸入と放射線肺炎
放射線肺炎に対する水素吸入の効果について解説しました。
肺機能だけでなく、肺の組織レベルでも放射線によるダメージが低下したと示されたのは非常に意義のある結果だといえます。
しかしながら、今のところ放射線肺炎に対する水素療法の効果について、ヒトの臨床研究では報告されていません。そのため、ここで紹介した2つの論文はどちらも動物実験の報告でした。
実際、放射線肺炎の発症数は1つの施設ではそこまで多くないため、多くの施設に協力を得る必要があり、実現までは労力を強いられるでしょう。
ただ、動物実験レベルで有意差があるのは一部ではなく、ほとんどの結果に有意差があることから、ヒトで研究を行なった場合でも有意な結果が得られる可能性は大いにあります。
今後、ヒトの臨床研究でも水素吸入が放射線肺炎の予防や改善に有効な可能性が示唆されることを期待しています。
参考文献
- 放射線肺臓炎
- 放射線治療の有害事象 Up to Date
- Terasaki, Y., Ohsawa, I., Terasaki, M., Takahashi, M., Kunugi, S., Dedong, K., Urushiyama, H., Amenomori, S., Kaneko-Togashi, M., Kuwahara, N., Ishikawa, A., Kamimura, N., Ohta, S., & Fukuda, Y. (2011). Hydrogen therapy attenuates irradiation-induced lung damage by reducing oxidative stress. American journal of physiology. Lung cellular and molecular physiology, 301(4), L415–L426. https://doi.org/10.1152/ajplung.00008.2011
- Gao, X., Niu, S., Li, L., Zhang, X., Cao, X., Zhang, X., Pan, W., Sun, M., Zhao, G., Zheng, X., Song, G., & Zhang, Y. (2024). Hydrogen therapy promotes macrophage polarization to the M2 subtype in radiation lung injury by inhibiting the NF-κB signalling pathway. Heliyon, 10(10), e30902. https://doi.org/10.1016/j.heliyon.2024.e30902
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