精神・神経系
【医師監修】難病「多発性硬化症」に水素吸入は効くのか?最新研究と治療の展望

【医師監修】難病「多発性硬化症」に水素吸入は効くのか?最新研究と治療の展望

《この記事の執筆者》

多発性硬化症は、中枢神経系に影響を与え、神経の情報伝達を妨げる難病として知られています。

免疫の誤作動による髄鞘の損傷が主な原因とされていますが、まだそのメカニズムは完全には解明されていません。

近年、抗酸化作用や抗炎症作用を持つ水素吸入療法が、神経疾患の治療に効果があると注目されています。

本記事では、多発性硬化症の概要から、水素吸入が多発性硬化症の予防や症状改善にどのような可能性を持つか、最新の研究結果をもとに解説します。

多発性硬化症とは?

多発性硬化症とは?

多発性硬化症とは、脳や脊髄など中枢神経系で、神経繊維を包んで保護する「髄鞘(ずいしょう)」という膜が損傷する病気です。

この損傷は「脱髄(だつずい)」と呼ばれ、神経の情報伝達が妨げられます。

ここでは多発性硬化症について解説させて頂きます。

多発性硬化症の主な原因

多発性硬化症の原因は不明で、それゆえに国の難病指定を受けている病気でもあります1)

はっきりした原因はわかっていませんが、一つ有力な仮説として考えられているのは、免疫の誤作動が起こっているというものです。

本来は細菌やウイルスなどの外敵を排除するために働く免疫のしくみが、何らかの理由で誤作動し、間違って自分の組織の一部をターゲットに攻撃してしまうと考えられています。

多発性硬化症の場合は、誤作動した免疫のターゲットが中枢神経系の髄鞘になっている、ということです。

また多発性硬化症では、血液の中を循環する免疫細胞の一つ、リンパ球が中枢神経系に移行しやすい状況も起こっていると考えられています。

多発性硬化症の主な症状

多発性硬化症の症状は、どの場所の髄鞘が障害されるかによって様々な症状が起こりえます

具体的には、以下の症状が起こることが知られています。

多発性硬化症の主な症状
  • 視力低下
  • ものが二重に見える
  • バランスがとれなくなる
  • 手足の麻痺
  • 感覚がおかしい・わかりにくい
  • 排尿・排便が難しい
  • 歩きにくい
  • 痛みを伴う筋肉のけいれん など

また、体温の上昇に伴って症状が悪化し、体温の低下により元に戻るという現象が観察されることもあります。

これは特にウートフ(Uhthoff)徴候と呼ばれ、多発性硬化症に特徴的な現象だとされています。

多発性硬化症の標準的な治療

多発性硬化症の治療は、大きく「急性期治療」と「慢性期治療」に分かれます。

急性期治療では、急に出現した症状を抑えて、悪化を防ぎます。具体的な方法として、「ステロイドパルス療法」があります。これは、免疫の誤作動を抑える薬であるステロイドを大量に点滴する治療法です。また、「血漿浄化療法」も用いられます。この療法では、自己を誤って攻撃する自己抗体やリンパ球を体外で濾過して取り除きます。

慢性期治療では、一旦病状が落ち着いた段階で状態を整えたり、再発しないように治療します。主に再発予防の薬物療法が行われ、様々な薬が使用されます。

ただ多発性硬化症の再発を完全に防ぐ薬は今のところまだないと言われています。

上記に加え、症状に合わせた対症療法も同時に行うことがあります。たとえば、けいれんがある場合には抗てんかん薬が使われたり、痛みが強い場合には痛み止めの薬が併用されたりします。

病状を安定させるためには、歩行や生活動作を訓練するリハビリテーションが行われます。

水素吸入は多発性硬化症の予防・改善に効果はある?

水素吸入は多発性硬化症の予防・改善に効果はある?

様々な治療の選択肢はありながらも、多発性硬化症は依然として難病であり、まだまだ完治するのは難しいとされています。

ここでは、多発性硬化症に対して水素吸入療法の可能性について、これまでの研究報告をもとに解説していきます。

多発性硬化症の症状改善の可能性

調べる限り、多発性硬化症に対して直接的に水素吸入療法の効果を検証した研究は今のところ報告がないようです(2024年9月現在)。

ただ、水素吸入療法の中枢疾患における治療可能性について述べられた総説があります2)

そこでは水素吸入療法の抗酸化作用、抗炎症作用、抗アポトーシスなどのメカニズムが関与して、脳卒中、外傷性脳損傷、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患に治療効果をもたらす可能性が示されています。

一方で、多発性硬化症の発症には酸化ストレスが関わっていることも報告されており3)水素の抗酸化作用が症状改善に寄与する可能性は十分に考えられます。

多発性硬化症の予防の可能性

上述のように多発性硬化症に対して水素吸入療法を実施した研究自体がないため、予防効果についても現時点では不明です。

また多発性硬化症の発症原因も不明であるために、どのような人が多発性硬化症を起こすのかを事前に把握することもできません。

多発性硬化症の水素吸入療法の予防効果を知るには、多発性硬化症の研究自体が進む必要があり、今後の研究の発展が待たれるところです。

【私はこう考える】水素吸入と多発性硬化症

多発性硬化症は神経難病と位置付けられるだけあって、治療の難しい病気の一つです。

水素吸入療法はメカニズムから考えて、十分に症状改善の効果をもたらしうる可能性があると考えます。

しかしながら、現時点では病気を根治する見通しまでつけることは難しいかもしれません。

そもそも多発性硬化症ははっきりした原因が不明であることや日本国内での罹患者が約2万人と非常に珍しい疾患でもあります4)。そのため、効果検証のための研究を行うこと自体が難しいという側面もあります。

ただ、治療の主軸となっている薬物療法には副作用もつきものであることを踏まえますと、より安全性の高い治療選択肢が増えるのは望ましいことだと思います

水素吸入療法がその選択肢の一つまたは補助療法として頭角を表すことを期待しつつ、多発性硬化症自体の研究も発展し、この病気が根本から治癒される道筋が立つ未来が来ることを願っています。

参考文献
  1. 難病情報センター「多発性硬化症/視神経脊髄炎(指定難病13)」 (参照2024-09-23)
  2. Liu CL, Zhang K, Chen G. Hydrogen therapy: from mechanism to cerebral diseases. Med Gas Res. 2016 Apr 4;6(1):48-54. doi: 10.4103/2045-9912.179346. PMID: 27826423; PMCID: PMC5075683.
  3. Haider L, Fischer MT, Frischer JM, Bauer J, Höftberger R, Botond G, Esterbauer H, Binder CJ, Witztum JL, Lassmann H. Oxidative damage in multiple sclerosis lesions. Brain. 2011 Jul;134(Pt 7):1914-24. doi: 10.1093/brain/awr128. Epub 2011 Jun 7. PMID: 21653539; PMCID: PMC3122372.
  4. 多発性硬化症センター|国立精神・神経医療研究センターNCNP病院

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