《この記事の執筆者》
2011年国立大学医学部卒。初期臨床研修を経て総合診療医として勤務しながら、さまざまな疾患の患者さんに向き合う治療に従事。医療行政に従事していた期間もあり、精神福祉、母子保健、感染症、がん対策、生活習慣病対策などに携わる。結核研究所や国立医療科学院での研修も積む。2020年からは医療法人ウェルパートナーで主任医師を勤める。
日本では15人に1人がうつ病になったことがあるとされており、誰しもがうつ病になる可能性があります1)。
うつ病の原因はまだはっきりとわかっていませんが、近年では活性酸素も要因の1つであるとの見解が出てきています。
本記事では、うつ病と関係性があるとされる活性酸素を除去する水素吸入療法が、うつ病の予防や改善に役立つのかについて、科学的に考察していきます。
うつ病とはどんな病気?
うつ病とは、気分の落ち込みや無気力感などの症状が現れる精神疾患の一つです。
日本人の15人に1人はうつ病になったことがあると推定されており、決して珍しい病気ではありません。だれでも発症する可能性があります1)。
まずは、うつ病の特徴について詳しく見てみましょう。
うつ病の主な原因
うつ病は、やる気を引き起こしたり、気持ちを落ち着かせたりする脳内の物質が不足することによって発症すると考えられています。
しかし、はっきりした原因は分かっていません。
責任感や正義感が強く、完璧主義の性格の方ほどうつ病を発症しやすいとされており、さらに大切な人との死別や人間関係のトラブルなど環境的な要因、遺伝的な要因、身体的な要因などが重なって発症すると考えられています2)。
うつ病の主な症状
うつ病を発症すると、気分の落ち込みや無気力感などが引き起こされ、重症な場合には死に対する願望が芽生えるようになります。
一方で、早期段階では精神的な症状が現れず、体のだるさ、食欲低下、不眠、頭痛、めまいなど身体的な不調が目立つケースも少なくありません1)2)。
うつ病の標準的な治療
うつ病は基本的に気持ちの落ち込みを改善したり、良質な睡眠を促したりする薬剤を用いて治療を行います。
使用する薬剤や量は症状の現れ方によって異なり、ご自身の症状が和らぐまで種類や量の調節を行っていくのが一般的です。
その他にも、必要に応じてカウンセリングなどを行うことがあります1)。
水素吸入はうつ病の予防・改善に効果はある?
うつ病は明確な発症メカニズムが解明されておらず、治療が難しいケースも珍しくありません。
そのため、現在でも多くの研究が行われ、新たなうつ病の予防や治療方法の開発が進められています。
水素吸入療法がうつ病の直接的な予防、治療に効果があるか調べる研究は現在のところ行われていません。
しかし、水素吸入療法で除去できる活性酸素のうつ病への影響などを研究した結果が報告されています。
報告内容を詳しく見てみましょう。
水素吸入によるうつ病予防の可能性
うつ病の発症には活性酸素が関わっているため、水素吸入によって活性酸素を抑えることでうつ病の発症が予防できるかもしれません。
2018年には、活性酸素とうつ病の関係について検討した研究結果が発表されました3)。この研究では、活性酸素の産生を促したマウスと産生しにくいように遺伝子操作したマウスでうつ病で見られる社会性や嗜好性の低下が生じるか実験が行われました。
結果として、活性酸素の産生を促されたマウスはうつ病に特徴的な社会性、嗜好性の低下が見られたものの、活性酸素の産生を抑制されたマウスでは同様の症状は見られなかったことが明らかになっています。
この結果から、うつ病の発症には活性酸素が関わっており、活性酸素を抑えることでうつ病の発症が予防される可能性が示唆されました。水素吸入は活性酸素を除去する効果があるため、うつ病の発症予防に役立つ可能性があると言えるでしょう。
研究は動物実験の段階であり、人に対しても効果があると断言することはできませんが、今後のさらなる解明に期待します。
水素吸入によるうつ病の症状改善の可能性
うつ病時にも活性酸素を抑制することでうつ病の症状が改善することが示唆されており、水素吸入による活性酸素の除去がうつ症状の改善に寄与する可能性があります。
2017年に、水素ガスを吸入させたマウスのストレス回復力を検討する研究結果が発表されました4)。この研究では、ストレスが生じる環境下で飼育されているマウスに水素ガスを吸入させたところ、ストレスに伴う不安行動などが誘因に減少したことが明らかになっています。また、気分の落ち込みなどを誘発するステロイドホルモンの上昇が抑えられたことも明らかになりました。
これらの結果から、水素ガスはうつ病の引き金になりうるストレスの負担を軽減する可能性が示唆されました。
活性酸素の抑制でうつ症状が改善
また、2019年に、活性酸素を含む脳に炎症を引き起こす物質を抑制するとうつ病の症状が改善するか検討する研究が行われました5)。
研究では慢性的なストレスを与えたマウスに対して、脳の神経細胞に活性酸素などの炎症性物質の産生を抑える薬剤が投与されました。その結果、ストレスが原因となる不安行動などが軽減されたことが明らかになっています。近年の別の研究でも、脳の神経細胞の炎症はうつ病の発症や症状の悪化に関わっているとの報告が多数あり、この研究もそれらの報告を支持するものとなりました。
この研究から今後、活性酸素を含む脳の炎症性物質に焦点を当てた新たなうつ病の治療薬が開発される可能性が示唆される形となりました。2017年に報告された研究結果からも活性酸素を除去する効果がある水素吸入はうつ病の症状を改善させる可能性があると言えます。
どちらの研究もまだ動物実験の段階であるため、確実な効果があると断言はできません。今後の研究開発が望まれます。
【私はこう考える】水素吸入とうつ病
うつ病はどのような原因で発症、悪化するか解明し切れていない部分が多く、長期間の治療が必要になるケースもある病気です。
また、一生に一度でもうつ病になる方は15人に1人と珍しい病気ではありません。
うつ病の治療、予防方法の新たな発見を目指し、これまで多くの研究が行われていきました。
今回ご紹介した2つの研究では活性酸素がうつ病の発症や症状悪化に関わっていることを示唆する結果が報告されています。
研究は動物実験を元に検討された結果であり、確実にうつ病の予防や治療に効果があると言える段階ではありません。
しかし、活性酸素とうつ病に何らかの関りがあることが示唆され、予防や治療への応用に期待が寄せられています。
水素吸入は体への負担を抑えて活性酸素を除去することができるため、うつ病の予防や治療に役立つ可能性もあるでしょう。さなに研究が重ねられ、予防や治療に応用できる日が来ることを期待します。
参考文献
- 厚生労働省 – こころもメンテしよう 『うつ病』
- 厚生労働省 – こころの耳『うつ病の主な症状と原因』
- 日本生物学的精神医学会誌 29 巻 4 号『活性酸素種(ROS)を介するうつ様行動発現とその機序 〜 NOX1/NADPH オキシダーゼの役割〜』
- Gao, Q., Song, H., Wang, Xt. et al. Molecular hydrogen increases resilience to stress in mice. Sci Rep 7, 9625 (2017). https://doi.org/10.1038/s41598-017-10362-6
- Nozaki, K., Ito, H., Ohgidani, M., Yamawaki, Y., Sahin, E. H., Kitajima, T., Katsumata, S., Yamawaki, S., Kato, T. A., & Aizawa, H. (2020). Antidepressant effect of the translocator protein antagonist ONO-2952 on mouse behaviors under chronic social defeat stress. Neuropharmacology, 162, 107835. https://doi.org/10.1016/j.neuropharm.2019.107835