1型糖尿病モデルマウスに水素水または水素生理食塩水を投与すると、骨格筋へのブドウ糖取り込みが促進され血糖コントロールが改善した。一方、2型糖尿病モデルマウスでの効果は限定的だった。
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結論
水素は1型糖尿病において、骨格筋への糖取り込みを促し血糖値を改善する可能性がある。
研究の背景と目的
1型糖尿病はインスリン分泌が極端に低下する病気であり、現在の主な治療法はインスリン注射であるが、注射の手間、低血糖や高血糖のリスク、インスリン抵抗性の出現といった課題がある。そのため、インスリンに代わる、あるいは補助する新たな治療法の開発が望まれている。水素分子は、体内の有害な活性酸素を選択的に除去する抗酸化物質として知られているが、糖尿病における血糖コントロールへの直接的な影響については、まだ十分に解明されていなかった。そこで本研究は、水素分子が細胞レベルおよび動物レベルで、ブドウ糖の輸送や血糖値の調節にどのような役割を果たすのかを明らかにすることを目的とした。
研究方法
- 対象者:
- 細胞実験:マウスの骨格筋由来細胞(C2C12)、ヒトの肝臓癌由来細胞(HepG2)。
- 動物実験:雄性C57BL/6マウス(ストレプトゾトシン(STZ)を用いて人工的に1型糖尿病を発症させたモデル、および高脂肪食を与えて2型糖尿病を発症させたモデル)、雄性db/dbマウス(遺伝的に肥満と2型糖尿病を発症するモデル)。実験グループにより1群あたり4~16匹。
- 介入方法:
- 水素の種類と濃度:
- 低濃度水素水(LHW): 0.08 mM
- 高濃度水素水(HHW): 0.8 mM
- 天然水素水(NHW): 0.075-0.125 mM (富士山麓で採水)
- 高濃度水素生理食塩水(HHS): 0.8 mM
- 投与方法と期間:
- 細胞実験: 細胞培養液にHHWまたはNHWを添加し、30分または60分間作用させた。
- 動物実験:
- STZ誘発1型糖尿病マウスへの慢性腹腔内投与実験:STZ投与マウス32匹を対象に、生理食塩水(対照群、n=16)または高濃度水素生理食塩水(HHS、n=16)を1日2回、4週間腹腔内投与
- STZ誘発1型糖尿病マウスへの慢性経口投与実験:STZ投与マウス24匹を4群に分け(対照群、高濃度水素水群、低濃度水素水群、天然水素水群、各n=6)、18週間水素水を経口投与
- 高脂肪食誘発2型糖尿病マウスへの慢性経口投与実験:高脂肪食で飼育したC57BL/6マウス21匹を3群に分け(対照群、高濃度水素水群、天然水素水群、各n=7)、25週間水素水を経口投与
- 2型糖尿病db/dbマウスへの慢性経口投与実験:db/dbマウス21匹を3群に分け(対照群、高濃度水素水群、天然水素水群、各n=7)、18週間水素水を経口投与
- 対照群の設定:
- 細胞実験:水素を含まない純水、または脱気(水素を除去)した天然水素水。
- 動物実験:水素を含まない生理食塩水(腹腔内投与)または純水(経口投与)。
- 評価方法:
- 細胞実験:細胞によるブドウ糖(2-DG)の取り込み量、細胞膜上のブドウ糖輸送体(Glut4, Glut2)や関連シグナル分子(PI3K, PKC, AMPKなど)の量の変化を測定した。
- 動物実験:血糖値、体重、摂餌量の変化、ブドウ糖負荷試験(IPGTT)による耐糖能、血液検査(糖化アルブミン、インスリン、中性脂肪、遊離脂肪酸など)、骨格筋細胞膜上のGlut4量、脳(視床下部)の食欲関連ペプチド遺伝子発現量を測定した。
研究結果
- 細胞実験:
- 水素水はC2C12細胞への2-DG取り込みを有意に増加させた(30分後:約56,000 vs 対照群約14,000 cpm/protein、p<0.001)
- 天然水素水も2-DG取り込みを有意に増加させたが、脱気した天然水素水では効果が消失した
- PI3K阻害剤、PKC阻害剤、AMPK阻害剤はいずれも水素水によるグルコース取り込み促進効果を有意に抑制した
- 水素水はC2C12細胞の細胞膜Glut4およびリン酸化AMPKを有意に増加させた
- Hep G2細胞の細胞膜Glut2には影響を与えなかった
- STZ誘発1型糖尿病マウスへの慢性腹腔内投与実験:
- 水素生理食塩水投与群は対照群に比べて血糖値が有意に低下した(7日目:約290 vs 約350 mg/dl、p<0.01)
- IPGTT(30日目)の曲線下面積(AUC)は水素群で有意に低下(約32,000 vs 約40,000、p<0.01)
- 水素群では骨格筋細胞膜Glut4の発現が有意に増加
- 絶食時血糖、グリケーションアルブミン、トリグリセリドが有意に低下
- STZ誘発1型糖尿病マウスへの慢性経口投与実験:
- 高濃度水素水群と天然水素水群で血糖値が低下傾向を示したが統計的有意差はなし
- IPGTT(90日目、120日目)のAUCは天然水素水群で有意に低下(p<0.05)
- グリケーションアルブミンは水素水群で有意に低下(4.98±0.88%、4.88±1.15% vs 対照群11.10±1.83%、p<0.05、p<0.01)
- トリグリセリドと非エステル化脂肪酸が水素水群で有意に低下
- 摂食量と体重増加が水素水群で有意に抑制され、視床下部の摂食抑制性POMC mRNAの発現が増加
- 高脂肪食誘発2型糖尿病マウスおよびdb/dbマウスへの慢性経口投与実験:
- 両モデルとも、水素水投与による血糖値、IPGTT、グリケーションアルブミンへの有意な効果は認められなかった
- 副作用:水素投与による重篤な副作用や生化学的変化は観察されなかった
- 考察:
- 水素分子は、インスリンが作用するのと類似した細胞内シグナル経路(PI3K, PKC, AMPK)を活性化することで、骨格筋細胞膜へのGlut4の移動を促し、細胞内へのブドウ糖取り込みを増加させると考えられる。これにより、インスリン分泌が著しく低下している1型糖尿病モデルマウスにおいて、インスリン濃度を変えることなく血糖コントロールを改善した可能性が高い。これは、水素分子が単なる抗酸化作用だけでなく、細胞のシグナル伝達にも影響を与えることを示唆する。
- 1型糖尿病モデルで見られた過食の抑制には、脳の視床下部における食欲抑制系ペプチド(POMC)の活性化が関与している可能性が考えられる。
- 一方、インスリン抵抗性(インスリンが効きにくくなっている状態)が特徴である2型糖尿病モデルマウスで効果が限定的だったことから、水素分子はインスリン感受性そのものを大きく改善する作用は持たない可能性が示唆された。
Appendix(用語解説)
- Glut4 (グルットフォー): 主に筋肉細胞や脂肪細胞に存在するタンパク質で、「ブドウ糖の運び屋」。インスリンや運動の刺激を受けて細胞の表面に移動し、血液中のブドウ糖を細胞内に取り込む働きをする。
- PI3K (ピーアイスリーキナーゼ): 細胞の中で信号を伝える役割を持つ酵素の一つ。インスリンが細胞に「ブドウ糖を取り込め」という命令を出す際に、重要な役割を果たす。
- PKC (プロテインキナーゼシー): 細胞の中で信号を伝える役割を持つ酵素の一種。インスリンの働きを含む、細胞の様々な機能調節に関わっている。
- AMPK (エーエムピーケー): 細胞内の「エネルギー残量センサー」のような酵素。エネルギーが不足していることを感知すると活性化し、ブドウ糖を取り込んだり脂肪を燃焼させたりしてエネルギーを作り出そうとする。
- STZ (ストレプトゾトシン): 膵臓でインスリンを作る細胞(β細胞)を特異的に破壊する薬剤。実験で人工的に1型糖尿病のマウスを作るためによく用いられる。
- IPGTT (腹腔内ブドウ糖負荷試験): ブドウ糖液をお腹の中に注射し、その後、時間経過とともに血糖値がどう変化するかを調べる検査。体がブドウ糖をどれだけうまく処理できるか(耐糖能)を評価する。
- 糖化アルブミン: 血液中のタンパク質(アルブミン)にブドウ糖が結合したもの。過去2~3週間程度の平均的な血糖状態を反映する指標で、血糖コントロールの良し悪しを見るのに使われる。
- Glut2 (グルットツー): 主に肝臓や膵臓のβ細胞、小腸などにある「ブドウ糖の運び屋」。Glut4と違い、インスリンの指令がなくてもブドウ糖濃度に応じてブドウ糖を運ぶ。
- 過食 (Hyperphagia): 異常に食欲が増して、たくさん食べてしまう状態。血糖コントロールが悪い糖尿病患者に見られることがある症状。
- 視床下部食欲調節ペプチド: 脳の視床下部という場所で作られ、食欲を増やしたり減らしたりする指令を出す神経伝達物質の総称。
- POMC (ポムシー): 視床下部で作られる物質で、これが分解されると食欲を抑える信号(α-MSHなど)になる。
論文情報
タイトル
Hydrogen improves glycemic control in type1 diabetic animal model by promoting glucose uptake into skeletal muscle(水素は骨格筋へのブドウ糖取り込みを促進することで1型糖尿病モデル動物の血糖コントロールを改善する)
引用元
Amitani, H., Asakawa, A., Cheng, K., Amitani, M., Kaimoto, K., Nakano, M., Ushikai, M., Li, Y., Tsai, M., Li, J. B., Terashi, M., Chaolu, H., Kamimura, R., & Inui, A. (2013). Hydrogen improves glycemic control in type1 diabetic animal model by promoting glucose uptake into skeletal muscle. PloS one, 8(1), e53913. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0053913
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