【対象の研究】激しい運動の前に水素ガスを吸入すると運動疲労が軽減される: ランダム化クロスオーバー研究
Dong, G., Wu, J., Hong, Y., Li, Q., Liu, M., Jiang, G., Bao, D., Manor, B., & Zhou, J. (2024). Inhalation of Hydrogen-rich Gas before Acute Exercise Alleviates Exercise Fatigue: A Randomized Crossover Study. International journal of sports medicine, 10.1055/a-2318-1880. Advance online publication. https://doi.org/10.1055/a-2318-1880
《この記事の執筆者》

名古屋大学医学部卒業後、名古屋大学医学部附属病院放射線科入局。その後、放射線科医として一般的な読影や放射線治療を担当。コロナ禍では保健所で行政の立場から感染症対策にも携わった。現在は、放射線治療に携わる一方、健康診断クリニックにて健康診断を受ける方の診察や結果の説明、生活指導に従事。医学博士、放射線治療専門医、日本人間ドック・予防医療学会認定医、日本医師会認定産業医。
研究の背景と目的
激しい運動は、疲労の蓄積を通じて怪我のリスクを高め、競技のパフォーマンスの低下を引き起こします。水素分子には抗酸化作用や抗炎症作用があり、水素を豊富に含む水や水素ガスを摂取することで、人の運動誘発性の疲労が改善する効果が報告されています。特に吸入水素の場合は、水素水よりも反応が長時間持続する可能性があります。そこで、本研究では、運動前に水素ガスを吸入することで、運動誘発性疲労が軽減されるかどうかを、自覚症状と血液検査値の変化から検証することを目的としました。
研究方法
対象者 | 健康で定期的な運動習慣がある成人男性24名(21±3歳、177±5cm、71±7kg) |
方法 | 二重盲検ランダム化クロスオーバーデザイン*1で実施。 事前テストとして参加者に対し、以下の2つの検査を実施。(検査1と2の間に72時間の休息期間あり) ・検査1(Wmaxテスト): 徐々に負荷を上げて、60回/分以下のペダル回転数で継続不可能になるまで実施。 ・検査2(Tmaxテスト): Wmaxの80%の負荷でサイクリングを実施し、運動不能になるまでの時間(Tmax)を測定。 事前テストから72時間以上空けてから、本検査として、参加者をランダムに以下の2グループに分けて、80% WmaxのサイクリングをTmaxの時間で実施。 ・グループ1:水素量1,200ml/分で1時間の水素吸入 ・グループ2:プラセボガス(通常の空気)を1時間吸入 7日間の休息期間を空けて、グループを入れ替えて再度実施。 |
期間 | 17日前後 |
評価項目 | 主観的評価 ・主観的疲労感(VAS) ・感じられる運動強度(RPE) 他覚的評価 ・運動パフォーマンス(カウンタームーブメントジャンプ:CMJ) ・血液検査値(血清乳酸レベル、酸化ストレスマーカー) ・疲労パフォーマンスと血液検査値との関連性 |
研究結果
考察とコメント
本研究は、高強度運動前に水素吸入をすることで、運動による疲労軽減や酸化ストレスの改善に効果を示すか調査した初めての試みです。人を対象にしている研究であり、信頼性の高い結果ではないかと思われます。
特に、水素吸入による疲労感の軽減や、運動後の乳酸回復の加速、ヒドロキシラジカル抑制能力の向上が確認されました。これにより、水素ガスが酸化ストレスを抑制し、運動後の回復を促進する可能性が示唆されます。
しかし、サンプルサイズが24名と少ない点は本研究の限界であり、特にCMJに有意差が見られなかったことは、統計的パワーの不足による可能性が考えられます。今後の研究では、より大規模なサンプルサイズを用いた試験が必要でしょう。
また、水素吸入による疲労軽減が酸化ストレスマーカーとの直接的な相関を示さなかったため、観察された疲労軽減は、別の経路から生じている可能性が示唆されています。脳の前頭前野(PFC)という部分は、疲労関連情報の処理に重要な領域であると考えられており、疲労レベルが高いほどこのPFCの活性化が低くなるということがわかっています。そのため、疲労軽減のメカニズムとして中枢神経系や前頭前野の活性化に関する検討が求められるでしょう。
さらに、適切な水素ガスの投与量や吸入時間についても標準化が必要です。本研究では60分間の吸入が行われましたが、最適な吸入時間や投与量を調整することで、より効果的な疲労軽減が期待されます。
今後の研究では、これらの要因を考慮した上で、水素吸入がスポーツパフォーマンスや回復に与える影響を包括的に評価し、その有効性を明確にすることが重要です。
包括的に判断すると、本研究は激しい運動の前に水素ガスを吸入することで疲労回復を促進できることを示唆しているといえます。さらなる知見が積み重ねられ、アスリートなどの疲労回復の一助として、今後の発展が期待されます。
参考文献
- Dong, G., Wu, J., Hong, Y., Li, Q., Liu, M., Jiang, G., Bao, D., Manor, B., & Zhou, J. (2024). Inhalation of Hydrogen-rich Gas before Acute Exercise Alleviates Exercise Fatigue: A Randomized Crossover Study. International journal of sports medicine, 10.1055/a-2318-1880. Advance online publication. https://doi.org/10.1055/a-2318-1880