《この記事の執筆者》
2011年国立大学医学部卒。初期臨床研修を経て総合診療医として勤務しながら、さまざまな疾患の患者さんに向き合う治療に従事。医療行政に従事していた期間もあり、精神福祉、母子保健、感染症、がん対策、生活習慣病対策などに携わる。結核研究所や国立医療科学院での研修も積む。2020年からは医療法人ウェルパートナーで主任医師を勤める。
マイコプラズマ肺炎が全国的に流行しており、例年の約10倍の感染者数が報告されています。
特に重症化した場合には、命に関わるリスクもあるため、早期の治療と予防が重要です。
本記事では、マイコプラズマ肺炎の原因や症状、治療方法について解説しつつ、注目される水素吸入の可能性についても取り上げます。
マイコプラズマ肺炎について
マイコプラズマ肺炎は、「Mycoplasma pneumoniae(マイコプラズマ・ニューモニエ)」という細菌によって引き起こされる感染症の一種です。
2024年8月以降、全国的にマイコプラズマ肺炎が流行しており例年の約10倍の感染者が報告されています。感染すると重症な肺炎を引き起こして命に関わるケースもあるため注意が必要です。
まずは、マイコプラズマ肺炎の原因や症状、治療方法などを詳しく見てみましょう。
マイコプラズマ肺炎の原因
マイコプラズマ肺炎は、マイコプラズマ・ニューモニエ(以下、マイコプラズマ菌と呼びます)と呼ばれる細菌に感染することで発症します。
マイコプラズマ菌は飛沫感染と接触感染によって周囲に感染を拡げるとされています。飛沫感染とは、感染者の咳やくしゃみのしぶきに含まれた病原体を周囲の人が吸い込むことで感染する経路です。一方、接触感染は感染者から排出されて病原体が付着したものに触れて体内に取り込むことで感染する経路のことです。
マイコプラズマ肺炎はマイコプラズマ菌に感染しても症状が現れるまでに2~3週間ほどかかります。その間は症状がないものの、マイコプラズマ菌を体外に排出しているため周囲に感染を拡げてしまう可能性があります。
マイコプラズマ肺炎の症状
マイコプラズマ菌に感染するとのどや気管の粘膜にダメージを与えて増殖し、以下のような症状が引き起こされます。
- 3~4週間程度続く咳
- のどの痛み
- 発熱
- 倦怠感
- 頭痛
- 下痢
- 胸の痛み
重症化すると重度な肺炎になり、呼吸困難、喘鳴などの症状が生じます。
また、髄膜炎、脳炎、心筋炎、関節炎などの合併症を引き起こすことも知られています。
マイコプラズマ肺炎の治療方法
マイコプラズマ肺炎の治療には抗菌薬の投与が必要です。具体的には、マクロライド系やニューキノロン系の抗菌薬が使用されます。
また、抗菌薬の投与とともに症状を和らげるために鎮咳薬(咳止め)や解熱剤などを用いた対症療法も行われます。
水素吸入はマイコプラズマ肺炎の予防や改善に役立つ?
マイコプラズマ肺炎は適切な治療を行えば1~2週間程度で回復します。一方で、咳が長引くケースも多く、頻発する咳のために睡眠が妨げられたり体力を消耗したりするなど日常生活に支障を来すケースも少なくありません。
また、マイコプラズマ肺炎発症者の3年後の肺機能は非感染者に比べて有意に低下しているとの報告もあります1)。
水素吸入がマイコプラズマ肺炎の予防や改善に役立つとする直接的な研究結果は現在のところ報告されていません。しかし、近年ではマイコプラズマ肺炎の発症や症状の悪化に水素吸入で除去できる活性酸素が関与しているとの研究結果が報告されています。
具体的な内容を見てみましょう。
マイコプラズマ肺炎の発症には活性酸素が関わっている可能性
2008年、中国の研究チームはマイコプラズマ肺炎の発症には活性酸素が大きな役割を担っている可能性を示唆する研究結果を報告しました2)。
この研究は、「A549細胞」と呼ばれる肺がんの一種である細胞にマイコプラズマ菌を感染させて培養し、細胞の変化を観察しました。その結果、以下のようなことが明らかになっています。
- たんぱく質の遺伝子に変化が生じた
- 活性酸素が多く生成されるようになった
また、Nーアセチルシステインという活性酸素除去剤を加えたところ、たんぱく質の遺伝子変化と活性酸素の生成が抑制されたことが明らかになりました。
水素吸入がマイコプラズマ肺炎を予防する可能性
研究チームはこれらの結果から、マイコプラズマ肺炎の発症に活性酸素の生成によるたんぱく質の遺伝子変化が関わっている可能性があると提唱しました。
水素吸入は効率よく活性酸素を除去することができるため、水素吸入にも同様の効果が期待できる可能性が考えられます。この研究はがん細胞を用いた研究であり、実際の効果を検証するには正常な肺の細胞への効果に加えて、ヒトを対象とした大規模な臨床研究が必要です。
しかし、マイコプラズマ肺炎の発症機序と新たな治療方法確立への光となる研究結果と言えるでしょう。今後の研究の進展に期待します。
活性酸素の除去はマイコプラズマ肺炎の治療に役立つ?
2019年、中国の研究チームはマイコプラズマ肺炎の発症には活性酸素の過剰な生成と活性酸素の除去機能低下が関わっていることを示す研究結果を報告。活性酸素の除去が治療につながる可能性を提唱しました3)。
この研究はマウスを用いた動物実験です。免疫機能を低下させたマウスと正常のマウスにマイコプラズマ菌を感染させたところ、正常なマウスは免疫機能が低下したマウスに比べて以下のようなことが明らかとなりました。
- 肺へのダメージが大きい
- 体内の活性酸素と炎症物質が増えた
- 抗酸化機能が低下した
水素吸入がマイコプラズマ肺炎の治療に役立つ可能性
以上の結果から、マイコプラズマ肺炎は活性酸素の過剰生成と抗酸化機能の低下が肺へのダメージの大きさを左右すると結論付けられています。
また、免疫機能の抑制と活性酸素の除去が治療に役立つ可能性が示されました。
活性酸素を効率的に除去できる水素吸入はマイコプラズマ肺炎の治療に役立つ可能性があると考えられます。一方で、この研究は動物実験の段階でありヒトに対しても同様の効果があると断言できる段階ではありません。
マイコプラズマ肺炎の新たな治療法を見出すためにも、今後さらに研究が進展することを期待しましょう。
【私はこう考える】水素吸入とマイコプラズマ肺炎
マイコプラズマ肺炎は重症肺炎を引き起こす可能性があるだけでなく、長期間に渡って肺機能低下を引き起こすケースも報告されています。
現在のところ、マイコプラズマ肺炎の治療は抗菌薬の投与と対症療法です。しかし、今回ご紹介した2つの研究結果から水素吸入もマイコプラズマ肺炎の予防や治療に役立つ可能性が示唆されました。
特に2008年の論文はマイコプラズマ肺炎の発症に遺伝子の変化と活性酸素が関わっている可能性を示す非常に貴重な研究結果となりました。ここにフォーカスを当てた研究を進展させれば、マイコプラズマ肺炎の有効な予防方法の確立につながる可能性があるでしょう。
また、2019年の論文ではマイコプラズマ肺炎の治療に免疫抑制と活性酸素の除去が役立つ可能性があるとする新たな見解が示されました。マイコプラズマ肺炎は高齢者や乳幼児、呼吸器疾患がある方は重症化しやすく、命に関わることもあります。
この研究結果は重症化リスクがある方にとって大きな希望となる結果と言えるでしょう。
今後も水素吸入とマイコプラズマ肺炎の関係を示す研究が進み、新たな予防や治療方法として確立する日を期待します。
参考文献
- マイコプラズマ肺炎とは|NIID国立感染研究所
- Sun, G., Xu, X., Wang, Y., Shen, X., Chen, Z., & Yang, J. (2008). Mycoplasma pneumoniae infection induces reactive oxygen species and DNA damage in A549 human lung carcinoma cells. Infection and immunity, 76(10), 4405–4413. https://doi.org/10.1128/IAI.00575-08
- Shi, S., Zhang, X., Zhou, Y., Tang, H., Zhao, D., & Liu, F. (2019). Immunosuppression Reduces Lung Injury Caused by Mycoplasma pneumoniae Infection. Scientific reports, 9(1), 7147. https://doi.org/10.1038/s41598-019-43451-9