《この記事の執筆者》
2011年国立大学医学部卒。初期臨床研修を経て総合診療医として勤務しながら、さまざまな疾患の患者さんに向き合う治療に従事。医療行政に従事していた期間もあり、精神福祉、母子保健、感染症、がん対策、生活習慣病対策などに携わる。結核研究所や国立医療科学院での研修も積む。2020年からは医療法人ウェルパートナーで主任医師を勤める。
長引く激しい咳が特徴の「百日咳」。
特に乳児にとっては命に関わる危険な感染症であり、大人が無自覚のまま感染源になることも少なくありません。
そんな百日咳の予防や治療法として注目を集めているのが「水素吸入」です。
本記事では、百日咳の原因や症状を解説しつつ、最新の研究が示唆する水素吸入の可能性に迫ります。ワクチンだけでは防ぎきれない感染症リスクに、次なる一手としての水素吸入がどのような役割を果たせるのか、一緒に探ってみましょう!
百日咳について
百日咳は、発症すると強い発作のような咳が続く感染症の一種です。現在、日本では百日咳に対するワクチンが乳児期の定期接種となっています。しかし、近年ではワクチンの効果が薄れる小学校高学年以降の発症者が増えています。
百日咳は年齢問わず感染する可能性があり、特にワクチン接種前の乳児が感染すると重症化して命に関わることもあるため注意な感染症です。
まずは百日咳の原因、症状、治療方法について詳しく見てみましょう。
百日咳の原因
百日咳は、百日咳菌という細菌に感染することによって引き起こされる感染症です。
百日咳菌は以下のような経路で周囲の人に感染を広げます。
- 飛沫感染
感染者のしぶきに含まれた菌を周囲の人が吸い込む - 接触感染
手に付着した菌が口などから体内に入り込む
百日咳菌は感染力が非常に強い細菌として知られており、発症すると2~3週間という長期間に渡って周囲に感染を広げる可能性があるとされています。
百日咳の症状
百日咳は7~10日程度の潜伏期間を経て、次のような3段階に症状が変化します。
カタル期(発症1~2週間)
咳、痰、鼻汁など一般的な風邪のような症状から始まり、徐々に咳が強くなり悪化していきます。
痙咳期(発症2~3週間)
一度出ると止まりにくくなる発作のような咳が出るようになるのが特徴です。
短い咳が連続して生じ、息を吸うとヒューヒューという音が聞こえるようになる場合もあります。夜間に発作のような咳が出ることが多く、睡眠が妨げられたり体力を消耗したりと心身の健康に影響するケースも少なくありません。
乳児はこの時期に重症化する場合が多く、肺炎や脳症などの合併症を引き起こすことがあります。
回復期(発症2~3か月)
発作のような咳は次第に改善していきますが、咳が完全に鎮まるまで2~3か月程度かかるのが一般的です。
大人は百日咳を発症しても典型的な発作のような咳が出ないこともあります。知らないうちに周囲に感染を広げている可能性もあるため、咳が長引く場合は医療機関を受診することが大切です。
百日咳の治療方法
百日咳は細菌感染による感染症であるため、根本的な治療には抗菌薬の投与が必要です。百日咳に特化した特効薬はなく、マクロライド系などの一般的な抗菌薬を使用します。また、咳を鎮めるための薬剤を用いた対症療法を行います。
ただし、咳の発作が出る痙咳期に入った段階で治療を開始しても抗菌薬の効果は限定的であることも分かっており、早い段階での治療開始が重要です。
重症な場合には酸素吸入や点滴などが必要となるため、入院が必要となる場合もあります。
水素吸入が百日咳の予防や治療に役立つ可能性
百日咳は有効なワクチンが乳児期の定期接種となっていますが、ワクチンの効果は5~10年ほどで減弱することが分かっています。日本は他国に比べて百日咳の発生が少ないとされていますが、年間で数千人が発症していると推測されているのが現状です。
これまで、百日咳の予防や治療方法について様々な研究が重ねられてきました。今のところ、水素吸入の効果を直接的に調べた研究結果はありませんが、予防や治療のサポートを担える可能性を示唆する研究結果は報告されています。
具体的な内容を見てみましょう。
水素吸入が喘息やCOPD患者の百日咳の発症を予防する?
2024年、オーストラリアの研究チームは喘息やCOPDなど気管に慢性的な炎症が生じる病気がある人は百日咳の発生率が高くなることを報告しました1)。研究者たちは、慢性的な炎症が気管を過敏な状態にして百日咳菌に感染しやすくなる可能性を述べています。
一方、2018年には中国の研究チームが水素吸入には喘息などの慢性的な気管炎症を改善する可能性を示す研究結果を報告しています2)。
この研究では、喘息のマウスに水素ガスを吸入させたところ、気管の炎症が改善したことが明かされました。
水素吸入が百日咳の予防に役立つ可能性
この2つの研究結果から、水素吸入は喘息やCOPD患者の気管の炎症を軽減して百日咳の発症リスクを抑える可能性が考えられます。
まだ動物実験の段階であるため、ヒトに対しても同様の効果があると断言はできません。しかし、喘息やCOPD患者は百日咳を発症すると重症化しやすいため非常に有益な研究結果であると言えるでしょう。今後の研究の進展に期待します。
抗酸化物質が百日咳の症状を改善する?
2012年、アメリカの医師は抗酸化物質であるビタミンCが百日咳の咳症状を改善する可能性を発表しました3)。
これまで行われてきた多くの研究結果をまとめたところ、抗酸化作用を持つビタミンCを投与すると百日咳の咳の強度が改善する可能性があると結論付けています。
当然ながら、医師は従来の抗菌薬投与などの根本的な治療が重要としながらも抗酸化作用を持つビタミンCが百日咳の有効な治療方法の一つとなり得ると述べています。
水素吸入が百日咳の治療に役立つ可能性
今回の発表から抗酸化物質が百日咳の咳症状を和らげる可能性が示唆されました。この説が正しければ、同じく抗酸化作用を持つ水素吸入にも百日咳の治療をサポートする効果が期待できるかもしれません。
確実な効果を立証するには、ビタミンCが咳症状を和らげた正確なメカニズムの解明、ヒトを対象として水素吸入の効果検証などを進めていく必要があります。
一方で、百日咳は治療開始のタイミングが遅くなると抗菌薬が効かない場合もあります。この結果は、新たな治療方法を見出すための光と言えるでしょう。
【私はこう考える】水素吸入と百日咳
百日咳は長引く咳など心身への影響も大きく、特に乳児が感染すると命に関わることもあるため注意な感染症です。
ワクチンを接種しても効果は永続するわけではないため、知らない間に感染してしまうケースも少なくありません。感染力が強い細菌であり、周囲に感染を広げてしまうことも大きな問題と言えるでしょう。
今回ご紹介した2つの研究から、水素吸入には百日咳の予防や治療をサポートする効果が期待できる可能性があると考えます。
一方で、2013年にアルゼンチンの研究チームは気管内の活性酸素が百日咳菌を攻撃して増殖を抑えるとする研究結果を報告しています4)。今後、水素吸入が百日咳の新たな予防や治療方法として確立するには、百日咳菌の増殖を抑える効果を最大限に維持しながら抗酸化作用を発揮するかを検証していく必要があるでしょう。
まだ道のりは長いかもしれませんが、水素吸入が百日咳の予防や治療のサポートに生かせる可能性を示す貴重な研究結果であったと考えます。今後の研究の進展に期待しましょう。
参考文献
- Pearce, R., Chen, J., Chin, K. L., Guignard, A., Latorre, L. A., MacIntyre, C. R., Schoeninger, B., & Shantakumar, S. (2024). Population-Based Study of Pertussis Incidence and Risk Factors among Persons >50 Years of Age, Australia. Emerging infectious diseases, 30(1), 105–115. https://doi.org/10.3201/eid3001.230261
- Zhang, N., Deng, C., Zhang, X., Zhang, J., & Bai, C. (2018). Inhalation of hydrogen gas attenuates airway inflammation and oxidative stress in allergic asthmatic mice. Asthma research and practice, 4, 3. https://doi.org/10.1186/s40733-018-0040-y
- Sodium ascorbate treatment of whooping cough. Suzanne Humphries
- Zurita, E., Moreno, G., Errea, A., Ormazabal, M., Rumbo, M., & Hozbor, D. (2013). The stimulated innate resistance event in Bordetella pertussis infection is dependent on reactive oxygen species production. Infection and immunity, 81(7), 2371–2378. https://doi.org/10.1128/IAI.00336-13