水素医療の研究は14年間で約14倍に急増──最新の研究動向を分析

結論
2007年から2021年までに発表された水素医療関連の論文1,123本を統計的に分析した結果、この分野の研究は年々増加傾向にあることが確認された。現在の研究の中心テーマは「酸化ストレス」と「炎症」であり、今後は「腸内細菌叢」「オートファジー(自食作用)」などが新たな研究の焦点になると予測されている。
研究の背景と目的
水素の医療応用に関する研究は、2007年に日本の太田成男らがNature Medicine誌に発表した論文を契機に急速に広がった。この論文は、水素が体内の有害な活性酸素だけを選択的に除去するという「選択的抗酸化作用」を初めて報告したもので、これまでに1,233回引用されている。
その後、炎症を抑える作用や細胞死を防ぐ作用など多様なメカニズムが次々と報告され、研究対象も脳梗塞、敗血症、肺障害、がんなど多岐にわたるようになった。本研究は、こうした急拡大する水素医療の全体像を把握するため、PubMedデータベースから2021年7月までの論文1,123本を収集。キーワードの出現頻度や時期、研究者間の協力関係を統計的に分析したものである。
研究の主な結果
本研究の結果から、以下の4点を取り上げる。
- ① 論文数は14年間で約14倍に増加した
- ② 現在の研究の中心は「酸化ストレス」と「炎症」
- ③ 次の注目テーマは「腸内細菌叢」と「細胞の自食作用」
- ④ 基礎研究から臨床への展開が進んでいる
① 論文数は14年間で約14倍に増加した
2007年から2020年までの年間論文数の推移を分析した結果を以下の通り。

水素医療に関する論文は、2007年のわずか9本から2020年には125本へと約14倍に増加した。2021年も7月時点で104本に達しており、年末には178本に上ると推計されている。
この分野の出発点となったのは、前述の太田らによるNature Medicine論文(2007年)であり、2010年にはNakaoらが水素の多様なメカニズムと対象臓器を体系的にまとめたレビュー(被引用203回)を発表している。こうした基盤研究が後続の研究を呼び込み、右肩上がりの成長につながったと考えられる。
② 現在の研究の中心は「酸化ストレス」と「炎症」
全1,123本の論文に付与されたキーワードの出現頻度を分析し、研究テーマの全体像を明らかにした。3回以上出現した89のキーワードのうち、出現回数の多い上位10個を以下の通り。
| カテゴリ | キーワード | 出現回数 |
|---|---|---|
| 投与法 | 水素分子 | 161回 |
| 投与法 | 水素水 | 66回 |
| 投与法 | 水素ガス | 50回 |
| メカニズム | 酸化ストレス | 58回 |
| メカニズム | 炎症 | 32回 |
| メカニズム | 抗酸化 | 31回 |
| メカニズム | 活性酸素種 | 30回 |
| メカニズム | アポトーシス(細胞死) | 14回 |
| メカニズム | オートファジー(自食作用) | 11回 |
| 疾患 | 虚血再灌流障害 | 30回 |
酸化ストレスに関連するキーワード(酸化ストレス、抗酸化、活性酸素種など)の累計出現は169回、炎症に関連するキーワード(炎症、抗炎症、NLRP3など)は72回に上り、この2つが水素研究の二本柱であることが明確に示された。
投与法としては、水素ガスの吸入と水素水の飲用が主要なアプローチであること、疾患としては虚血再灌流障害(血流が途絶えた後に再開する際に生じるダメージ)が最も多く研究されていることもわかる。
③ 次の注目テーマは「腸内細菌叢」と「細胞の自食作用」
キーワードがいつ頃の論文で使われたかを示す「平均出現年」を分析することで、今後注目される研究テーマを予測できる。以下は、平均出現年が新しい上位10キーワードである。
| キーワード | 出現回数 | 平均出現年 |
|---|---|---|
| 腸内細菌叢 | 3回 | 2021年 |
| パイロトーシス(炎症性細胞死) | 3回 | 2021年 |
| COVID-19(新型コロナウイルス感染症) | 5回 | 2021年 |
| 敗血症関連脳症 | 3回 | 2020年 |
| エネルギー代謝 | 3回 | 2020年 |
| 喘息 | 3回 | 2020年 |
| 神経炎症 | 3回 | 2020年 |
| NLRP3(炎症を引き起こすタンパク質複合体) | 6回 | 2020年 |
| 水素療法 | 5回 | 2019年 |
| オートファジー(自食作用) | 11回 | 2019年 |
キーワードの関連性を視覚的に示した共起ネットワークを以下に示す。

最も新しいテーマとして浮上したのが「腸内細菌叢」である。腸内細菌は水素ガスを産生する役割を持つ一方、外部から水素を補給することで腸内細菌のバランスが改善するという双方向の関係が示唆されている。「パイロトーシス」は炎症を伴う細胞死の一形態で、水素がこれを抑制するという報告が近年相次いでいる。
注目すべきはオートファジー(自食作用)で、頻出キーワードTop 10と最新キーワードTop 10の両方にランクインした唯一のキーワードである。オートファジーとは、細胞が自らの不要なタンパク質や傷ついた構造を分解・再利用するしくみを指す。水素がオートファジーを活性化させる場合も抑制する場合もあり、対象疾患によって効果が異なるという複雑な関係が、今後の研究課題として残されている。
④ 基礎研究から臨床への展開が進んでいる
上記のキーワード分析の結果を裏付けるように、実際にヒトを対象とした臨床研究も報告されている。本論文の考察で紹介されている主な臨床試験を以下にまとめた。
| 対象疾患 | 介入方法 | 主な結果 | 発表年 |
|---|---|---|---|
| 急性脳梗塞 | 水素ガス吸入 | 梗塞領域の縮小、神経症状の改善 | 2017年 |
| COPD急性増悪 | 水素/酸素混合ガス吸入 | 呼吸困難・咳・痰の改善 | 2021年 |
| 進行性肺がん | 水素ガス吸入 | 腫瘍進行の抑制、薬剤副作用の軽減 | 2020年 |
| 重症くも膜下出血 | 水素点滴+硫酸マグネシウム | 脳血管攣縮の軽減、予後の改善 | 2021年 |
脳梗塞からCOPD(慢性閉塞性肺疾患)、がん、くも膜下出血と、対象疾患は多岐にわたっている。特にCOPDの試験は108名を対象とした多施設ランダム化二重盲検試験であり、水素医療の臨床研究としては比較的高い信頼性を持つ。
ただし、臨床試験は全体で約50件にとどまり、多くがパイロット研究や非盲検試験である。大規模かつ質の高い臨床試験を積み重ねることが、この分野の最重要課題とされている。
水素ガスの吸入は潜水医学の分野で前世紀から安全性が確認されており、これまでの臨床試験でも重篤な有害事象は報告されていない。
考察と今後の課題
水素の医療応用は、酸化ストレスや炎症への作用を中心に研究が蓄積されてきた。その作用メカニズムは多岐にわたり、有害な活性酸素の除去、炎症性サイトカインの抑制、アポトーシス(細胞死)やオートファジーの調節などが報告されている。
一方、臨床応用の面ではまだ発展途上にある。約50件の臨床試験で有望な結果が得られているものの、多施設・ランダム化・二重盲検の大規模試験はごくわずかである。また、本論文のデータは2021年7月までに限られるため、その後の急速な研究の進展は反映されていない点にも留意が必要である。
すいかつねっと編集部の感想
この論文のユニークな点は、水素が特定の病気に「効くかどうか」を調べたのではなく、水素医療という研究分野そのものを俯瞰したことにあります。いわば、水素研究の「地図」を描いた論文です。
2007年にわずか9本だった論文が14年で約14倍に増えたという事実は、この分野が一時的なブームではなく、着実に研究の裾野を広げていることを示しています。特に、論文が指摘した「今後のホットトピック」のうち腸内細菌叢については、その後実際に潰瘍性大腸炎の患者を対象とした水素吸入試験が報告されるなど、予測が現実になりつつあります。
ただし、ここで注意していただきたいのは、論文の数が増えていること自体は「水素が効く」ことの証明ではないということです。あくまで「研究が盛んである」という事実を示すものであり、個々の疾患に対する有効性は、それぞれの臨床試験の結果で判断する必要があります。
用語解説
| 用語 | 解説 |
|---|---|
| ビブリオメトリクス(計量書誌学) | 論文の数や引用関係などを統計的に分析し、研究分野の動向を把握する手法 |
| 酸化ストレス | 体内で発生する有害な活性酸素が、細胞の防御能力を上回ってダメージを与える状態 |
| オートファジー | 細胞が自身の不要なタンパク質や傷ついた構造を分解・再利用するしくみ。2016年にノーベル賞の対象となった |
| パイロトーシス | 炎症を伴いながら細胞が死ぬ現象。通常の細胞死(アポトーシス)とは異なり、周囲に炎症を引き起こす |
| 共起ネットワーク | 複数のキーワードが同時に出現する頻度を分析し、研究テーマ間の関連性を可視化した図 |
| 虚血再灌流障害 | 血流が途絶えた組織に再び血液が流れ込む際に、活性酸素が大量発生して組織が傷つく現象 |
| ランダム化比較試験(RCT) | 参加者を無作為にグループ分けして効果を比較する試験方法。最も信頼性の高い臨床試験デザイン |
論文情報
論文タイトル
Trend of research on the medical use of molecular hydrogen: a bibliometric analysis(水素の医療利用に関する研究動向:ビブリオメトリクス分析)
引用元
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